極道のお嬢様が政略結婚で猫をかぶった結果――冷血な夫には全部お見通しでした!?
エビいただき
恋愛現代恋愛
2026年08月17日
公開日
2.5万字
連載中
吉岡幸枝は、関西最大の極道組織・吉岡組組長の一人娘だった。
ある日、父は彼女に告げる。
「吉岡組は表の世界へ出る。そのためにも、お前は東京の名門・北野家の跡取りと結婚しろ」
ただし条件があった。
何も知らない、おしとやかな令嬢を演じること。
そして――
極道の娘であることを、決して知られてはいけない。
---
それから幸枝は、幼い頃から鍛え上げた身体能力を封印した。
長年持ち歩いてきた警棒を隠し、
毎日『良妻の心得』を開いては暗唱する。
「良妻は歩みを軽やかに」
「良妻は言葉遣いを慎ましく」
「良妻は人前で目立ってはならない」
必死だった。
本当に、必死だった。
---
初めてお茶を出した日。
力加減を間違え、茶碗を握り潰した。
慌てて破片を袖へ隠す。
礼儀作法の稽古では、姿勢が良すぎて先生に言われた。
「あなた……警備員みたいに立つのね」
今度はお茶を注ぐ練習をしたら、
急須の取っ手をひねり折ってしまった。
先生は呆れた顔でため息をつく。
「あなた、本当に大丈夫なの?」
幸枝は俯き、小さな声で答えるしかなかった。
「……キャラ作りが、ちょっと難しくて」
---
だが、この結婚は。
「大人しい妻を演じる」だけでは終わらなかった。
夫の叔父は敵対組織と手を組み、
幸枝を誘拐して夫へ罪を着せようと企んでいた。
夫の幼なじみは、何度も彼女を陥れようと罠を張る。
そして実の父は――
「北野家を監視しろ」
そう命じてきた。
夫を裏切る内通者になれ、と。
---
幸枝は思っていた。
全部、一人で背負うしかないのだと。
けれど。
廃倉庫へ一人で向かった、あの日。
十数人もの武器を持った男たちを前にして、
彼女はようやく――
もう演じなくてもよくなった。
次の瞬間。
倉庫の扉が勢いよく開いた。
彼が仲間を率いて駆けつける。
彼は、幸枝の口元についた血を見つめた。
それは彼女の血ではなかった。
親指でそっと拭いながら、静かに言う。
「もう、一人で背負わなくていい」
「君は俺の妻だ。だから、これからは俺も一緒に戦う」
その一言で幸枝は初めて知った。
強くあろうとし続けた自分を、
隣で一緒に支えてくれる人がいるのだと。