「契約でいい、俺のものになれ」そう言った社長に拾われた私。でも私はただの田舎娘なんです
バルーン
恋愛現代恋愛
2026年08月31日
公開日
2.3万字
連載中
稲橋有梨は、静岡の田舎から東京へ出てきた。
仕事先の住所を書いた小さなメモを握りしめ、慣れない街で必死に会社を探していた時、一人のスーツ姿の男に拾われた。
彼は「恋人のふりをしてほしい」と言い、三か月限定の契約書を差し出した。
有梨は、ごく普通の仕事だと思っていた。
毎日ご飯を作り、シャツにアイロンをかけ、彼と一緒に家族の食事会へ出席する。
それだけだと思っていた。
契約書の表紙には、大きくこう書かれていた。
「恋人契約」
条項にははっきりと記されている。
乙は甲の恋人役として各種社交の場に同行し、親密なパートナーを演じること。
契約期間は三か月。
期間満了と同時に、本契約は自動的に終了する。
彼にとって、彼女の想いは最初から最後まで――値段のついた契約でしかなかったのだ。
彼が静岡まで追いかけてきたあの夜。
有梨の実家の縁側に座り、彼は胸の内をすべて打ち明けた。
「君のことは、ずっと前から好きだった」
「でも言えなかった」
「口にした瞬間、君に『これは契約でしょう』って言われるのが怖かった」
「どうしたら、本気だって信じてもらえるのか分からなかった」
前日の夕暮れ。
二人は石段に並んで座り、沈む夕日を眺めていた。
有梨がぽつりと呟く。
「東京なんて、別にいいところじゃないよ」
彼は静かに笑った。
「じゃあ、静岡にいよう」
「会社はどうするの?」
そう聞くと、彼は彼女の手を少しだけ強く握り、優しく答えた。
「会社は遠隔でも経営できる」
「でも、君は一人しかいないんだ」