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第十四話 『プレイヤーキラーキラーへの依頼』

「ミカン。昨夜言ったこと、覚えてるよな? まさか向こうから話が舞い込んでくるなんて思わなかったが……」

「は、はい。でも、わたしは、倒すっていうよりは……とにかく事情が知りたいです。<アーミン>の人たちは——ジークさんたちは、PKなんてする人たちじゃなかったはずなんです」

「……そうだな。カズラ、<アーミン>を壊滅させるってのは、なにもギルドメンバーを皆殺しにしろってことじゃないよな? もしそうなら、俺はこの話は断らせてもらう」


 最終的にギルドを追放されたミカンだが、<アーミン>の三人を恨んでいないのはすぐにわかった。アレンは彼女の想いを汲み、なるべく殺すゲームオーバーにするようなことはしたくないと考えていた。


「んー……? うーんちょっぴり予想外の切り返しかもです。そもそもアレンさんってそういう不殺タイプの人間じゃないと思ってたんで……まあでも、いいんじゃないですか?」

「おい、そんな軽い感じでいいのかよ」

「あたし、<和平の会>のギルドメンバーじゃないんで、今この場で通話機能を使ってレーヴンさんに確認取ることもできませんしー。でも少なくとも<和平の会>が穏健派を謳う以上、訊けば承諾するでしょう。これは情報屋として確信があります」

「そこまで言うなら……。ともかく<アーミン>を解散させる、あるいはPKをやめさせればいいわけだ」

「簡単なことじゃないと思いますけどねー……そんなのどうせ——ああいえ、あたしはあくまでメッセンジャーですから。なら依頼は承諾ということで。<エカルラート>と違って<アーミン>は本拠地のギルドハウスも割れてるんで、それを今から教えますねー」


 カズラはインベントリから大きな地図を取り出すと、勝手にアレンのベッドの上に広げ始めた。ユーティリティ機能で確認できる町のマップを、紙に書き写したもののようだった。


「位置が割れてるのか?」

「みたいですねー。あたしも自分で調べたわけじゃなくて、<和平の会>から受けた情報なんですけど。どうやって入手したのかわかりませんが、<アーミン>も間抜けなものです」

「ギルドはギルドフラッグに依存する。場所がわかってるなら旗を奪うってのも悪くないか……?」

「それは構いませんが、ギルドが解散状態になってメンバーが全員脱退しても、三日経てば創立・加入は可能になります。ちゃんとそうならないように手は打ってくださいねー」

「ああ、そうか。そうだったな……」


 なにぶん自身がギルドに無所属だ。アレンは初日に呼んだヘルプ機能の項目について思い出しつつ、カズラの説明に傾聴する。


「いいですか、<アーミン>のギルドハウスはこの南東の——」



 破格の報酬に加え、800SPまでアイテム屋での購入を肩代わりしてくれるというのは、顔を合わせない非礼を詫びる計らいでもあったらしい。

 太っ腹な<和平の会>に感謝しつつ、アレンは遠慮なくカズラのユニークスキルによって性能の向上したポーションを二本ほどもらっておいた。合計200SPだ。ミカンに多く残しておいた。


「そういや、ミカンはなに買ったんだ?」


 夜。カズラに説明を受けた<アーミン>のギルドハウスに襲撃をかけるべく、相変わらず月のない闇夜の下へ出たアレンは、そばのミカンに何気なく訊いてみた。


「あ……えっと、ポーションと、これです。ごめんなさい、わたしたくさん使わせてもらって」

「いいさ。別に俺は装備に不満があったわけでもない、なにせ獲物が銃なんでな。盾とかそういうのはあっても邪魔になるだけだ。それで、これは——指輪?」


 星明かりを頼りに、アレンは差し出された少女の手へ顔を近づける。

 しなやかな人差し指で、深い緑の色をした宝石のあしらわれたリングが、周囲の闇へ密やかにその輝きを投じていた。


「綺麗だな。やっぱミカンも女子だし、おしゃれとか気にするのか」

「あっ、い、いえ、そうじゃなくって。特殊効果が備わってて……」

「ああ、なんだ。きちんと意味があったのか」

「……もしかしてアレンさん、わたしがただおしゃれのために指輪を買ったんだって思ったんですか? 500SPもするものを? わ、わたし、いくらなんでもそこまでお間抜けさんじゃないですよ??」

