ママは世間知らずのお嬢様、私をかばって刺された――だから今度は私が離婚させて絶対に幸せにする!
猫川ジロー
恋愛結婚生活
2026年04月14日
公開日
3.8万字
連載中
椿由奈が十六歳に戻って、最初に思い出したのは――前世、母・礼子が自分を庇い、父の愛人に胸を刺された瞬間だった。
そして二つ目に気づいたのは、今世の礼子が食卓に座り、綺麗に整えたネイルでテーブルを叩きながら、由奈の焼いたアップルパイに「小麦粉が多い」と文句を言っていること。
この十六年間、由奈は母の料理人であり、バリスタであり、買い出し係だった。
礼子は保護者会にも来ず、「愛している」とも言わず、ただ厳しく欠点を指摘するだけの母親。
由奈はずっと、自分は愛されていないのだと思っていた。
――だが。
礼子の宝物箱の中にあったのは、由奈が幼い頃に描いた落書き、家庭科でひび割れた陶器、運動会で最下位だったときの賞状。
その裏には、小さな文字でこう書かれていた。
「由奈、八歳。最後まで走った、それだけで勝ち」
母はずっと、見ていた。
そして、待っていた。娘が大人になる、その時を。
礼子は密かに三年かけて、ある独立計画を準備していた。
その最後のページに記されていたのは、たった一行――
「由奈が高校を卒業したら」
由奈は、その一文を長いあいだ見つめた。
そして決める。
父の不倫の証拠を集め、録音データを母に手渡し、離婚届にはこう書いた。
「ママと、私で一緒に」
今度は、由奈が母を救う番だ。
たとえ母が愛を口にしなくても――
その愛し方が、不器用で、焦げたアップルパイのようだったとしても。