堀奈々未と田沼南は結婚することになった。
奈々未は、ずっと一人で結婚式の準備をしてきた。
今日は南が大事な会議を断って、珍しくウェディングドレスの試着に付き合ってくれた。
彼女はとても嬉しかった。きっと彼も結婚式を楽しみにしているのだろう、そうでなければわざわざ時間を作ってくれるはずがない。
ダイヤが散りばめられたマーメイドドレスは、奈々未の繊細で美しい体のラインを完璧に引き立てていた。その白い肌も一層際立ち、まるでダイヤモンドのような美しさだった。
「どう?似合うかな?」奈々未は瞳を輝かせ、幸せそうに微笑みながら南に尋ねた。
南は少し曇った目で彼女を見て、背後からそっと腰に手を回した。そのときの感情を奈々未に悟らせないようにしていた。
「本当にきれいだよ、奈々未。結婚式の時、きっと世界で一番美しい人になるよ。」
彼に名前を呼ばれるたび、奈々未は心がときめいて、嬉しさが溢れていた。その優しい声で自分の名前を呼んでくれるたび、どんな言葉よりも心に響く。
「本当は世界で一番幸せな花嫁、だよ。」奈々未は嬉しそうに訂正した。だって、愛する人と結婚できるのだから。
南の腕が、奈々未の細い腰をさらに強く抱きしめた。そして彼は突然手を離し、感情を隠したまま微笑んで言った。
「行こう、連れて行きたい場所があるんだ。」
「どこ?」奈々未は不思議そうに尋ねる。
「一緒にご飯を食べに行こう。」
「うん!」
奈々未は心から嬉しかった。二人で食事に行くなんて、本当に久しぶりだった。今日の南は、いつもよりずっと優しくて、ドレスの試着にも付き合ってくれて、さらに食事まで一緒に行くなんて。
車の中で、奈々未は明るい笑顔で南に話しかけた。
「南、今日は仕事を休んでまで私と一緒にいてくれるの?」
南はハンドルを握る手に力を込め、奈々未を一瞬だけ見て、微笑んだ。
「ああ。」
「嬉しい!じゃあ今日一日は、独り占めにするからね!」奈々未は少しわがままに、でも可愛らしく宣言した。
これから二人きりの特別な食事が待っている、と胸を躍らせていた。
しかし、車は郊外のとある別荘へと向かった。重厚な門の前には、屈強な黒服の男たちが立っている。その威圧感に、奈々未はなんだか不安になった。
「南、ここはどこ?食事に行くんじゃなかったの?」と奈々未は不安げに聞いた。
南は答えず、車を降りてドアを開けた。
「降りて、ここで食事をするんだ。」
「ここで?」奈々未は戸惑いながらも、彼を信じて邸宅の中へついて行った。
この別荘に来るのは初めてだった。どう見てもホテルやレストランではなく、明らかに個人的な空間だ。
南の知人の家なのだろうか。誰かに紹介されるのかな——そんなことを考えながら、黒服に案内されて豪華なリビングに入った。南は屋敷に入ってから、一度も奈々未を見ようとしなかった。彼の突然の冷たさに気づかないまま、奈々未はただ好奇心だけで後についていった。
そしてリビングに入ると、小柄な女性が南の胸に飛び込んだ。
「南さん、ようやく来てくれて……怖かったの!」女性は南にしがみつき、泣き出した。
南は反射的にその女性を抱きしめ、優しく涙を拭った。
「もう大丈夫、俺が来たから。」
伊藤仁美!
奈々未は驚いた。どうして仁美がここに?何があったのだろう?それに、二人の様子がどこか親密すぎる気がした。
そのとき、黒服の一人が冷たく南に言った。
「もう連れて帰っていいぞ。」
南はその言葉に一瞬体を強張らせたが、すぐに奈々未の方に向き直り、気まずそうに言った。
「奈々未、君はここに残ってて。仁美を送ってから迎えに来る。」
「ここに残る?どうして私が?」奈々未は困惑する。
黒服の男が嘲るように笑った。
「うちのボスが、奈々未さんと二人で食事をしたいそうだ。」
「ボスって誰なの?」と奈々未は問い返した。
「うちのボス、通称荒城組長だ。」
荒城組長!
奈々未は目を見開いた。アジア最大の闇組織、荒城会のトップ――その名前は聞いたことがある。
姿を見た者はいないが、五十代か六十代の男だと言われていた。冷酷非道、殺人も厭わない——
決して逆らってはいけない存在だ。
奈々未は信じられない思いで南に詰め寄った。
「どうして私がその人と食事しなきゃいけないの?」
黒服は南を軽蔑するように見て、真実を告げた。
「その女がうちのボスを怒らせたんだ。本来なら手を切り落とされるところだが、ボスが寛大だから田沼さんが自分の婚約者を差し出すことで許すことになった。堀さんが一晩ボスに付き合えば、すべて水に流そうと。」
何それ……!奈々未は顔面蒼白になり、足元が崩れそうだった。何を言っているの?南は仁美を助けるために、自分の婚約者を他の男に一晩差し出すというのか?
奈々未は南の服を掴み、必死で訴えた。
「南、嘘でしょ?冗談だよね?」
南は目を閉じ、ゆっくりと奈々未の手をほどいた。
「奈々未、怖がらなくていい。ただの食事だ。荒城組長みたいな大物が、君みたいな女の子に何かするわけない。」
南の冷たい態度に、奈々未の心は、ナイフで切り裂かれたように痛んだ。彼女はただ南を見つめ、わずかな温もりを探した。でも、そこに何も見つけられなかった。
「本当にただ食事するだけなの?それだけ?」奈々未は皮肉っぽく笑った。
本当にそれだけなら、どうして一晩も残らなければならないの?
南は都合の悪いことを無視するように、苛立ちを隠さず言い放った。
「仁美はまだ若い、怖い思いをさせたくない。君はもうすぐ俺の妻になるんだから、少しだけ我慢してくれ。後でちゃんと償うから。」
仁美が若いって?彼女は二十歳で、私だって二十二歳。たった二歳しか違わないのに、どうして仁美の過ちを私が背負わなきゃいけないの?
「南さん、怖いよ……早く帰りたい……」仁美は南の腕にしがみつき、か弱く訴えた。
南はすぐにその腕を強く抱きしめ、奈々未への未練を完全に断ち切ったようだった。
「これで決まりだ。君はここに残るんだ。いいね?」
この七年間、『奈々未、言うことを聞いて』と言われれば、いつでも素直に従ってきた。
でも今、彼が求めているのは、知らない男と一緒に過ごすことだった。