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第4話:冒険の始まり

 目のやり場に困る状況だというのにルリルリとマサは楽しそうに自分たちのバックグラウンドを話している。


 ここにいる3人全員が下着姿である。


 マサのおっさんはトランクス姿の30歳ドワーフ。


 美少女JKのルリルリはショーツとブラ姿の10代エルフ。


 自分はぴっちりと小さすぎる愚息にフィットしすぎた白いブリーフパンツ一丁の20歳前後のヒューマン。


 異様な光景だった……。それでもマサは流しそうめんのようにツルツルと彼がガチムチ・アイランドにやってきた理由を述べている。


「おれっちは前に会社を経営してたんだ」

「すごい! 社長さんってことです!?」

「元社長だけどねっ。急激な物価高にハイペースな賃金上昇。さらに天候不順に見舞われて、会社で企画していたイベントは中止ときたもんだ……」

「そう……なんですね。浮かれてごめんなさい!」

「ルリちゃんが気にすることじゃないさ。世間じゃよくある倒産のひとつさっ」


 マサが朗らかにそう言っている。これこそが大人の強さなのだろう。会社が倒産したことで、家族に迷惑をかけられないと、妻と離婚したそうだ。


 これによって、倒産による負債はマサひとりが背負うことになった。しかし、それでもマサはパワフルだった。日雇い労働をしながら、少しづつでも借金を返済しているとのことだった。


 宿屋代わりにしているネカフェでネットの巨大掲示板(通称5ch)でとあるスレを見つけたそうだ。


「短小包茎で悩んでるやつがいてさ? そいつがスレ主にURLを聞いてくれて。おれっちもそれに乗っかってみたってわけ」

「タンショーホーケー? 何かの呪文ですか?」

「おおっと! ルリちゃんはわからなくてOKだぞ!?」

(ちょっとマサさん! 何言ってるんですかぁ!)


 どうやら、マサは同じスレを読んでいたようだ。本当にこの世の中、どこで繋がっているかわからない。


 しかしながら、短小包茎をタンショーホーケーという謎の呪文として受け取っているルリルリはどうやら違うルートで、ガチムチ・アイランドに来たようである。


 ルリルリにその辺りを聞こうとした矢先のことであった。白い部屋の中へと機械音が混じったアナウンスが流れてきた。


『ようこそ。ガチムチ・アイランドへ』


 ハヤト、マサ、ルリルリの3人がキョロキョロと辺りを見回す。しかし、この部屋にスピーカーらしきものはない。


 緊張感が3人を包み込む。しかし、それを無視する形でアナウンスが続く。


『このゲームをクリアした暁には、なんでもひとつだけ現実世界に持ち帰ることができます』


 ルリルリの顔がパッと明るくなった。マサも「よしっ!」と握り拳を作っている。


『ただしゲームオーバーの条件を満たした場合は何も持ち出せずに全てが徒労に終わります』


 ですよねーとばかりにルリルリとマサが苦笑した。しかし、それでもキリっと顔を整えて、次のアナウンスを待った。


『冒険をスタートしますか?』


 ルリルリとマサがこくりと頷き合う。そうした後、2人の顔がこちらへと向いてきた。2人の顔はやる気に満ち溢れている。


 しかし、こちらの顔には不安が映っていたのだろう。ルリルリの眉が少しだけ下がったのを視認できた。


 ここまでのアナウンスは5chスレで手に入れた情報と合致していた。この世界において、モンスターに倒されてもゲームオーバーにはならない。


――ケツアナを死守せよ。真のゲームオーバーのことをスレ主は教えてくれていた。


 お尻の貞操を守るだけでいい。そうすればモンスターにやられようが何度でもコンティニューできるのだ!


 勝算は確かにある。マッチョのドワーフのマサ。美少女のエルフのルリルリ。そして、自分はしなやかな筋肉を身に纏っている。


 現実世界とは違う。しっかりとした冒険職も与えられているはずだ。


「行こう。ルリルリ。マサさん。俺も叶えたい願いがある!」

「はい! ハヤトさんも叶えたい願いがあるんですね!」

「口には出せないけど……ね?」

「話せる時が来た時に教えてくださいね?」

(天使や……天使様がここにおるぞ)


 ルリルリにだけは自分が短小包茎をムキムキでかチンに変えたいという願いを持っていることを絶対に告げる気はない!


 それはルリルリの天使性を穢すことになってしまうと信じ込んだ。しかし……それは意外な形で杞憂に終わることなるのだが、今のハヤトは自分のことで精いっぱいだった……。


◆ ◆ ◆


 機械音が混ざったアナウンスが終わると、次に白い部屋の床の一角が上方向へと盛り上がる。


 台座状態になったそれの上に各人の装備品が置かれていた。


 ハヤトの目の前に現れたかごの中には旅人の服と木刀が入っていた。ハヤトはちらりと右を見る。未だに下着姿のルリルリがいた。ルリルリは少しばかり戸惑っている。


 決して、彼女の素肌を拝んでおきたいと思って、彼女の方に顔を向けたわけではない。


(これは読者サービスだ……俺はまともに女子を直視できないけど、このシーンは読者にお届けしなければなならない!)


 ルリルリがかごの中から衣服を取り出し、ゆっくりとであるが着替えていく。布製の上着、スカートを身につける。さらにその上から狩人らしい革製の部分鎧をつけていく。


 耳でしっかりとシュルシュルといった素肌と布が擦れる音を拾っておく。これは全て読者サービスに繋がると信じての行為だ!


