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第127話

 朝、遅刻寸前のところで目が覚めた。脳が疲れていたのだろう。あの心境で眠れるなんて、案外俺って図太いのかもしれない。

走って学校に行き、教室に入る。いつも通りの喧騒がその場を支配している。そこに入ってきたのは、俺たちの化学教師である伊東優介だった。

「残念なお知らせがあります」

 その声で、教室の喧騒は止んだ。伊東先生はぽつぽつと言葉を発し始めた。

「今朝、浅野先生の弟さんから、電話がありました。兄が息を引き取ったと。理由は不明です。今日から僕が臨時担任を務めます。よろしくね」

 伊東先生は、人柄の良さで生徒からも人気だ。確か時雨とも同い年で、だからこそ臨時担任なのだろう。若いが故に仕事を振って貰えていない。伊東先生からしたら、名をあげる大チャンスだ。恐らく、先生はそこまで考えていないと思うが……。

 しかし、これであまり信じたくはなかったが浅野先生=清水時雨という説は証明されてしまった。ついでに、夢の中で死ぬと現実でも死ぬということも。月影は一見普通を装っているが、表情が普段より暗い。多分俺も、そういう風に見えているのだろう。クラスの空気そのものがどんよりとしていて、嫌な感じだ。伊東先生も事態を完全に呑み込めている訳ではないらしく、「悲しいけど、残り三ヶ月。一緒に思い出を作ろう」とテンプレの様な台詞を言うので精一杯に見えた。


昼休み。浅野先生の訃報は、当たり前だがどのクラスにも伝わっていた様だ。現実でない、夢の傍にある死。多分、特殊能力を持ち他人の夢へ侵入している俺たちにしか存在しないもの。改めて、任務の過酷さを痛感する。夢でも現実でも俺たちは、死んだら終わりなんだ。

「それにしても、浅野先生の代わりの顧問をどう探すんだ? このままではまた北条がうるさいだろう」

 問題は山積みだ。暁人の言うように、顧問だってまた一から探さなきゃいけない。

「先生の件で、てんやわんやしてる学校内で顧問の先生なんて探せるかな? しかも、こんな怪しい部活に干渉しない人なんて……」

 自分で言うのもなんだけど、と咲夜はつけ足した。確かに怪しい部活であることを否定することは出来ない。浅野先生は清水時雨だったから顧問になってくれただけなのだ。

「失礼するわ、ここって今誰かいるかしら?」

 言っているそばから北条の声が聞こえた。わかりきった用件なので、「いる」と返答し扉を開ける。

「今回は、その……ご愁傷様だったわね。あと三ヶ月で、先生の人事もあるみたいだからそれまでは顧問が居なくても特別に活動を許可するわ。ただし、新学期になったら顧問を探すこと。いい?」

「北条……」

 そういえば北条は、生徒会の暴君だと咲夜に聞いたことがある。今回も暴君らしく、一人で決めたのだろうか。生徒会長は別にいるのだが……。何にせよ助かった。今先生を探すとなると、スパイを引き当ててしまうかもしれない。それを未然に防げるだけでも全く違う。

「じゃあ、それを言いに来ただけだから」

 北条はまた嵐の様に去っていった。俺たちはその背中を茫然と見ていることしか出来ない。


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