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第十六話 『氷結牢獄』

「いきなりこんな世界に入れられて——嫌になりながら、それでもなんとか生きようとしてるのに! なんの役にも立てなかったアンタが……今さら邪魔をするなぁ!!」


 激情に背を押され、破れかぶれの悲壮さでノマが突進する。その手にはボーナスウェポンである、スタンダードな形状の槍があった。


「ノマさん……! アレンさんはいい人です! SPを稼ぐためにプレイヤーキラーキラーをやってるわけじゃないんですっ!」


 勢い任せの一突きは銀の大盾に防がれた。その盾の重厚さもさることながら、ミカン自身も体格的に安定感のある方だ。


「アンタだって騙されてるんじゃないの!? 町の噂で聞いたわよ。そいつは、現実でもチートを使ってた悪いやつなんだって! FPSはよく知らないけど、マルチゲーでチート使うやつなんてロクでもないに決まってる!」

「使ってないです……! アレンさんはそんなことしません! 絶対に不正をする人なんかじゃ、ないです!」

「なにを……そんなの、わかんないじゃない!」

「……ミカン」

「アレンさんはわたしを助けてくれた人です! わたしは、アレンさんを信じる……! 『イージスプロトコル』——展開っ!!」


 地下室の床に、キンッ、と大盾が打ち鳴らされる。展開された半透明の障壁が、ミカンの前方を半球形に覆った。


「アレンさん、今のうちにジークさんを!」

「ああ!」

「その——こんなことになってしまって、でも、わたしは——」

「大丈夫だ、殺しはしない!」

「——。ありがとうございます、アレンさん!」


 ジークもまた、姿勢をわずかに崩し、前進の構えを見せる。その挙措は巨山が静かに動き始めるかのようでもあった。

 キングスレイヤーの残弾数は五。

 この男を相手取るには、どこかで再装填リロードを必要とするだろう、とアレンは予感めいたことを思う。


「釈然としないことがある」

「あ?」


 歩み始める前に、ジークは低い声でアレンに問う。


「このギルドハウスは<エカルラート>のギルドマスターから、傘下に入る際に譲り受けた隠れ家だ。なぜ、ギルドに所属してもいないプレイヤーキラーキラーに、この広く複雑なキメラの町から探り当てることができた?」

「……はぐらかしてもいいが、そうだな。俺も今日は、単なる個人として来ているわけじゃないんだよ」

「ふむ……。背後に別のギルドがあり、その思惑で動いているということか? なら十中八九<和平の会>なのだろう。しかし、それでも……この短期間で彼らにおれたちの居所がつかめるのだろうか? 情報の秘匿性の高さは、おれたちが持つ、少人数だからこその数少ない利点だ」

「そんなことを言われてもな。腕のいい情報屋がなんとかしたんじゃないのか?」


 言いながらアレンも、自身と同様に<和平の会>に所属しているわけでもないカズラが、そこまで干渉をしてはいないだろうと思った。

 しかし、どうあれアレンには関係ないはずだ。戦いが始まる前に、余計な思考は頭の内側から叩き出す。

 ジークも考えても詮ないことだと思ったのか、「そうか」と歩き出す。


「——」


 その動作があまりに何気ないものだから、アレンは不覚にも一瞬、それが攻撃のための動作だと気づくことができなかった。


「ノマ君はああ見えて、一線を超えるほど我を忘れはしない。ミカン君が死ぬことはないだろう。だがプレイヤーキラーキラー、君は、ここでゲームオーバーになってもらう」

「——っ!!」


 剣が振り下ろされて始めて、アレンは危機を察知した。

 飛び退く。初動の遅れが災いし、切っ先が胸を割いた。

 服の耐久値は削れども、ゼロになることはなかったようで、破けることはなかった。同様に皮膚が裂けることもなく、血は流れない。

 だが数値としてのダメージが、アレンのHPを決定的に抉り取った。


「い、ってぇ……な」

「かすっただけ、か。小さいだけあって素早い。君は現実世界では男性だそうだが……もしや、こうして機敏に動くためにわざと幼女になったのか? そのような発想はおれにはまったくなかった。流石は元プロゲーマーだと、敵ながら賛辞を送らせてくれ」

「たまたまだバカヤロー! 口数が多いなぁ!」


 深々と斬られたわけではないが、現実なら致命傷だ。痛みが脳髄を焼き、口内が一瞬にしてカラカラに乾き、背が軽く汗ばむ。

 今の攻撃で、HPの四割を失った。


(俺のレベルは18…… 比較的高レベルだから助かったが、これ初期値なら死んでたんじゃないか?)


