GH=ジャイアント・ヘッド
この世の全てが終わってしまえばいい、なんて考えたことはないか?
その思考が止まらず、この世界など、どうなろうと知ったことではない、と叫びたくなったことはないか?
=GH=
始まり
午前八時半の初夏の曇空は、この頃の暴力的暑さを反映して、生暖かい蒸気の中にたたき込まれたようだ。
これじゃ真っ昼間とかわらないよ。
と、薄寝ぼけた頭で呟き、携帯の画面を見る。
「なんで外に出ても電波が繋がらない?」
俺はその場で何かに取り付かれたようにクルクルと回ってみたり、携帯を高くかざしたりして、電波を探したが、まるで反応がない。
仕事先に次のシフトの人間が一時間以上現れない事を連絡しなければ。
しかし、場所を少し移動しても、画面状のアンテナはまるで立たない。
昨日から入った謎の仕事は、横須賀の中心地に立つタワーマンションの地下にある妙な私設で、ガラス越しに大きな発電機のような物が正常に作動しているかをチェックするだけの、実に退屈で恐ろしいほど単純な作業であった。
が、それにしても回線トラブルなのか、いっこうにスマートフォンのアンテナマークが表示されないのは何故なんだ。
とりあえずマンションの一階に併設されているコンビニに入って、何か対策を考えようとした時に初めて違和感に気がついた。
「誰も居ない・・・」
この辺りは横須賀市内でもメインストリートと言ってもよい場所なのに、八時半の時点で人っ子一人居ないのだ。
勿論コンビニの店内にも誰も居ない。
「えっ?・・・」
「嘘だろ・・・」
「これどういうこと?」
出てくるのはアホみたいな台詞ばかりで、その後にじゅわじゅわと焦りや不安が押し寄せてくる。
これは夢か幻に違いないと、自分の中で折り合いをつけようとしても、そうではないことは実感として答えは出ているので、もうその考えは捨て、これを事実として受け止め、この世界でどう行動すべきか冷静に考えなければならない。
そう整理がついた途端、呆れるほど馬鹿げていて、それでいてシンプルな考えが導き出された。
「家に帰ろう」
家と言っても、実家ではなく、昨日まで住んでいた追浜の山の上にあるアパートだ。
愛車のスーパーカブ110でもやっとこ上ってゆける坂道の上にあり、自分以外の住人はベトナムの技能実習生しかいない、あのアパート。
世の中から人が消えたとしても、あのアパートはあるだろう。
タワーマンションの近くにある駐輪場に行くと、そこには当たり前のように自分の愛車、メタルブルーのスーパーカブ110が置かれている。
ヘルメットを被り、キーを差し込みスターターボタンを押す、あまりにも日常の行為を平常な神経のままこなすと、俺は国道16号を横浜方面へ走らせた。
この世の全てはなくなってしまえばいい、そんな考えが現実になった訳だ・・・
俺は・・・
高田アタルは、自分が作り出したかのような世界を、ただ走り出したのだ。
国道16号は汐入駅方面から緩やかに上り、すぐトンネルが現れる。
それを抜けると逸見という町になるのだが、それもつかの間、新たなトンネルが現れ、すぐに次のトンネルに入り込み、またトンネル。
それが横須賀の国道16号線だ、横須賀だけで10数個のトンネルがあろうか。
それだけこの土地が小高い山々で囲まれているということなのだが、この繰り返される入り口と出口を通るたび、高田アタルは思う。
「人生辛くてもいつか出口はくる。だって出口のないトンネルなんてないでしょ」
なんていうよくある励ましの言葉、人生悟ったかのようにああいう事を言うヤツに、横須賀の16号を走らせてやりたい、アタルはいつもそう思う。
「俺の人生はなぁ国道16号!暗いトンネルを抜けたらまたトンネルが現れ、それを過ぎたら又トンネル、そんな人生もあるんだよ」
アタルのこれまでは全く、国道16号のようであった。
そうだ、これだって。このたった一人の世界に放り込まれた事だって、人生のトンネルに入ってしまったってことなんじゃないのか?イヤ、この世界は俺のつまらない人生の出口がここだってことなんじゃないのか?