「——、さあそろそろ行くか。<アーミン>のメンバーはたったの三人。不意を突いて、一気に制圧する」

「ご、ごまかそうとしてます……?」


 ユーティリティの時計機能で時刻を確認すると、21時を過ぎたころ。

 NPCが経営する装備屋かなにかの陰から、アレンは目標の建物を見つめた。

 一見するとありふれた一軒家。窓からは微かな明かりが漏れているものの、物音はしない。


「少しの間張り込んでみたが、人の出入りもないな。カズラの情報を疑うわけじゃないが、はたから見てるぶんにはただの家屋って感じだ。……まあ、入ってみればわかるか」

「いよいよ突入ですね……! こ、今度こそ……わたしが前に出て、攻撃を引き受けてみせます!」

「無理はしなくていいぞ。なにも俺は、相手に近づかなきゃ攻撃できないってわけじゃないんだ」


 銃を持つアレンにとっては、ただその場で盾を構えてじっとして『遮蔽物』になっているだけでもありがたい。

 だがミカンは、それでは納得がいかないとかぶりを振った。恐れによって一度居場所を失った彼女にとって、それを乗り越える克己は必ず果たさねばならなかった。

 臆病な彼女の意地を、アレンは尊重することにした。

 頷きを返し、キングスレイヤーをインベントリから取り出す。


「なら、エントリーは頼もうかな」

「エ、エントリー……? どっ、どうすれば」

「盾を構えてドアに突っ込む。俺が後ろからカバーする。単純だろ?」

「そんなゴリ押しでいいんですかっ?」

「ゴリ押しがいいんだよ。ダイナミックかつスピーディに、なにが起こったのかわからないくらいメチャクチャしてやるのが一番強い」


 作戦などいつもこんなものだ。どの道、使える手札は限られている。

 アレンのユニークスキルは狭い室内ではどうにも使いづらい。ならば頼りになるのはボーナスウェポンと、それを扱う射撃の腕前を置いてほかにない。


「来て、『ナイツオナー』。……じゃあ、いきますっ」

「ああ。中に入った後は、身を守ることだけ考えていればいい」


 ミカンの手に銀の大盾が現れる。彼女のボーナスウェポンだ。鏡のように磨かれた白銀は、彼女の心に巣食う怯懦きょうだなどとはまるで無縁の気高さを映している。

 その輝きこそ、ミカンにとっての理想の具現なのかもしれなかった。

 ミカンが走り出し、ギルドハウスのドアへと突撃する。木製の扉は、その年頃にしてはやや重たい彼女の体重を乗せた大盾の重量を受け、呆気なく破片を散らして内側へ弾け飛んだ。

 その後ろから、間髪入れずにアレンが付き添う。


「わぷっ」

「ばか!」


 室内の状況を確認する前に、ミカンは勢いを殺しきれず、ずっこけて床に転倒した。

 焦りつつ、彼女を守らねばとアレンが銃口を周囲へ巡らせるが——


「……。いない?」


 そこは、どことなく酒場に似た造りをした広間だった。

 現に棚にはグラスが並び、バーカウンターのようなものもあった。が、人の痕跡は残されていない。部屋の中のどこにも人影は見当たらない。

 念のためアレンは銃を構えたまま慎重に、カウンターや間仕切りの裏といった物陰をチェックするも、やはり敵影はなし。

 もしやとは思うが、カズラの情報、あるいはその源である<和平の会>の情報に誤りがあったのか——そうアレンが考えかけた時、ミカンが「あっ」と声を上げた。


「どうした!?」

「そ、そこに……ハッチが」


 ミカンが指輪のついた指で差す先には、暗闇へと続く、急な勾配の階段が覗く鉄製のハッチがあった。目立たぬよう奥まった壁のそばに設置されている。


「地下室か……! どうやらまだ、誤情報や騙されたと決めつけるには早そうだな。行ってみよう」

「じゃ、じゃあ、またわたしが先に……」

「いや。これだけ上で物音を立てた以上、既に奇襲は失敗だ。俺が先に行く。そんで、すぐ後に続いて、ヤバそうな状況ならユニークスキルで防壁を出して援護してくれ」

「わ、わかりましたっ」


 アレンはインベントリから、NPCの店で購入したライトスティックを取り出した。

 小さな直管蛍光灯のような見た目をしたアイテムだ。

 使い捨てで、起動を念じると一定時間発光し続ける。松明のように使える代物だが、その光量はただの火よりもずっと大きい。

 夜に蠢くPKプレイヤーキラーたちを相手取るのに、暗所の対策は必須だった。命を危険に晒して得た学びだ。

 それをアレンは手に持ちつつも、まだ起動はさせない。

 片手にライトスティック、片手にキングスレイヤーの銃把じゅうはをにぎりながら、足音を殺して階段を下る。

 戦闘に備えた緊張と、その裏に隠れるわずかな高揚感。


(——起動)


 上と違い、そこは一寸先も見通せぬ暗闇。しかし靴から伝わる足裏の感触で、階段を下り終えて床を踏んだと判断したアレンは、ライトを起動し——すぐに放り投げた。

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