腎臓移植の日に命を落とした私――死に戻った今世では、兄と偽令嬢を自らブレーキの壊れた車へ乗せました
Ringo
恋愛現代恋愛
2026年09月07日
公開日
2.3万字
連載中
神崎茉那は、前世で誘拐され、ようやく家族のもとへ戻った。
けれど実の兄は、階段の上から冷たく言った。
「俺の妹は晶だけだ」
両親は彼女に、偽りの令嬢のために腎臓を提供してほしいと頼んだ。
手術台の上で、彼女のそばには誰もいなかった。
そして、茉那は一人で命を落とした。
重生した彼女が戻ったのは、誘拐されたあの日。
背後から、兄の声が聞こえた。
「助けてくれ」
けれど、彼女は振り返らなかった。
重生して最初にしたことは、兄を自分の手で人攫いに連れて行かせること。
二つ目は、辺鄙な施設へ向かい、全身傷だらけで、獣のような目をした少年を指差して言ったことだった。
「……この子が欲しい」
その後、彼は天才ピアニストになった。
そして彼女は、神崎ホールディングスの社長になった。
彼はコンサートツアーから帰るたび、彼女だけが聴いたことのあるあの曲を弾いた。
彼女は彼が世界各地から持ち帰った十三個の古い品を受け取った。
そのどれ一つとして、失くさなかった。
偽りの令嬢と実の兄が戻ってきた後も、録音、監視カメラの映像、脅迫、嫌がらせ――すべてを彼女は一人で跳ね返した。
けれど彼には、ブレーキのことを話さなかった。
金庫の中にあった書類のことも話さなかった。
あの夜、ベランダに立って、車のライトが崖の下へ消えていくのを見送ったことも。
彼はただ、茉那がICUを出た後、廊下のベンチに座っていた彼女の隣へ腰を下ろし、一杯の関東煮を差し出した。
「夜食。通りかかったから買ってきた」
彼女は何も説明しなかった。
彼も、何も聞かなかった。
後に彼は授賞式のステージで語った。
その曲の名前は、碧洲市にある一本の山道から取ったのだと。
「一番忘れられないのは――」
「そこで、誰かがずっと俺を待っていてくれたことです」
客席の最前列。
そこに座る茉那は、初めて自分の手のひらを強く握りしめることをしなかった。