人類初の異星間結婚が、今日実現した。花婿は地球人。花嫁は遥か彼方から飛来した女性。
幾光年の隔たりを越えて二人をめぐり合わせたのは、ゼロアニマオンラインと呼ばれるオンラインゲームだったのだ……。
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突き抜けるような青空に、シルエット。それは人型であった。それは翼を有していた。それは、燃え盛る地上から放たれる砲弾を、軽く躱し続けていた。
腰背部に備えられたスラスターユニットが持ち上がり、肩の高さまで。そこから真っ赤なビームが走り──地上の対空砲陣地に直撃した。
白を基調として、アクセントに赤を取り入れたその人型機動兵器は、空中で静止する。
『Mission Completed』と、胸の中にいるパイロットの前に表示された。クリアランクはS。ノーダメージクリアだ。
(……あとは、何が残っていたっけな)
シートの上で、少年パイロットはリザルト画面を消す。ミッションの前後にロードを挟むわけではない。オープンワールドは、プレイヤーに様々な自由を与える。このまま、目の前の要塞を完膚なきまでに破壊するのも良し、依頼元に戻って補給を受けるも良し。
(エネルギーには余裕がある……別のミッションを探すか)
彼が選んだのは、このオープンワールドを飛ぶことだった。だが、離脱しようとした彼の機体のレーダーが、接近する機影を捉える。
(この速度……NPCじゃない!)
相手は細い。モスグリーンのカラーで染め上げた、三機。どれも目立った射撃兵装は持たず、刀や大剣といった近接兵装ばかりが目に付く。最後尾についているものは、白と薄い青に彩られた、斧槍を握る機体を引っ張っていた。
「オラオラァ! 金を寄越してどっか行きやがれ!」
下種のような声が聞こえてくる。少年は溜息を吐き、一気に最大加速で突撃を敢行した。小口径のビームガンが放たれるが、彼の機動はそれら全てを見切っているようで、当たることもなかった。
まず、一機。太刀で首を刎ね、蹴り飛ばす。宙に踊った所へ、腕部の四連装ビームガンを撃ち込み、爆発させた。
「オ、オレのダチを! テッメ~!」
先程の下種が叫ぶ。それが握る大剣は、少年にしてみればふざけているようにしか思えなかった。重量バランスを考慮しない装備は、それだけ機体制御を難しくする。そして、目の前の相手は、そういう技量を持っていないように見える。
肘や肩の関節に悲鳴を上げさせながら、大剣持ちが少年に迫る。大ぶりすぎる一撃を軽く回避し、両腕を纏めて切断。慣性に負けて姿勢を崩した敵機の頭を掴み、引き千切った。
「お、覚えてろ~!」
サブセンサーだけで逃げていく、元大剣持ち。最早敵では無し、と判断して、最後の一機を手早く墜とそう、と少年は加速を始めた。
刀を寝かせての、刺突。まともな改造など為されていない、質の悪い機体が相手なのだ。逃げの姿勢に入ったとして、少年の特別仕様機を振り切れるはずがない。
だが。相手は急に反転した。訝る前に、少年は運搬されていた機体を前にした。止まらない。逆噴射も間に合わない。結果、刀は敵と同時に盾も貫いてしまった。
派手な爆発が、青空に咲いた。
(……運が悪かっただけだ)
どうにか自分を説得しようとしていると、更に高速で接近する物体があった。新手か、と思って機体を回した少年は、六角柱を三つ、逆三角形に繋げたようなオンボロ船が浮いているのを認めた。
「えー、こちらクラン『
ノイズ混じりの合成音声が聞こえてくる。
「……こちらトード・スイーパー。金なら払う」
暫しの沈黙。トード・スイーパーと名乗った少年のアバターは、灰色のパイロットスーツとヘルメットに包まれていた。
「こちらNATTO副リーダー、えでぃ。一つ提案があるわ。私たちのクランに入って、修理費を稼いでもらっていいかしら」
「……群れたくはない」
「お金を稼ぐ間だけでいいの。お願い。私たち、バトルなんてまともにできなくて困ってて」
トード・スイーパーは、愛機の中で色々と計算してみる。
「NATTO、だったか。どこの勢力に属している」
「フリーよ。戦えもしないクランなんて、どこの勢力にも入れないじゃない」
