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将棋部の姫は岩より片し 推し被り地味子に悪手無し
将棋部の姫は岩より片し 推し被り地味子に悪手無し
藤倉崇晃
恋愛スクールラブ
2025年08月30日
公開日
2,865字
連載中
高二になった将棋部員・村家沙織は「巨乳地味子」……! 懇切丁寧な友人・三石琴音から自分のジャンルを教えて貰ったものの……。 琴音さんは琴音さんで将棋部で姫プレイに勤しんでいるではありませんか。 相方のこじらせ恋愛を観察する青春ラブコメ始動!

プロローグ

第一話 姫プレイ中失礼します

――高二の春。

 新学期を迎えた村家沙織は、去年より少し大きくなった胸に悩んでいた。

――比喩ではない。

 私は本当に胸が大きくなり続けている。

 その昔、アメリカの大統領は「自分の顔に責任を持て」と部下に言ったらしいが、神は私に巨乳を与えた。

 長い黒髪は櫛でとかしたものの、ヘアゴムで一つ縛りにしなければボサボサ頭に早変わりする。大きな黒い丸眼鏡をかけて、とがった目つきとそばかすを隠蔽する。

――懇切丁寧な友人に言われて知った私のジャンル……「巨乳地味子」……。

 春休み中は自室に籠って部活の自主練習をしていれば容姿など気にも留めずに済んだのになぁ。 

 新学期の朝、洗面台の前でオドオドしながら巨乳を封印する方法を悩んでいた。

――大きい……。はぁ……。男の人はこんな肉塊の何に幻想があるのだろう……。

「遅刻しちゃう」

 それから正しく身を包んだ姿で朝食を食べ、家を出て桜並木を行く。

 大通りを抜けて、校門の前まで来て、人混みに紛れて。

――杞憂だった。誰一人、私の肉塊に目をくれない。春休み中に一段と成長した気がしてビクビクしてしまったけれど……。

 始業式があっという間に終わり……。

――この世界における私の居場所は二つ……。……自室。……そして部室。

 新学期初日から部活がある。

 私の部活は将棋部。

――文化部室棟の扉を開ける。

――将棋部の部室まで歩く。

――部室の玄関を開ける。

 「来た来た!沙織!一局指そう!」

――懇切丁寧な友人。

 「琴音さん……。お手柔らかにお願いします……」

――三石琴音。囲碁から転向したアマ二段。

 長い黒髪を臙脂色のリボンでハーフツインにして結んだその美少女がましい姿。私は「認識」をひた隠しにして「お手柔らかにお願いします」などと小声で言う。

――琴音さんに対する認識は闇が深い。

 将棋の駒を整然と並べる。

 同じ種類。

 同じ数。

 同じ配置から始まるこの将棋というボードゲームは面白い。

――琴音さんは春休み中は誰とデートしたんだろうなあ。

 琴音さんはリア充を極めている。

 元中学竜王の松岡くん……。

 弟萌一直線の水天宮くん……。

 頭脳明晰東大志望の糸谷くん……。

 皆、将棋部の同級生。

 皆、琴音さんとデートをした。

――琴音さん……。春休みは誰と何回デートしたの……。

 パチッ……!

