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第84話「よるのさざなみ」

 帰還して約一週間、颯真はようやく事情聴取等の拘束から解放され、デルタチームに復帰することになった。


「おー、大変だったな」


 そう、温かく迎え入れてくれた卓実に、颯真がはにかんで頷いてみせる。


「ごめん、皆に心配かけた」

「正直、帰還者の話を聞いてないからもう無理かと諦めかけたぞ。とりあえず、戻ってきてよかった」


 そう肩を叩き、颯真の帰還を喜ぶ卓実や周りを囲む隊員たちに、颯真はもしかして、と考える。

 もしかして、自分が【タソガレ】の力を使えることを伝えられていないのではないか、伝えることで周囲が嫌がらせをすることを恐れたのか、と考えるものの、それは無意味なのでは、という結論に到達する。


 颯真は【タソガレ】の力を隠したままでこの戦いが終わるとは思っていなかった。全力を出さなければ犠牲者が増えるということも分かっている。

 その上で、颯真の力のことを仲間に伏せる方がリスキーなはずだ。すぐに知れ渡ることになるし、「なぜ隠していた」という不信にもつながる。それによる内部分裂は決してあってはならないことだ。


 それなら颯真は自分の力のことを開示すべきだが、上からは「隠せ」とも「開示しろ」とも言われていない。

 これはどうすればいいのだ、と考え、颯真は少し不安げな面持ちで周りを見た。


 颯真を取り囲む面々の一人に冬希がいる。

 父親が逮捕され、一時は拘束されたがすぐに解除されたのは帰還した夜に冬希と再会しているので分かっている。ただ、自宅待機と聞かされていたがそれも解除された、ということだろう。そんな冬希が真っ先に颯真に駆け寄れなかったのは恐らく卓実が先回りしてしまったから。


 普段の卓実ならそこで気を利かせて冬希にその立場を譲っただろう。それなのに颯真に真っ先に声をかけたのはそれだけ心配していたからなのか。


「……中川、」


 恨めしそうな冬希の声が響く。

 一斉に冬希の方を見る一同、睨まれて震え上がる卓実。


「あっ、すまん! ここは瀬名の特等席だもんな! ほら!!」


 慌てて颯真から卓実が離れる。

 それを見た冬希がすす、と颯真の隣に立つ。

 その顔がわずかにドヤっていたような錯覚を、その場の全員は覚えた。

 もしかすると本当にドヤ顔をしていたのかもしれない。

 その真偽はさておき、冬希は颯真に「おかえり」と声をかけた。


「うん、ありがとう、冬希」

『!!??』


 その場の空気に衝撃が走る。

 今、颯真は冬希を——呼び捨てにした?

 その瞬間、一同は悟った。

 「こいつら、ついにくっついた」と。


「うおおおおおおおおおおめでとう!!!!」

「式はいつだ!?」

「ってか予定日は!?」


 恋バナと下ネタは思考が小学生なら誰しも好きなもの。

 一部下世話な質問も飛び交う祝福の言葉に、颯真が慌てたように両手をおぶおぶと振る。


「あの、その、これは——」

「私たち、付き合うことにしたから」


 颯真より冬希の方が冷静だった。

 さすが「氷のプリンセス」、このようなことでは動じない。

 冬希がそう宣言したことで、颯真も腹を括る。


「うん、皆には悪いけど冬希は僕がもらった」


 ひゅー! と周りが二人をはやし立てる。

 今まで散々焦らされてきたのだ、それが報われてやっと肩の荷が降りた、というのが一同の思いだった。

 散々焦らしやがって、でももうくっついたならあとは勝手に幸せになりやがれとばかりに一同は颯真と冬希を祝福する。


「もうこれならこいつら最強バディじゃね? 愛の力で【あのものたち】もぶちのめせるだろ」

「だな」


 はい、解散、あとは二人でごゆっくり、と颯真を取り囲んでいた輪が崩れ、散り散りに自分の持ち場へ戻っていく。

 取り残された二人は顔を見合わせた。


「……皆、気にしてたのかな」

「多分」


 確かに、周りがあからさまに自分たちの距離を接近させようと画策していることは薄々と勘付いていた。あの夏祭りの任務は特にそうだ。あれは誰かの入れ知恵で誠一が協力したかもしれないし、もしかしたら誠一自身が企んだことだったかもしれない。