「なら、いい。わかった。燃料電池の補給をさせてくれ」
三つある六角柱の内、上辺にあるものの片方が、正面のハッチを開く。随分と古いタイプじゃないか、とスイーパーは思いながら着艦した。
格納庫も粗末なものだった。三機を収容できる空間には、真っ赤に染められた馬上槍のような武器を持った機体が直立しているだけ。それも、巨大な武器のせいで二機分のスペースを占領していた。
「あーあー、マイクテステス。トード・スイーパーさんは、適当な所に機体を置いてください」
奥にある、駐機スペース。おそらく、六角柱に囲まれた中心の空間にある居住区があるのだろう、とスイーパーは推測する。
そこから出てこられるようになっているキャットウォークを横目に、彼は機体を停めた。通路の下から足場が出てくる。そこに、移った。
「いい機体ね」
ヘルメットを外し、黒髪黒目を露わにした彼。そこへ話しかける者がいた。銀髪赤目、低身長。ミドルティーンの少女、と彼は年齢を推定した。声も若々しい。自分と変わらない程度だろう、と。
「あんたがえでぃ?」
「ええ。よろしく。リーダーは死亡ペナルティで強制ログアウト中だから、私が対応するわ」
「……随分と、貧乏クランみたいだが」
「そうね。二基の主砲は型番が違うから余計に部品を積まないといけない。知名度がないから人が来なくて、人が来ないから知名度がない。リーダーがリア友じゃなかったら抜けてるわよ」
愚痴を言いながら、えでぃが手摺に体を預けた。
「その機体、フルスクラッチみたいだけど」
彼女の相手を量る視線が、機体とパイロットの間を行き来する。
「作ったのは俺じゃない。ただ譲り受けただけだ」
このゲーム、ゼロアニマオンライン(ZAO)は、プラモデルをスキャンして作成された3Dモデルを操作するものだ。
基本的に、既存のキットを組んだり、色を組み合わせたり、パーツを他のキットから持って来たり(これをミキシングという)するものだが、スイーパーの機体は違った。
フルスクラッチという、全く他のキットからパーツを流用しないで制作されたそれは、最早誰にも同じものを作り得ない、特別な存在だった。
「塗装も、パーツ同士の接合も完璧。ね、誰が作ったの? 私もその人の作品、見てみたいわ」
「死んだ」
「それは……ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」
「わかっている」
スイーパーは、整備ドロイドが機体に群がるのを見下ろしていた。プラモデルが物理的に劣化したり、何か燃料の類を乗せていたりするわけではない。飽くまでゲームシステム上で減ったものを補充する様を、視覚的に再現しているだけだ。
「機体の名前、教えてくれる?」
「……アブインベル」
「エジプトにそんな名前の世界遺産があったわね」
「そうなのか」
スイーパーの連れない態度に、えでぃは諦めに似た感情を抱いた。暖簾に腕押し、というのに近い。背を向けて去ろうとしたタイミングで、茶髪の少年が、騒がしい足音を立てながらやってきた。
「お前、なんでオレごとやった!」
「その前に名乗りなさいよ」
えでぃに諭されて、少年は一度咳払い。
「俺はキッシー。お前が刺した機体に乗ってた男だ」
「すまない。思った以上にスピードが乗って、制動が間に合わなかった」
口調に感情はあまりないが、丁寧に一礼する姿を見て、キッシーは何故だか自分の方が悪いように思えてきた。
「それで、このクラン……」
「NATTOだ」
「NATTOの、目的は?」
「目的ィ?」
人が集まる以上、そこには目的があるはずだ──そんな、当たり前のことを問うたのに質問を返されたスイーパー。
「ま、好きなメカを好きなだけ、ってところかな。別に強くなくてもいいし、何ならプリセット機体でもオーケー。自分の好きな機体に乗りたい奴が集まるのさ」
リーダーが胸を張って語る横を、彼は通り過ぎる。その表情は暗く、新しい出会いを楽しんでいそうなわけでもなかった。
「なんだあいつ」
キッシーが呟いたのも聞かず、スイーパーは誰もいない廊下に立つ。
(ユノ。俺は、ここにいられるだろうか)
そう問うた訳は、彼の心の根っこにあった。