火事で妊娠中の秘書を優先した夫を捨てて、私は京都の名門御曹司のプロポーズを受けました
午後三時
恋愛現代恋愛
2026年06月07日
公開日
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成人の日の一族の祝宴で、夫の神崎凛は秘書の春日由紀を伴って現れた。
しかも遅れてきただけではない。
彼は皆の前で、平然とこう告げた。
「由紀は俺の子どもを妊娠している」
祝福の拍手が起こるはずだった会場は、一瞬で静まり返った。
そして義母は私に視線を向け、当然のように言った。
「晴也さん、これからは由紀さんのことをしっかり支えてあげなさいね」
――ああ、終わったんだ。
その瞬間、私は理解した。
恩返しのために始まったこの結婚は、いつの間にか私の人生を閉じ込める檻になっていたのだと。
その日を境に、私は主寝室を追い出された。
亡き母の形見だった茶杓は、彼が愛人の機嫌を取るために持ち去った。
重度の貧血で倒れそうになりながらも、由紀のための検査だと言われ採血を繰り返された。
そして火災が起きたあの日。
煙が立ち込める廊下で私は必死に主寝室のドアを叩いた。
けれど聞こえてきたのは、神崎凛の優しい声だった。
「大丈夫だ、由紀。怖がるな。ベランダから連れて行く」
その言葉を聞いた瞬間、私の心は完全に死んだ。
だから私は静かに準備を始めた。
誰にも気づかれないように。
何も期待しないまま。
そして迎えた神崎家当主の米寿祝い。
私は大勢の親族の前で離婚届を差し出し、旧姓への復籍届を提出したことを報告した。
「どうぞ末永くお幸せに」
「お子様にも恵まれますように」
最後にそう微笑んで席を立った。
それからの神崎凛は、まるで壊れてしまった人間のようだった。
私の名前を身体に刻み、何度も土下座をし、人前で手首を切ってまで許しを請うた。
けれどもう遅かった。
私はただ隣に立つ建築家の手を自然に取り、秘書へ静かに告げた。
「救急車を呼んでください」
そして愛する人へ向き直る。
「透さん、祝賀会に遅れてしまいますね」
かつて私は、ほんの少しの愛情が欲しくて必死だった。
どれだけ手を伸ばしても届かなかったその温もりを、今は別の人が惜しみなく与えてくれる。
京都の春を閉じ込めたような優しい時間も。
穏やかな未来も。
そのすべてを抱きしめながら、私はようやく自分の人生を取り戻したのだった。