元夫と息子に桜の木を切られたけれど、養女と建築家が私のために帝国を築いてくれました
Akari
恋愛現代恋愛
2026年06月12日
公開日
1.9万字
連載中
貴島一輝は、これまで一度も妻の千尋を正眼で見たことはなかった。彼にとって、高校しか出ていない専業主婦は、離れれば何の価値もない存在だった。離婚届にサインするその日も、ためらいはなく、冷笑を漏らした。
「本当に、何も望まないのか?」
しかし、彼の判断は間違っていた。
千尋は鎌倉で仕事を見つけ、月収十五万円の四畳半のアパートに暮らしていた。彼女は神社に捨てられていた少女を引き取り、毎朝お弁当を作り、放課後には学校まで迎えに行き、週末は割引された食材を買いにスーパーへ通った。日々はぎりぎりだったが、彼女は初めて、自分が生きていることを実感した。
一方、一輝の会社は手抜き工事が発覚し、工事事故による大規模な訴訟が起こり、取締役会は彼の全ての役職を解任した。恋人から届いた短いメッセージは、わずか六文字。「もう会わない」
彼は連絡先を片っ端から当たったが、電話に出そうな人物は千尋しかいなかった。
一輝は鎌倉まで追いかけ、シワだらけのスーツを着て、赤く充血した瞳で千尋の前に立つ。
「家に帰ろう」
千尋は湖のように穏やかな表情で彼を見つめた。
「あなたは、ただ私を愛していなかっただけよ。愛さないことは罪じゃない」
彼女は彼を恨んではいなかった。ただ、もう気にかけなくなったのだ。
そして、雨の中で傘を差し出してくれるあの男、毎週水曜日に手料理を届けてくれるあの男、庭に桜の木を植え、設計図を描いたあの男――彼は少し離れた場所で、静かに千尋を待っていた。