「いきなりこんな世界に入れられて——嫌になりながら、それでもなんとか生きようとしてるのに! なんの役にも立てなかったアンタが……今さら邪魔をするなぁ!!」
激情に背を押され、破れかぶれの悲壮さでノマが突進する。その手にはボーナスウェポンである、スタンダードな形状の槍があった。
「ノマさん……! アレンさんはいい人です! SPを稼ぐためにプレイヤーキラーキラーをやってるわけじゃないんですっ!」
勢い任せの一突きは銀の大盾に防がれた。その盾の重厚さもさることながら、ミカン自身も体格的に安定感のある方だ。
「アンタだって騙されてるんじゃないの!? 町の噂で聞いたわよ。そいつは、現実でもチートを使ってた悪いやつなんだって! FPSはよく知らないけど、マルチゲーでチート使うやつなんてロクでもないに決まってる!」
「使ってないです……! アレンさんはそんなことしません! 絶対に不正をする人なんかじゃ、ないです!」
「なにを……そんなの、わかんないじゃない!」
「……ミカン」
「アレンさんはわたしを助けてくれた人です! わたしは、アレンさんを信じる……! 『イージスプロトコル』——展開っ!!」
地下室の床に、キンッ、と大盾が打ち鳴らされる。展開された半透明の障壁が、ミカンの前方を半球形に覆った。
「アレンさん、今のうちにジークさんを!」
「ああ!」
「その——こんなことになってしまって、でも、わたしは——」
「大丈夫だ、殺しはしない!」
「——。ありがとうございます、アレンさん!」
ジークもまた、姿勢をわずかに崩し、前進の構えを見せる。その挙措は巨山が静かに動き始めるかのようでもあった。
キングスレイヤーの残弾数は五。
この男を相手取るには、どこかで
「釈然としないことがある」
「あ?」
歩み始める前に、ジークは低い声でアレンに問う。
「このギルドハウスは<エカルラート>のギルドマスターから、傘下に入る際に譲り受けた隠れ家だ。なぜ、ギルドに所属してもいないプレイヤーキラーキラーに、この広く複雑なキメラの町から探り当てることができた?」
「……はぐらかしてもいいが、そうだな。俺も今日は、単なる個人として来ているわけじゃないんだよ」
「ふむ……。背後に別のギルドがあり、その思惑で動いているということか? なら十中八九<和平の会>なのだろう。しかし、それでも……この短期間で彼らにおれたちの居所がつかめるのだろうか? 情報の秘匿性の高さは、おれたちが持つ、少人数だからこその数少ない利点だ」
「そんなことを言われてもな。腕のいい情報屋がなんとかしたんじゃないのか?」
言いながらアレンも、自身と同様に<和平の会>に所属しているわけでもないカズラが、そこまで干渉をしてはいないだろうと思った。
しかし、どうあれアレンには関係ないはずだ。戦いが始まる前に、余計な思考は頭の内側から叩き出す。
ジークも考えても詮ないことだと思ったのか、「そうか」と歩き出す。
「——」
その動作があまりに何気ないものだから、アレンは不覚にも一瞬、それが攻撃のための動作だと気づくことができなかった。
「ノマ君はああ見えて、一線を超えるほど我を忘れはしない。ミカン君が死ぬことはないだろう。だがプレイヤーキラーキラー、君は、ここでゲームオーバーになってもらう」
「——っ!!」
剣が振り下ろされて始めて、アレンは危機を察知した。
飛び退く。初動の遅れが災いし、切っ先が胸を割いた。
服の耐久値は削れども、ゼロになることはなかったようで、破けることはなかった。同様に皮膚が裂けることもなく、血は流れない。
だが数値としてのダメージが、アレンのHPを決定的に抉り取った。
「い、ってぇ……な」
「かすっただけ、か。小さいだけあって素早い。君は現実世界では男性だそうだが……もしや、こうして機敏に動くためにわざと幼女になったのか? そのような発想はおれにはまったくなかった。流石は元プロゲーマーだと、敵ながら賛辞を送らせてくれ」
「たまたまだバカヤロー! 口数が多いなぁ!」
深々と斬られたわけではないが、現実なら致命傷だ。痛みが脳髄を焼き、口内が一瞬にしてカラカラに乾き、背が軽く汗ばむ。
今の攻撃で、HPの四割を失った。
(俺のレベルは18…… 比較的高レベルだから助かったが、これ初期値なら死んでたんじゃないか?)
