彼氏に「もっと優しくしろ」と言われ続けた私が、空の上で命を救った日、財閥御曹司に一目惚れされていたと気づいた話
りかこ いわさき
恋愛現代恋愛
2026年02月27日
公開日
4万字
連載中
揺れる機内で、私は羊水が破れた見知らぬ妊婦を取り上げた。
隣に座っていた彼は——私がシートを立った瞬間、「余計なことをするな」と言った。
乗客全員が私の名前を知る頃、彼はまだスマートフォンを見ていた。
白鳥千鶴、二十七歳。東京中央大学附属病院の婦人科専門医。二年間、平林健という男のそばで、「もっと優しくしてほしい」と言われるたびに自分を削ってきた。彼が望む「優しさ」とは、つまり——何も言わず、何も求めず、ただそこにいること、だった。
そしてその日、機内で千鶴が命を救ったのは、一人の赤ちゃんだけではなかった。
天羽悠真。天羽航空のエースパイロット、財閥の次男。高校の同級生で、かつて一度も自分からは話しかけてこなかった男。彼は乗客の名前も知らない機内で、ただ千鶴が戻ってくる通路の前に立って、待っていた。
傘を一本、黙ってポケットに入れて。
千鶴はずっと「開口しなければ、誰も失望しない」と思って生きてきた。
けれど彼は、千鶴が何かを言う前から、いつも「刚好(ちょうど)」そこにいる。
平林の裏切りが明るみに出た夜、千鶴は泣かなかった。崩れなかった。ただ静かに席を立ち、会場の出口へ向かった——その背中を、誰かがついてきた。
「タクシーが来るまで、一緒に待つ。」
それだけだった。それだけで、十年分の何かが、ほどけていくような気がした。
これは、ずっと「与える側」だった女が、初めて「受け取る」ことを覚える話だ。
そして、ずっと待っていた男が、ようやく「ここにいる」と言える話でもある。