◆【若月香】◆
青い夏が過ぎて、黄色い秋とも別れを告げた。白い冬はどこかへ行き、桃色の春も遠ざかって、また灰色の梅雨がやってきた。僕と園田さんが付き合って一年が経とうとしていた頃、園田さんから話があると呼び出された。指定されたのは駅から少し歩いたところにある喫茶店。少し早く到着した僕は、コーヒーを飲みながら待っていた。
飴色の灯りが店内を照らし、大人びたジャズが流れている。
園田さんを待ちながら、恋人になってからの一年間のことを思い返した。
充実した一年を過ごしたように思う。昔の僕が今の僕を見たら、景色を楽しむ時間もなくて馬鹿みたいだと鼻で笑うかもしれない。だけど僕は胸を張って言える。この一年、夢の世界にいるように楽しかった。スマホのLINEを見れば園田さんとのやり取りで埋まっている。この一年間の思い出一つ一つ、どこを切り取っても園田さんがいる。
園田さんはオレンジ色の太陽みたいな人だ。
ころころと笑う笑顔は人の胸を暖めてくれる。園田さんが話しかければ誰でも笑顔になった。クラスの中心にはいつも園田さんがいる。
僕はそんな園田さんの彼氏だから、隣を歩きたくてついていく。でも、景色を楽しむためにゆっくりと歩くのが癖になっていた僕は、必死にならないと隣を歩けなかった。いつも僕は早足で歩いて、園田さんの後ろを追いかけた。
それでも楽しかった。園田さんの横顔、後姿、それを眺めているだけで十分満たされて、とても充実していた。
その反面、僕は園田さんの内面に目を向けるのが怖かった。
園田さんは、いつもころころと笑ってくれる。その笑顔はとても眩しくて、見てるだけで満たされる。だけど、気付いている。その笑みは僕だけに向けられる特別なものじゃない。他のクラスメイトにも向けられている、みんなと同じものだ。
この一年で知った。僕は嫉妬深くて独占欲が強く、そのうえ女々しい。園田さんが僕に向ける笑みと同じ笑顔をみんなに振りまいているのが、内心おもしろくなかった。
でも、そんなこと言えなかった。そんなことを言ってしまって、嫌われたくなかったからだ。 集合時間は午後一時。なのに、時間がとうに過ぎてもやってこない。何度も連絡しようか考えたけど、別れ話をされる予感があって、連絡するのを躊躇ってしまい連絡ができない。
コーヒーを飲み干した。店員が何度も口をつけていない水を交換しにやってきた。
時間はどんどん過ぎていく。自分の財布と相談しながらコーヒーのおかわりを頼む。
それでも園田さんは来ない。持ち合わせが無く、コーヒーのおかわりができる余裕がなくなって一時間近くが経った午後四時頃、店員が昆布茶を持ってきた。なんとなく、それが帰れと催促されているように感じて、伝票を持ってレジに行き、会計を済ませて雨の降る外に出る。空を見上げると、ほとんど黒に近い灰色の雲が空を覆っている。
結局、何の連絡もなく園田さんは来なかった。
別れ話をされずに済んだことは安堵した。それでも、呼び出しておいて連絡も無しに来なかった園田さんに対し、僕は初めて怒りを覚えた。
しとしとと降る雨が透明のビニール傘を打つ音を聞きながら、帰路につく。
明日、学校に行ったとき何故来なかったのか問いただしてみよう。
だけど、その日のうちに園田さんがやって来なかった理由を知ることになる。
僕が待ち続けている間、園田さんは手術室にいたからだった。