夫に継母だと誤解され、私は涙を隠して家族に尽くした――記憶を取り戻した彼は、失った愛を取り戻すために縋ってきた
ゴドー
恋愛現代恋愛
2026年08月17日
公開日
2.3万字
連載中
矢島奈未と結城晃が結婚して、まだ一か月。
その矢先、夫は大きな交通事故に遭った。
目を覚ました彼は、奈未の手を取り、丁寧に頭を下げてこう呼んだ。
「義母さん」
彼は、奈未を父の再婚相手だと思い込んでいた。
そして自分は、まだ十八歳の少年だと信じていた。
奈未は、自分の夫の“継母”になってしまったのだ。
彼は彼女にお茶を淹れた。
彼女が体調を崩せば、一晩中ベッドのそばで付き添った。
家族会議では、彼女の前に立ちふさがり、彼女を庇った。
理由は、ただ一つ。
「外の人間に、義母さんをいじめさせるわけにはいきません」
彼が優しくしてくれるほど、奈未は苦しかった。
毎日向き合っているのは、自分を深く愛してくれているはずなのに――
自分が誰なのかを覚えていない男だったから。
彼は酔った夜、赤く潤んだ目で奈未に告白したことさえあった。
けれど翌朝には、荷物をまとめて家を出ようとした。
「父を裏切るわけにはいきません」
そう言って。
奈未は思った。
きっとこの先も、自分はずっと、間違った立場のまま生きていくのだと。
妻なのに、妻とは呼ばれない。
愛されているのに、愛してはいけない。
そんな歪んだ日々の中で。
けれど、ある晩餐会の夜。
露台に出た彼は、スーツの内ポケットから一つのダイヤの指輪を取り出した。
月明かりが、彼の瞳を照らす。
そして晃は、静かに言った。
「思い出した」
「全部、思い出したんだ」
その瞬間、奈未は知った。
彼の心は、一度も彼女を忘れていなかったのだと。
今、彼の書斎には、記憶治療に関する本がぎっしりと並んでいる。
奈未が理由を尋ねると、彼は少し困ったように笑って言った。
「念のためだ」
「もしまた君を忘れた時、今度はすぐに思い出せるように」
彼女を忘れても。
彼の心は、きっと何度でも彼女を探し出す。