ホトトギス
春一番も吹き終え、そろそろ小中高の様々な学校が入学式を始め、新社会人が引越しや初めての仕事場に向かうような変化の現れの季節。
それはある家庭の男子高校生、
「ふぅ、せっかくの学校生活が初っ端から遅刻で遅れちまうとこだったぜ」
彼の通う高校は特に代わり映えのしない目立った特徴もないごく普通の学校。
しいてあげるとすればバスケ部がインターハイで優勝したらしいという話を受験時に聞いたくらいだ。
正直偏差値は平均的で、俗に言う低学歴と揶揄されるほどのものではないだけまだマシだよな……?と思って選んだ無難な場所だった。
「(本命が通らなかったから致し方ないとはいえ、無難すぎて俺がついていけるかどうか……)」
とはいえ滑り止め程度で受験しただけで別に本命ではなかった。
今は何をしているのかと問われれば、入学式を終えて教室内で今日から担当になる先生の長ったらしい説明とクラスの自己紹介を聴きながら過ごしている。
「はいっ。じゃあ出席番号10番の加藤くん、自己紹介をしなさい」
命令口調で加藤に指名するのは、目つきが鋭く見えるパッと見怖そうな男性教員。
もうこの地点で雲行きが怪しいが、話を聞く限りでは真面目な性格のようにも見えた。
虎視眈々とした態度で今後の授業内容や学校の方針を話しているのを見いていたからだ。
「はい。 俺の名前は加藤和人。好きな物はソシャゲのようなゲーム系で、嫌いなものは強要されることです。よろしくお願いします」
極力無難な自己紹介をと当初は考えていた加藤だが、様々なゲームを通して課金圧が強かったり親からの抑圧が強かったりした影響で、16歳である今の年齢地点で誰かから強制されるような言動や行動が苦手になってしまった。
要は自由に過ごしたいのだろう。
「では、これからの予定も話を済ませたところで本日はここまで。明日から張り切って勉学に励んでください」
何とも堅苦しい終わり。
しかし、高校とあればこれくらいの空気感の方がむしろ清々しいかもしれない。
皆が帰路につこうと支度を進めるのを見て加藤もさっさと帰ることに。
あんななんとも言えない自己紹介をしたんだ、誰も自分に話しかけるやつもいない。
なんて思いながら家へと帰り、自室に向かおうとする。
「和人、ちゃんと勉強はしたんか?」
「っせぇな。まだ入学式だよ母さん」
「あっそう。ほんならええわ」
親と思えないくらい冷たく、でも自分を心配しているような眼差しで見るのは和人の母親。
もうそろ50代にさしかかる。
そんな母親の真意を理解しきれない和人は、ただいやいややらされる勉強を強要させてくる母親から一方的に距離を置いていた。
「勉強なんかするくらいならゲームやってた方が気楽でいいっての」
学生でたまにいる不良に片足突っ込み気味の加藤は、勉強なんて1ミリもせずにベッドで横になりスマホを取り出してまたいつものようにゲームをやり始める。
本当なら進学せずに中卒で過ごすつもりだったが、それでは就労に困るというのと自身の生真面目さが変にでた結果である。
「かぁあ。やられちまった。やるなぁこいつ」
対戦ゲームに熱中しながら独り言を漏らす和人。
そうしてゆったりと過ごしていたある時、脳内に見知らぬ声と既視感のある単語が聞こえる。
__おめでとうございます。あなたは無料プランである「異世界チケット」を入手しました。
女性特有の高音域の声にどこかゲーム的な電子音、しかしそれに似合わない"無料プラン"というどうにも聞きなれた嫌な単語。
次のマッチに行こうと指を操作しようとした瞬間の出来事だっただけについびっくりしてスマホを落としてしまった。
「はぁ? 無料プランだぁ? ボイチャありにしてないはずだけどなぁ……」
いててとお腹を少し擦りながらも改めてスマホ画面を見るも当然そんな案内はない。
あるはずもない、脳内に直接語りかけてくるのだから。
__現実を見なさい。今はあなたの脳内に語りかけてるのですから。
ついには見かねて軽く説教気味に和人に問いかけてくるようになった。
「そんなこと言われても現実もクソもないだろ! 第1だれだよあんたは」
出たよ強要。
自分を縛るような物言いに嫌気がさした和人はそう思いながらつい大声を上げる。
「和人! 大きな声を出さない! あんたただでさえ心臓が悪いのだから圧迫するような声を出したら……」
「そこはせめて誰と話してるのかとかで心配しろよ!」
「え……? またネットの人間と話してるのかと」
「まぁ……それでいいけどよ……」
なんともしまらない語り合い。
脳内に響く声も空気を読んでるのか話しかけに来ないし……。
そして話すだけ話して居なくなる母親。
あれで納得してるのもおかしな話だが、加藤は母親の言う言葉にも一理あるなと少し考えた。
生まれながらに病弱で、何かと衝撃を与えるだけで生死をさまよう体験を何度もしてきた。
今回もつい大声をあげたことで少し胸元が苦しくなる程だ。
これではいつ死んでもおかしくない。
