cherry
恋愛現代恋愛
2025年09月03日
公開日
3,737字
連載中
東京の夜景を見下ろす高層マンション。
ガラス越しに広がる光の海は、まるで永遠を約束するかのように煌めいていた。けれど、その光は彼女の心を照らすことはなかった。
「……どうして、あなたの視線は私に向かないの?」
美緒《みお》は、寝室で穏やかに眠る夫・蓮司《れんじ》を見つめながら、胸の奥に押し込めた言葉を唇の内で繰り返す。
三年前、愛を誓い合って結ばれたはずだった。
彼の背中を支え、笑顔で食卓を囲み、寄り添って生きていく未来を疑いもせず信じてきた。
けれど、その信頼は音もなく崩れ落ちていた。
スマホに残された見知らぬ女の名。
枕元に漂う、嗅いだことのない
甘やかな香水の匂い。
そして、偶然見てしまった――
彼が別の女を抱きしめる姿。
その瞬間、彼の「愛してる」という言葉が、どれほど残酷な嘘であったかを思い知った。
愛しているからこそ
裏切りの痛みは深く、鋭く。
胸をえぐられるような苦しみは、美緒を夜ごと泣かせ、枕を濡らした。
――それでも、愛は消えなかった。
憎んでも、責めても、なお彼を求めてしまう。
その矛盾が彼女を狂わせ、やがてひとつの決意に辿り着かせる。
「復讐する……」
囁く声は震えていなかった。
優しい妻の仮面をかぶりながら
胸の奥で確かに燃え始めた炎。
それは誰にも気づかれず
誰にも止められず、彼女自身すら
制御できぬほどに膨れ上がっていく。
愛しているのに、愛されない――。
その絶望が、美緒を
“仕掛ける女”へと変えてゆく。
狂おしいほどの愛が、冷たく計算された復讐の幕を、静かに、確実に開けていったのだった。