「こんなんでいいんでしょうか?」

「うん、ばっちり! 可愛らしさが一段と引きあがった! いひっ! いひひ!」

「んもう! そんな鼻息を荒くしないでください? 私にだって羞恥心があるんですから♪」

「い、いや!? 俺がこうなるのは興奮してじゃなくて……ね?」

「あっ! ハヤトさんがガチムチアイランドに挑む理由に繋がるんですね!?」

「う、うん! そういうことなんだ! 俺が気持ち悪い声を出しちゃうのはそれが関係してるんだ!」


 もちろん、口から出まかせだ。そうだというのにルリルリは天使の笑顔を一層に強めてきやがった。


「なるほど……ハヤトさん、魅力ポイントゲットですよっ!」

「え、どういう意味?」

「秘密です!」


 なんとも純心無垢な天使だった、ルリルリは。下着姿をもう二度と拝めないであろうが、それでも今の狩人姿は彼女にぴったりだと思えて仕方がない。


(天使様がここにいるぞぉ! 俺はルリルリの持つ弓矢でハートをぐっさり射抜かれたいくらいだーーー!)


 自分は読者に対して、やるべきことはきっちりとやったという自負がある。さっさと旅人の服を着て、腰のベルトに木刀を結わえ付けた。


 馬子にも衣装だなと軽口を叩いてくれるマサがいた。マサはマッチョな身体がもっと大きく感じるような鉄製の鎧を着こんでいる。さらに左手に丸盾を持ち、右手は棍棒だ。


「マサさんこそ、似合いすぎですよ」

「そうか? はははっ。日雇い労働のし過ぎか、棍棒でも軽く感じるぜ」

「うふふ。マサさんは戦士さんなんですね。ハヤトさんは……お侍さん?」

「そうそう。メインアタッカー役をやりたくってさ! 普段は自信なんて、これっぽちもないんだけど、ゲームの中くらいは意気揚々としたくてね?」


 短小包茎は男の尊厳を破壊する。ちんこのデカさは男の自信に直結するのだ。ハヤトは19歳。そんな自信消失気味の自分であるが、ゲームの中くらいは自分を自分で鼓舞したいと思っていた。


 そんなハヤトの願いがハヤトのアバターに直で反映されている。刈り上げられた黒髪。おしゃれに青いメッシュを入れている。


 たたずまいはサムライらしく、背筋をピシッと伸ばした姿勢だ。威風堂々としたその姿を2人に見せつける。


「あの……ハヤトさん、かっこいいです」

「そ、そう!? ふへっぶへへ!」

「その変な声がないともっといいんですけどね?」

「ごめんね!? かっこうつかなくて!?」


 ちょっとだけ距離を取っているマサがニヤニヤとしている。こちらは気恥ずかしくなって背中を丸めてしまった。


 そんな自分に対して、マサがバーン! と背中を勢いよく右手で叩いてきた。


「おう。背中を丸めちゃいかんぞ。日本男児だろ?」

「う、うん。マサさん。俺……頑張るよ」

「その意気だ。ルリちゃんに良いところ見せておけ?」

「あへっ! あへへ!」

「あはは……それ、引くわー」


 マサが苦笑していた。そうされるほど、こちらは顔が引きつってしまう。やはり、高校時代に受けたあのトラウマはすぐには克服できないのだろう。


 だが、ここには頼れる肉壁戦士のマサがいる。情けない自分をかっこいいと褒めてくれるルリルリがいる。


 彼らの期待を裏切りたくないという気持ちが芽生えてきた。それを裏付けるように白い部屋の壁に浮き上がったドアの前へと、自分が一歩先へと進み出る。


「行こう。ルリルリ、マサさん!」

「はい! ハヤトさん!」

「おう。おれっちは守るぜ? ハヤトとルリルリのお尻をなぁ!?」

「お尻の心配よりも、肉壁戦士らしく前に立ってくださいよぉ」

「あはは。冗談、冗談♪」


 ドアノブに手を掛ける。ガチャリと音を鳴らして、ゆっくりとドアを向こう側へと押す。途端にむわっとする熱帯の空気が白い部屋の中へと流れ込んできた。


 後ずさりしそうになったが、背中にマサとルリルリの手の感触を受け取った。2人が自信を分け与えてくれた。


 じんわりと胸が熱くなってくる……。


 よし! とばかりに大きな一歩を踏み出した!


 そして、待ってましたとばかりに体長2メートルはあろうかというガチムチの大根型モンスターが立っていた!


「……あの、一度、部屋の中に逃げませんか?」

「うほっ! これはイイ大根!」

「さすがゲームの中ですね。大根の煮つけ、大根の味噌汁、大根ステーキ……ハヤトさん、どうしましょう!? 私たちじゃ食べきれませんよ!?」

「ルリルリ、心配するところ、そこ!?」


 ハヤトたちはスタート地点である白い部屋から出るなり、とんでもない大きさの大根型モンスターと出会うことになった。


 ガチムチの大根は意気揚々とマッスルポーズを取っている!


 それに対して、ハヤトはすでに腰砕けだ!


 ハヤトたちの冒険はいきなり大ピンチを迎えることになる!


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種族:ダイコーン

脅威:D

特徴:ガチムチな大根

備考:煮てヨシ。焼いてヨシ。味噌汁の具にしてもヨシ。

   なお、油断すると掘られてガバガバにされる。

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