「……で? その異世界チケットとやらはなんだ?」
そして、少し冷静になってからまた脳内の名も知れぬ奴の話を聞き直そうとこちらが質問をする。
__あっ興味を持ちましたね? 簡単ですよ。あなたが異世界に行く為に必要な条件を満たし、そして今からでも異世界に行くための切符を手にしたのです。
「そんなアニメや漫画見たいな展開じゃあるまいし……」
今現在進行形で自分の脳内で起きてることが既にほとんどファンタジーなのだがそこには触れないらしい。
でも、きっと自分は精神的に参ってて幻聴が聞こえているだけだろうとただ言い聞かせるだけだった。
__そう思うのならば連れてきてあげましょう。
「はっ……?!」
連れてきてあげる……そう聞こえたかと思うと、大声を出した訳でもないのに急に胸が苦しくなりまともに立ってられなくなりベッドの上で倒れてしまう。
「おま……何、を……くっ、くるし……」
__さぁ、無料プランの有効期限が切れる前にこちらにいらっしゃい? どのみちあなたのその体じゃあ近いうちに死ぬしね。
「かってに……きめんじゃ……」
神を気取る身勝手な女……そう結論付けて反論しようとするも、スマホを取りどこかに連絡しようとして、声を出して母親を呼ぼうとしてもそれすら出来ず……そのまま視界が真っ暗になっていきついには力無くベッドの上におのれの手がパタンと倒れる。
「……俺は、死んだのか? いやこの場合は"殺された"のか? 最後になって母さんに助けを求めようとした俺は……」
なぜ自分に強要してきて嫌だと認識して疎遠していた母親相手に助けを求めようとしたのか、その理由を探そうとするまでもなく、必死に自身と肉体をギリギリ繋ぐ見えぬ紐のようなそれを掴もうとして無慈悲にも黒い物体のようなそれに斬られてしまう。
「あれが、死神とやらか。そうか……これで俺は本格的に死んで……」
だんだんと離れ遠ざかってゆく肉体。
霊体のままである加藤はそのままどこかへと導かれて行く。
やがて何も考えることが出来ずそのまま目を瞑った後、気がつけばホテルのフロントのような場所に出たところで目が覚める。
「ふふっいらっしゃいませ、資格者様?」
目の前にいたのはカウンター越しに見える大方一般人と呼ぶには半分怪しい雰囲気を見せる謎の女性。
加藤からみて左側にだけ偏った2本の白い翼を有する白髪のショートヘアを持った、まぁまぁ美人な女性。
そんな彼女がこちらの言葉を待たず語りかけ続ける。
「とりあえずあなたは死にました。えぇ死にましたとも。悲しいですね……。あなたはまだお若いのに」
かと思えば急に涙を流し始めて泣き始める。
まるでこちらの死をいたわるかのような慈悲の見せ方だが、やけによそよそしい。
「お前……直前の発言を忘れたのか? あんただろうが! 俺を殺したのは」
「殺した? 私が?」
「あぁそうだ! "連れてきてあげましょう"とか抜かしたかと思えばこれだ。あんたは神気取りか? 天使気取りか? さもなければただの道化か?」
加藤は怒りに乗せた疑問を連ね続ける。
無責任に1人の命を断ち切り、そして弄ぶように翻弄しようとする目の前の女性にいらだちを隠せないのだろう。
「私のことはどうでもいいでしょう? どうせしばらく会えなくなる訳ですし。そんなよくある展開みたいに私が手厚くサポートするわけないでしょう? もちろん、異世界には連れて行ってあげますがね」
そういうプランだし、と少々面倒くさそうに語り続けながら加藤の周りによく分からない幾何学模様の魔法陣が展開される。
やけに複雑で、しかしながらファンタジー作品でよく見るような厨二病的な代物。
でも眩しすぎる訳でもない控えめな光に包まれながらまだあの女性はこちらの疑問を受け流して語り続ける。
「でも、あなたの生前の所持金は1万円ほど。こちらの通貨換算で500カンほど……。これではチートスキルの付与もできませんし豪華プランの加入も無理です」
「なので、無料プランらしくこれから
「ちょっとまてや!聞いてもないし突然ありがちな話を進めんなっての! というかプランプランって、サブスクじゃあるまいし!」
サブスク、サブスクリプションの略で例えるなら月額で定額を払えば広告なしで動画が見えたり手数料や配送料が無料になったりガチャ石が月に貰えたりするなどの様々な要素が存在するいわゆる有料サービスのこと。
それがこんな世界でもあるのかよと言及する。
「長く話しすぎましたね。そろそろ行ってもらいます」
「だから! そんなことより生き返らせてくれっての! 理不尽に殺しといて納得がいかねぇ!」
「……。そういうことなら、今から転生させる先のゲームの世界をクリアしてくれたら考えます」
「そうかゲームの世界か。やってやろうじゃねぇかこの野郎!」
こうして後にも先にもゲームが待ち構えることが分かる異世界への転生を、半ば不本意であるが神まがいからの挑戦状という形で仕方なく受け入れた加藤。
その先で待ち構えるのは……?