単純な体術で時雨に勝てる訳がないのはわかっている。だとしたら能力でどうにかするしかない訳だが、俺の能力は良くも悪くも強力すぎて戦場を破壊する可能性が高い。だが、瞬間移動に対抗するためにはこの能力が不可欠だ。
「来ないのか? 夢野。じゃあ、こちらからいかせてもらうぞ」
時雨の姿が消えた。また瞬間移動でこちらに歩み寄るつもりだろう。俺は体の向きを変え、攻撃に備える。そして、現れた時雨の腕を掴んだ。そしてそのまま、押し倒す。
「何のつもりだ、夢野……!」
「やっぱり、これが一番早いと思ってな。喰らうぞ、清水時雨——」
「待て夢野、取引をしよう。この試合は俺の負けで良い。組織の情報も、話そう。だから、妃奈ともう一度抱き合いたい」
その妃奈は望月なのだが……。そんな細かいことはどうでもいいのか、こいつには。元々天城妃奈に関しては盲目な男だ。
「なあ、どう思う?」
「私はいいですわ、時雨さんがそれで満足するのであれば」
俺は時雨を信じて、彼を解放した。彼はまっすぐ望月のところへ歩いていくと、ぎゅうっという音が聞こえてきそうなくらいの深いハグをした。
「……さて、組織の話をしよう」
五分くらいは経っただろうか。時雨は望月を解放した。そして、その場に座り込みそう言い放ち語り出す。
「お前らがトワイライト・ゾーンと呼ぶ組織には、確かに天城グループが関わっている。俺は組織側の仲介役として働いてきた。妃奈が亡くなってからは、それらしい仕事は出来ていなかったけどな。だから、組織からあの学校に教師として潜入しろって指令が出た時は意味が分からなかったよ。今となれば意味は分かるんだけど」
「……」
先の言葉を待つ時間がこんなにじれったいのは、いつぶりだろう。
「組織の目的は、いずれは世界中の人間を不老不死にすることだ。そのために、まず負の力を集めて世界的混乱を起こす必要がある。あの学校の生徒は、それに巻き込まれているんだ。人口の多い都市の、マンモス校。実験的に負の力を集めるのには効率的でな。お前らがいたことが、一番の想定外だ。だから、リーダー格である夢野と月影が同じクラスになる様に画策したり、部活の顧問だってやった」
時雨は、嘘をついてなどいないのだろう。話の内容は突飛だが、奴らならやりかねないし辻褄が合う。
「なるほどな」
「資料を見た時に、望月の能力は使えると踏んだ。妃奈を再現できるんじゃないかってな。結果はこの通り。完敗だ。望月、お前良い役者になれるよ」
望月は黙り込んでいる。何かこの話に引っかかる点でもあったのだろうか。
「清水時雨、資料と言ったな。ということは、僕らの学校にはまだスパイが居るんじゃないか?」
「夜見、鋭いな。正解だ。俺はもう話すことは全部話したし、消されるのも時間の問題かもな……。だから最後くらい、報われてもいいだろ。妃奈、今行くから待ってろよ」
時雨は、咲夜の銃を瞬間移動で奪い取ると、そのまま自らの頭に向けて発砲した。当然、実弾と変わらないので一瞬で辺りは血の色に染まった。あまりにも一瞬の出来事だったので、全員頭の理解が追いついていないみたいだ。勿論、俺も。今度は、本当に死んでしまったのだろうか。それを確認するためには、夢から出るしかない。
「脱出する。喰らうぞ、この夢——」
***
目を開けると、いつもの光景が広がっていた。これほどまでにこの光景に安心感を抱いたことはないだろう。皆の方を向くと、何やら話し込んでいる。
「あ、獏が起きた」
「今、清水時雨がどうなったのか話し合っていたところなの」
そうだ、時雨——彼は死んだのだろうか。明日学校に行くまでわからないのがもどかしいが、確認する手段はそれしかない。
「今話し合っても、意味ないんじゃないか? とりあえず落ち着くためにも一回家に戻ろう」
「そうだな、夢野。明日、先生が出勤してきたかどうか確認してくれ」
「もちろん」
俺たちは深夜の闇の中に包まれながら帰った。久しぶりに、咲夜との会話がなかったのは時雨に凄惨な光景を見せつけられたからだろう。
一人になると、孤独感が増す。さっさと家に帰って寝よう。眠気は全然ないけど。