区役所で電撃結婚した相手が、三か月前に一夜を共にした財閥御曹司でした
クッキー
恋愛現代恋愛
2026年06月12日
公開日
2.2万字
連載中
黒澤隼は、あの夜からずっと覚えていた。三か月間、ずっと。
朝倉澄花、二十七歳。十年間演劇に打ち込み、最高は女三役。しかし今は仕事がほとんどない。彼女の手元に残った金はわずかで、継母に「家計費」と称してほとんどを奪われ、残りはタクシー代にも満たない。しかも、解約違約金は三千万円――かつて継母が彼女のために契約させたもので、高額に設定され、動けないようにするための罠だった。
あの夜、彼女は薬を盛られ、逃げ出した。そして閉められていない扉を押し開き、見知らぬベッドに辿り着いた。
その夜は、ただ彼女一人で片付けなければならない惨めな夜だと思っていた。
しかし、黒澤隼――東京商界で知らぬ者はいない黒澤商事の第三代社長――は、彼女が知らぬ間に、法務を使い十年間の出演料記録を三週間にわたって調査していた。
二人の間には婚前契約があった。
彼は子どものために彼女と結婚し、彼女は選択肢がないまま彼と契約した。
彼女は、彼のすべての優しさを「契約上の義務」と翻訳し続けた。
冷蔵庫の果汁や、毎晩少し開いている窓さえも、彼女には翻訳不能な重荷となった。
ある日、継母が現れ、金を要求した。
彼女の目の前で、二千三百万円の差額対照表を差し出し、冷静に告げる。
「今夜、お金の話をするなら、この書類から始めよう」
そのうえで、継母の刑事告発は受理された。
隼はポケットから古いヘアゴムを取り出し、彼女の手のひらにそっと置いた。
「三か月、温めていたんだ」
そして、低く囁く。
「僕と一緒にいてほしい」