なんだか納得のゆく答えらしいものが頭に浮かんですぐ、前方の歩道をトボトボと歩く人間の姿が見えた、
「なんだ、人が居るのか・・・」
アタルはこの気味の悪い世界で、やっと生存者(?)を見つけたというのに、何故か気持ちが沈んでいた。
自分だけの時間に、他人に話しかけられたような、特別な場所に、見ず知らずの人間が踏み入ってきたような。
とにかく自分勝手な感情に支配されかけたが、アタルは、スピードを緩め、トボトボと横浜方面に歩く人の横にカブを停車させた。
「あっ・・・」
歩いていた男は、驚くでもなく感情を爆発させるでもなく、ただ「あっ」とだけいい、アタルに会釈をしてきた。
男の顔から察するに、三十代半ばぐらいだろうか、男は無精髭ははやしているが、身なりはきちんとしていて彷徨っている者としては小綺麗である。
「あの・・・ここまで僕、誰にも会ってないんですけど。これって・・・」
「ここがなんなのかって?・・・そんなこと、僕にわかると思います」
男は力なく、皮肉な嫌みをアタルに投げかけた。
アタルも。この男の言い方に少し腹立たしさを感じながらも、確かにそれもそうだと納得するしかない。「僕らが知らない間に、世界が終わってしまったとか、宇宙人が襲来してきたんじゃないのは確かだろうね」
男の声は何かに取り付かれたように早口で、目の前にいるアタルに対し、言葉を伝えようという意思が感じられない。
「それはどうして・・・」
アタルは、なんとなくこの男と話すことの煩わしさを抱えつつも、この状況にたいしての答えがほしいがために、可も無く不可も無い応答をしていた。
「アナタ、ここまで人の死体を見た?建物が爆発しているとか、燃えているとか、大量の人間が避難した痕跡をみた?」
「いいえ」
なんだこの男、完全に俺を見下していやがる、とアタルは思ったが、とりあえず、今はこの男しか頼ることが出来ないのだ。
「だろ、例えば、ゾンビが沸いてきて、人を殺しまくったのなら、あちこちに死体が転がっているはずでしょ?もう一つ考えられる兵器での攻撃。だったら建物が崩壊してるとか、燃えているとか・・・勿論、地震や災害ならその兆候に気がついてないのはおかしいでしょ?」
「確かに」
男は、決まり切った返答しかしないアタルを完全に馬鹿にした表情をしている。
が、アタルからしてきたらそんな事は知ったことでなない、だってこの男もこの状況に何の答えも見いだしていないのだから。
「あの女が言うには、なんとかっていう現象に閉じ込められたいるんだっていうけど、俺は信じない」
女!いまこの男、「女がどうこう」って言わなかったか?
男の興奮が若干収まった頃合いをみて、アタルはゆっくり言葉を吐きだした。
「あの・・・今女って言いましたよね?」
アタルは我ながら間の抜けた言い方だったか、と思いながら、当たり前の質問をしていた。
まあ、この男に馬鹿なヤツだって思われても、いっこうに構わない、昔から「頭のおかしなヤツ」と周りから言われ続けてきた訳だし。
案の定男は、あからさまにアタルを見下した表情を加速させ、呆れたようにこう吐き捨てた。
「のの字坂には行ってないのか?あそこのいる女は、何かを知っているようだった。けど、全てを知っているふうでもなかった」
男が言うには、のの字坂の辺りに女が住んでいて、その女が、こうなってしまった原因の一部を知っているようだった。
しかし、女の高圧的な態度に耐えられなくなり、男はその女が別れ際に言った「横浜を目指せば、答えの一部は見つかるかもしれない」との言葉に一縷の望みを託し、こうして16号を横浜方面へ歩いているのだという。
「のの字坂」と言う坂は、以前気になってバイクで訪れた事があるので、なんとなく場所の検討はつく、京急田浦駅近辺まで走ってきていたので、大分引き返さなければならないが、この誰も居ない世界で閉じこもっているよりは、人と会ってできるだけこの状況を整理しなければならないだろう。
高圧的な女というのは少し引っかかるけれど。
アタルは、男に微笑んで。
「結局アナタは何も知らないんですね・・・それじゃ」
アタルは、カブのエンジンをかけ、その場をUターンした。
アタルのほんの軽い嫌みに、男がどんな表情を向けたのかは分からない、が、アタルの胸に多少の爽快感が宿ったのは確かなようだ。