「あれ、お前、昌紀じゃないか」
転職初日、会社の入り口でエンカウントしたイケメンが、小走りに駆け寄ってくる。
「あー……西岡さん、この会社だったんだ……」
西岡颯太さん。俺より五つ年上の三十二歳とは思えないほどの爽やかイケメンにして、俺の元彼だった。別れたのは、五ヶ月前。まさか、この会社にいるとは。
「不治の病に冒されて、余命幾ばくもないって聞いたけど……」
「あー、あれね、お医者さんの誤診だったみたいで……あの時は、人生悲観して大変だったんですよ、西岡さんにも、ご迷惑をおかけしました」
五ヶ月前の別れ話を持ちかけた俺を、今、強烈に殴り倒したくなった。いくら『どうせ二度と会わねーw』と思っていても、不治の病はないだろう。今更、大いに反省した。
「うちの会社、きっと、昌紀も気に入るとおもうよ。凄い優秀な奴らが多くてね。あ、おーい、黒崎さん! こいつ、今日から中途採用で入ってきた人ですよ!」
黒崎さん。嫌な予感がした。そういう名前のセフレと、半年くらい遊んでいた時期がある。違いますように。違いますように。心の中で祈りを捧げながら、黒崎さんの姿を見た俺は、床に撃沈寸前だった。
(はい、セフレの黒崎さんっ!)
黒崎さんのほうも、俺を見て、ちょっと、びっくりした顔をしている。
「あれ、二人、知り合い?」
俺が、どう、この場を乗り切ろうかと思案していると、黒崎さんは、にっこりと微笑んだ。相変わらず、イケメンだった。
「実は、深夜の異種業界間交流会って言うのに参加しててね。昌紀さんとは、大分、やりとりをしていたんだ。発想が独創的で、話も上手だから、凄く会うのが楽しくてね」
深夜の交流会って、ラブホで、ひたすらヤッて終わるだけでしたけれどね。確かに、お互い楽しくて、とりあえず、お互い『飽きるまで』付き合いました。はい。
「へー、そうなんだ」
「それで、昌紀は、どこの部署になるとか聞いてる?」
「いいえ、俺は……」
「そうなんだ。でも、今、人が居なくて苦労してる小柴部長のところじゃないかな。凄いんだよー、あの人うちの会社で最年少部長だから。仕事もバリバリで……」
小柴。凄く嫌な予感がした。幼なじみで、お互い初恋の相手。というか、初えっちをした相手が、小柴君だったはずだ。
(いやいやいやいや、日本の中に、小柴なんて名字の人は三億人くらいは居るはず)
元彼と元セフレに連れられて向かったオフィスには、はい、案の定、待っていました。元、初恋の相手。
「あっ、昌紀? ……わー、履歴書見た時に、同姓同名の人がいたから、もし、昌紀だったら嬉しいなあとか思ってたんだ」
小柴部長は、童顔で、正直、あの初恋の時のまま、ビジュアルが変化していなかった。俺と同い年だが、半ズボンを穿かせたら小学生に見える。
俺は、今までの人生を思い返す。
小柴からはじまって、あちこちの男を食い散らかし、金ほしさにパパ活を行い、その反面、彼氏もいたし、セフレもいた……。
面接を担当してくれた人事部長は、別に、俺のパパ活相手とかじゃなかったが……、まさか、また、どこかに、俺の関係者が潜んでいるのではないだろうか。
「昌紀。……せっかく会えたんだから、今日あたり、二人で飲みに行かない?」
西岡さんが、俺の耳元に甘く囁いてくる。いや、あんた、朝っぱらから、就業前から何してるんだ。
「あっ、西岡さん、昌紀さんは、俺と一緒に行きますよ」
「二人とも、業務命令で今日は残業ね。俺が一緒に、昌紀と歓迎会してくるから~」
三人が、にらみ合う。さらっとハラスメント突っ込んでこなかったか、小柴君。なんだ、この構図は。転職一日目、こんなことで、この会社でやっていけるのか?
一度、この場をとりあえず離れておこう。
そう思って踵を返したところに、にこにこと微笑む白髪交じりの男性がいた。あ、間違いない。パパ活相手の、近藤さんだ。
「あれ、どうしたんですか、社長」
小柴さんの声に、度肝を抜かれた。社長。……なるほど、社長か……。じゃあ、この会社にすんなり転職が決まるよね!
「今回は優秀な中途の方が採用されたって聞いたから、是非、一緒にゆっくる食事でもと思ってね」
ははは、と近藤社長は笑う。
俺も、ははは、と笑う。
さあ、どうする。
了