 ジークが籠手こて越しに握る、黄金の柄。そこから伸びる刃は、生半可な盾で受けようものならそれごと斬り砕いてしまいかねないほど、広く厚い。

 間違いなくボーナスウェポンだ。加えてあの取り回しのしづらい形状なのだから、高威力なのも納得がいく。


「ポーションを飲む暇など、与えはしない」

「そのぶっとい剣で、何人殺してきた……!」

「君こそその無骨なリボルバー銃でどれだけ撃ち殺してきた? それとも相手がプレイヤーキラーなら殺してもいい、とでも? 世直しのつもりか?」

「……っ!」


 返答に窮し、代わりに引き金を絞る。ジークは初弾と同じように頭部を剣でガードし、放たれた弾丸はやはり同じように弾かれる。あやまつことのない、的確なエイムが逆に攻撃経路を限定していた。

 かといって、首から下は鎧に覆われている。胴体に弾倉の残りすべてを叩きつけたとて、大したダメージは期待できまい。


「はあッ!」

「くっ、お前、自分のギルドハウス内でもお構いなしかよ!」


 プレートアーマーの重さが嘘のように、ジークは電撃的な踏み込みで斬りかかる。後方に飛び退くアレンの必要以上にぷにぷにした頬に、空振った勢いで破砕された床の破片が飛び散った。

 反撃とばかりに発砲するも、やはり剣に防がれる。素早く照準を移し、さらに肩・胴体にも弾丸を撃ち込む。しかしこれも、鎧の上からではジークは意にも介さぬ様子で剣を構え直すばかり。


「ふむ、おれは斬撃が当たらず、君は弾丸が効かず……互いに手詰まりといったところか」

「その鈍重な鎧を脱げば、お前の剣も当たるかもよ」

「……は。その手には乗るまいよ、プレイヤーキラーキラー。悪いがこちらには、より優れた策が用意されている。——フラクチャ、庭を展開しろ」


 その言葉は、奥でおろおろとアレンやミカンたちの攻防を見つめていた、青髪の少女へと向けられていた。


「で、でも、兄さん。ミカンさんが連れてきたんだから、この人は……」

「フラクチャ! 言ったはずだ、このキメラにルールはない。ゆえに倫理もなく、信じられるのはギルドメンバーのみだと!」

「私は……ミカンさんのことも、まだ——」

「フラクチャ!! 死にたいのか! それとも、仲間を殺したいのか!?」

「——ッ!? ご、ごめんなさい……『アイシクルガーデン』っ!」


 ジークが飛ばす怒号に従い、フラクチャは床に両手をついた。すると、手をついた箇所を起点に、床の表面が凍りついていく。

 たちまち地面は侵食され、ごつごつとした起伏のある氷に一面覆われてしまった。

 ユニークスキルの中でも稀な、広範囲に影響を及ぼす力——

 アレンは驚愕とともに、足元から立ち上る冷気に身を震わせた。


「へきちっ」


 くしゃみも出た。


「……大したユニークスキルだな。どうも当人は嫌々って感じだったが」

「ふ、驚くのはまだ早い。本気になった妹は屋内戦において敵なしだ。もっとも、甘い性根についてはまだまだだがな……しかし状況を好転させるにはこれでも十分だ」


 地下室の温度が一気に低下する。アレンたちはまるで冷凍倉庫の中にいるようだ。

 だが足元の氷はスケートリンクのように平坦なわけではなく、つるつると滑って移動に難儀することはなさそうだ。これなら室温を下げただけで、さしたる障害にもならない——

 そんなアレンの考えは、軽率そのものだ。


「すまないが、一騎打ちをする義務もない。フラクチャ、『檻』をミカン君に」

「そ、それで、ミカンさんを傷つけずに済むなら……」

「わっ!? な、なにこれ……氷柱つらら?」

「正しくは氷筍ひょうじゅんだが……まあ、スキルで生み出される以上どちらにせよ自然的なものではない。ノマ君にもこちらを手伝ってもらいたいのでな、少し大人しくしていてもらうぞ」


 凍りつく地面から、突如として数本の先細った氷の柱のようなものが突き出てくる。それらは環状にミカンを囲い、即席の牢獄となって、か細い隙間からアレンやジークたちを窺うしかできなくしてしまう。

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