実の父に商品として年上の男に売られたその夜、私は日本一の大富豪に嫁いだ――彼は皆の前で、私を「妻」と呼んだ
野菜王
恋愛結婚生活
2026年04月13日
公開日
2.7万字
連載中
父親に個室へ押し込まれる前、彼女は別れてまだ二時間しか経っていなかった。
向かいに座っていたのは、父親の取引先。
五十歳、スーツ姿で、彼女を見る目は値札の付いた商品を見るようだった。
父親は何も言わず、ただ黙って酒を注いでいる。
彼女はその光景を一度なぞるように見てから立ち上がり、
「お手洗いに」とだけ言って、部屋を出た。
廊下には一人の男が立っていた。
金属のピアス。横顔をこちらに向けたまま、彼は言う。
「逃げるなら、裏口のほうが早い」
――そのあと、彼女はその男と結婚した。
契約結婚。利害一致。紙一枚の関係。
けれど彼女は知らなかった。
あの夜、料亭に彼がいたのは、偶然ではなかったことを。
元彼は彼女を嘲笑った。
「賭けみたいに追わせておいて、結局は黒瀬グループの一枚の撤回で全部終わりだろ」
実際、その一件で提携は白紙になり、縁談も消え、彼は業界から弾き出された。
父親は彼女を一生、商品として扱ってきた。最後にはマンションの下まで来て、管理人に伝言を頼んだ。
――彼女は、そのまま一言だけ返させた。「もう来ないでください」と。
彼女は思っていた。
この結婚はただの契約だと。
けれど――
婚姻届に書き換えたその姓を、彼は五年前から、彼女が書くのを待っていた。