 その時は意図に気づけなかったが、今ならよく分かる。

 その点で、自分たちはあまりにも鈍感だった、と颯真は痛感した。

 もし、もっと早くこの気持ちに気づいていたら違う展開になっていたのだろうか、と考える。もし、もっと早くお互いの気持ちを伝えていたら——。


 その瞬間、颯真は得体の知れない不安に襲われた。

 もし、もっと早く結ばれていたら、自分は裏の世界に迷い込むことがなかったのではないか、という不安。

 そうなっていれば颯真はアキトシと出会うこともなかったし、【タソガレ】の力に目覚めることもなかった。【あのものたち】が【タソガレ】という種族だったことも知ることはなかったはずだ。


 その点を踏まえて、このタイミングが最適だったのだ、と颯真は思った。

 人間の運命とはなんとかなるように回っている。そんな運命論はただのオカルトだとは思うが、実際にそうとしか思えないような出来事が起こるのも事実である。


 いずれにせよ、最終的に颯真は冬希に告白したし、裏の世界のこともある程度知ることができた。もし、あの時ああだったらというIFを考えていても仕方がない。

 時間としてはもう夕方、もうすぐ【ナイトウォッチ】と【タソガレ】の時間が始まる。


 颯真のことについて、どこまで広がっているかは分からないがそれも早ければ今夜のうちに明らかになるだろう。

 今夜の任務についてのブリーフィングがもうすぐ始まるというアナウンスに、颯真は行こう、と冬希に声をかけた。


「うん」


 急ごう、と冬希がブリーフィングルームに向かって歩き出す。

 その横に並んで歩きながら、颯真はこれからの戦いのことを考えて身が引き締まる思いになっていた。



 ブリーフィングルームで颯真が待機していると、淳史が険しい顔をして入室してくる。

 部屋に入るなり、淳史は苦しげに口を開いた。


「八坂司令が拘束された」

「はぁ!?」


 淳史の声に真っ先に反応したのは卓実。

 チームの面々もどういうことだ、とばかりに淳史を見て次の言葉を待っている。


「詳しくは情報が入ってこないから分からん。ただ、SATが突入して八坂司令を拘束した、とだけ」

「どういうことだよ」


 卓実が再度声を上げるが、それはその場にいた全員が思っていることだった。

 和樹が【ナイトウォッチ】を私物化するようなことをしていないのは誰もが知るところである。それなのにわざわざ特殊急襲部隊SATまで投入して拘束するとは、【ナイトウォッチ】が国にとって危険な組織と認識された以外考えられない。


 その場にいた全員が警察組織の組織図を思い出す。【ナイトウォッチ】、それも司令官を拘束できるほどの命令権限を持つのは誰か、と考える。


「……いや、そんなことがあるわけ」


 そう呟いたのは真だった。

 まさか総理大臣が、そうでなければ国家公安委員会だが、そのいずれもに和樹を拘束しなければいけない理由があるようには思えない。


「とにかく、今は【ナイトウォッチ】も情報収集に全力を出している。詳しいことが分かればすぐに周知する。とりあえずはいつも通り任務に当たってくれ」


 そう言う淳史の顔には焦燥の色が浮かんでいた。その場にいた全員も事態が飲み込みきれず、不安そうになっている。

 この不安はまずい。今夜の任務に差し障りがあるかもしれない。

 そう思いつつも颯真は落ち着け、と自分に言い聞かせた。

 今は和樹の心配よりも今夜の任務の完遂を考えなければいけない。


 淳史が和樹の拘束を伝えたのは別に不安を煽るためではないと分かっている。【ナイトウォッチ】に発生した異常事態については周知しておかなければ組織の存続に関わると判断したからだ、と颯真は認識していた。

 何が起こったのかは全く分からない。それでも、着実に【ナイトウォッチ】によからぬ動きがあることだけははっきり分かった。


 もしかすると、【タソガレ】側で何か動きがあり、冬希の父以外に政府関係者の協力者が行動を起こしたのかもしれないと考え、颯真は戦争というものの恐ろしさを実感した。

 自分のようなただの戦闘員は戦闘のことだけ考えていればいいだろう。しかし、その裏で繰り広げられる水面下の戦いは武力衝突よりも深く、激しく火花を散らす。


 この戦いが平和な形で終わる日は来るのだろうか。

 そう考え、颯真はいや、と首を振った。

 来るのだろうか、と他人任せにしてはいけない。平和に終わらせなくてはいけない。

 自分の力をその役に立てたい、父さんが望んでいるのは僕が自分の力を正しく使って戦いを終わらせることのはずだ、と自分に言い聞かせ、颯真は今夜の任務について説明を始めた淳史の言葉に耳を傾けた。

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