ジークが
間違いなくボーナスウェポンだ。加えてあの取り回しのしづらい形状なのだから、高威力なのも納得がいく。
「ポーションを飲む暇など、与えはしない」
「そのぶっとい剣で、何人殺してきた……!」
「君こそその無骨なリボルバー銃でどれだけ撃ち殺してきた? それとも相手がプレイヤーキラーなら殺してもいい、とでも? 世直しのつもりか?」
「……っ!」
返答に窮し、代わりに引き金を絞る。ジークは初弾と同じように頭部を剣でガードし、放たれた弾丸はやはり同じように弾かれる。
かといって、首から下は鎧に覆われている。胴体に弾倉の残りすべてを叩きつけたとて、大したダメージは期待できまい。
「はあッ!」
「くっ、お前、自分のギルドハウス内でもお構いなしかよ!」
プレートアーマーの重さが嘘のように、ジークは電撃的な踏み込みで斬りかかる。後方に飛び退くアレンの必要以上にぷにぷにした頬に、空振った勢いで破砕された床の破片が飛び散った。
反撃とばかりに発砲するも、やはり剣に防がれる。素早く照準を移し、さらに肩・胴体にも弾丸を撃ち込む。しかしこれも、鎧の上からではジークは意にも介さぬ様子で剣を構え直すばかり。
「ふむ、おれは斬撃が当たらず、君は弾丸が効かず……互いに手詰まりといったところか」
「その鈍重な鎧を脱げば、お前の剣も当たるかもよ」
「……は。その手には乗るまいよ、プレイヤーキラーキラー。悪いがこちらには、より優れた策が用意されている。——フラクチャ、庭を展開しろ」
その言葉は、奥でおろおろとアレンやミカンたちの攻防を見つめていた、青髪の少女へと向けられていた。
「で、でも、兄さん。ミカンさんが連れてきたんだから、この人は……」
「フラクチャ! 言ったはずだ、このキメラにルールはない。ゆえに倫理もなく、信じられるのはギルドメンバーのみだと!」
「私は……ミカンさんのことも、まだ——」
「フラクチャ!! 死にたいのか! それとも、仲間を殺したいのか!?」
「——ッ!? ご、ごめんなさい……『アイシクルガーデン』っ!」
たちまち地面は侵食され、ごつごつとした起伏のある氷に一面覆われてしまった。
ユニークスキルの中でも稀な、広範囲に影響を及ぼす力——
アレンは驚愕とともに、足元から立ち上る冷気に身を震わせた。
「へきちっ」
くしゃみも出た。
「……大したユニークスキルだな。どうも当人は嫌々って感じだったが」
「ふ、驚くのはまだ早い。本気になった妹は屋内戦において敵なしだ。もっとも、甘い性根についてはまだまだだがな……しかし状況を好転させるにはこれでも十分だ」
地下室の温度が一気に低下する。アレンたちはまるで冷凍倉庫の中にいるようだ。
だが足元の氷はスケートリンクのように平坦なわけではなく、つるつると滑って移動に難儀することはなさそうだ。これなら室温を下げただけで、さしたる障害にもならない——
そんなアレンの考えは、軽率そのものだ。
「すまないが、一騎打ちをする義務もない。フラクチャ、『檻』をミカン君に」
「そ、それで、ミカンさんを傷つけずに済むなら……」
「わっ!? な、なにこれ……
「正しくは
凍りつく地面から、突如として数本の先細った氷の柱のようなものが突き出てくる。それらは環状にミカンを囲い、即席の牢獄となって、か細い隙間からアレンやジークたちを窺うしかできなくしてしまう。