 私は振り飛車穴熊が得意……なぜなら私そのものだから……。

 こうやって王様を隅っこに住まわせる。

 まるで春休み中の私。

 琴音さんは居飛車銀冠がお似合いです……誰がどの金駒か知らないけど男子三人で自分の身を守っている姿が……。

――楽しい。将棋は楽しい。

 あと中学時代にバレー部だった前田くんがいて将棋部二年生は五人。

「村家さん。ちょっと相談したい事があるんだけどいいかな?」

「はい、部長」

――終わったら部長の相談に乗らなければ……集中、集中。

 対局を進めると、中盤の乱戦を経て、終盤。

 私は、いつも一歩及ばず琴音さんに負けてしまう。

「ありがとうございました」

――対局が終わったら感想戦という名の反省会。

「沙織は部長に呼ばれてるから、そっち優先で良いよ。感想戦なし!」

――感想戦、やりたかったなあ。

 琴音さんは「松岡く~ん!一局指そうよ~!」と猫撫で声で言う。

 松岡くんは、

「オッケー琴姫!オッケーです!」

と爽やか気に返事をする。

 弟萌一直線の水天宮くんも「その次は僕かな?キャハッ!」と言う。

 頭脳明晰東大志望の糸谷くんはプライドが邪魔して自分からは言えない御様子。

――さて部長の相談に乗らないと。

「部長。どうしたんですか?」

――部長の相談に乗るのは何回目だろう。

「よし。廊下に行こう」

「はい。いいですよ」

 ここは文化部の部室が連なる文化部室棟(通称、長屋)で、階数でいうと二階。一階は屋外で駐輪場になっている。教室棟の二階とは大きな重い扉で繋がっている。廊下とは文化部室棟二階の廊下だ。

――バイオリン同好会の澄んだ音色が聞こえる。

「よおし!ここなら心置きなく話せるぞ!」

「……また琴音さんの話ですか?」

「そうだ!琴音さんをデートに誘いたいのだが!」

「……私の協力が必要な時点でダメだと思います」

「学年が一個上だから!き……気持ちが悪いかなあ……!」

「学年とかではなくて……琴音さんはいいなと思うと自分から声をかけてまるで幼馴染のようにデートに行きますよ?」

「いや……!本当に本命には奥手だと信じている……!そ……それがこの僕であると……!」

――思いたい?

「思いたい!思いたい!思いたい!思いたい!思いたい!」

――連呼しなくても……。

「ああーっ!スッキリした!村家さんに相談するとスッキリするなあ!」

「いいですよ。部長は信頼しています」

――あ……。

「それより部長。人が全く通らないわけでも、バイオリン同好会が常に美しい音色を奏でているわけでもないので。私はこの辺で部室に戻らせて頂きます」

――前田くん……。

 前田くんがノッシノッシ歩いて来た。

 いつも遅れて来る。

 私は部長の後方を指さした。

 部長は振り返って前田くんを見る。

 部長は「前田くん!……段持ちばかりの同級生に気後れせず、なんだかんだいつも部室に来る真面目な君を僕は信頼している!」と言う。

――私もです。

「はい。『本当はバレーをやりたかった』って、去年あれだけ言ったにもかかわらず、こうして受け入れてくれる将棋部に恩返しがしたいです」

――真面目だなあ。

「村家はいつも対局相手になってくれてありがとう」

「いいよ。前田くんは絶対強くなるよ」

「村家にそう言って貰えて嬉しい」

――こういうことを平気で言うんだ、この男前は。

「村家はまた対局してください」

――「嫌だ」って言ってみたいな。

「いいよ!」

 私は満面の作り笑いで部室に戻った。

 部室に戻ると、琴音さんと松岡くんが対局していた。

 対局中は一切話さない。

 将棋だから。

――水天宮くんと糸谷くんが無言で盤面を覗き込んでいる。これはお約束の展開だろうな。

 元中学竜王の松岡くんは、要は最強クラス。昨年の夏休みも全国大会で準優勝したり大忙しだった。アマ二段の琴音さんには勝てる相手ではない。

「負けました。ありがとうございました」

――そして感想戦という名のヨイショバトルが始まる。

「琴音さんも序盤の工夫が光っていたね」

――糸谷くん。

「居飛車から角交換するのは強い手だよ」

――頑張れ。

「それをさらに四十二手目で自陣に打ったね、これは勝負手だね」

――琴音さんのハートを掴んで。

「いやあ~。それを自陣に打っちゃ駄目でしょ~。ここは駒損覚悟で敵陣に打って~」

――水天宮くん。

「琴音っちは慎重派だからね!キャハッ!早く僕と指そうよ!」

「ダメダメ!全員不正解!琴姫は『下僕』のいうことに耳を傾けないで?」

――松岡くん。

「松岡くん!私の友達を『下僕』って言わないで!」

「琴姫の下僕だろ?」

「違うよ!友達だよ!」

「琴姫。強くなるには一番強い俺を選んで?」

――は?

「琴姫も全国大会に行こう?」

――よし、前田君と指そう……。

 そうやって時間が過ぎていく事が、私には心底幸せなのだ。リア充は観察するに限る。大好きな将棋を軸に適切な距離感で回る世界を愛してやまない。

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