私が「養ってあげる」と言った男は、財閥令嬢の私よりずっと金持ちだった。それでも彼は今日も料理を作って待っている
Eriko Iwasa
恋愛現代恋愛
2026年02月25日
公開日
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連載中
結婚式の当日、新郎は来なかった。
三百人の招待客の前で、上野英理子はただひとり祭壇の前に立ち、微笑んだ。式は中止、でも宴は続ける。費用はすべて自分が持つ。声は震えなかった。手の中の花束を握りしめた指だけが、白く変色していた。
その夜、式場の廊下の片隅で、見知らぬ男が隣に座ってきた。招待客にしては妙に場慣れしていない様子で、「手伝いましょうか」と言いながら、黙って花びらをむしり始めた。
名前を聞いたら、高山亮平と名乗った。「大学生です」と。
馬鹿にするな、と思った。でも結局、その夜は彼と二人で、婚礼用の花を全部解体して過ごした。
翌日から、英理子の試練は本格的に始まった。父親は会社を乗っ取り、婚約者の逃げた先には父親の隠し子がいた。手の届く場所に見方はなく、昨日まで仲間だった顔たちが一斉に顔を背けた。
そんな最悪のタイミングで、彼女は高山亮平に「一緒に住まないか」と持ちかけた。契約として。費用は全額負担する、と。
彼は二秒考えて、こう言った。
「いいですよ。でも一つだけ条件があります」
それから彼は英理子の隣に居続けた。料理を作り、鋭い質問を投げかけ、彼女が気づいていない落とし穴を静かに塞いでいった。まるで最初からそこにいたかのように、自然に。
おかしい、と思い始めたのは、同居して三週間が過ぎた頃だった。大学生のくせに、彼の腕時計の価格が英理子の半年分の給与を超えていた。彼が「家族が高山商事に勤めている」とさらりと言った時、英理子は一瞬息をのんだ。高山商事。日本五大総合商社のひとつ。代表取締役社長の名前は、高山宗一郎。
この男は、いったい何者なのか。
そして、なぜ自分の隣にいるのか。
英理子はまだ知らない。彼が十年間、ただ彼女のそばに立つための理由を探し続けていたことを。
第一話 結婚式、そして自分から歩み寄ってきた人(前編)