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第128話

 放課後。奴らの目的が分かっても、基本的に活動内容は変わらない。何故なら、向こうが接触してこない限り出くわすことがないからだ。

「今日の夢の主さんは、皆さんが知っているかは微妙ですが……。綾瀬優也さんです。十歳上のお兄さんが居るそうなのですが、どうにも折り合いが悪く殺し合いの喧嘩にまで発展してしまうみたいです。決着がつく前に、目覚めてはいるそうなのですが……」

 また物騒な夢だ。奴らが見せるのは悪夢なのだから、そうなるのは仕方ないのだが。

「とりあえず、明日から探りを入れるか」

「綾瀬くんだったら、私のクラスメイトだよ。明日話しかけにいってみる!」

 途端に俺は不安になった。咲夜に他意はなくても、綾瀬の方がそうだとは限らない。

「俺も一緒に行くよ」

「ほんと⁉ それは助かるなぁ」

 やはり他意はなかった様だ。その事実に安堵し、息を吐きだす。

「よし、じゃあ明日の昼休みは咲夜のクラスに行くから待っててくれ」

「わかった!」

 しかし、綾瀬優也がどんな人間か全く知らない。この調子で大丈夫なのだろうか。


***


 翌日の昼休み。昨日言った通り、俺は咲夜の教室に来ていた。

「咲夜、いるかー?」

扉を開けてそう声をかけると、教室中の目線が俺に集中した。委縮していると、「今行く! 綾瀬くんも一緒に来てもらっていいかな?」と咲夜の声が聞こえた。既に話し始めていたらしい。

こちらに向かってくる咲夜と、癖毛の青年。身長は俺と同じくらいだろうか。咲夜が

「こちら、夢野獏。私の幼馴染なんだ」

「そうか……」

綾瀬は興味がなさそうに相槌をうつ。実際俺が同じ立場に立ってもそうするだろうから、文句は言えない。

「獏も綾瀬くんに話、訊きたいんだよね?」

「ああ、まあ……」

 急に話を振られ、言い淀んでしまった。急に知らない生徒が自分の話を訊きたがるなんて、不審にもほどがある。

「何で俺の話?」

 案の定、綾瀬は不審に思っている様だ。当たり前だよな、逆の立場だったら俺でもそう思う。

「そ、それは……」

「獏が前から綾瀬くんのこと気になってたんだって!」

「は⁉」

 理由の付け方適当すぎるだろ。綾瀬もドン引きに違いない。やっぱり、距離が少し離れていっている様に感じる。

「え、それってどういう意味……? あの、俺、異性以外に興味ないんだけど……」

 変な勘違いをされた。まあ、あの言い方だと当たり前か。

「咲夜が変な言い方したから変な誤解してるみたいだけど、違う! 俺はお前の見ている悪夢の話をしたいんだ」

「どこでその話を聞いたんだよ……。やっぱりストーカーしてたんじゃ」

「あ、ううん! そんなことはしてないの! 実はお兄さんが、優斗くんが最近変だから原因を探ってほしいって言われて」

 当たり前だが、咲夜の言っていることは真っ赤な嘘である。まあ、時に嘘も方便だと言うし。綾瀬も少しだけだが表情が柔らかくなった。

「あの兄貴が? とてもじゃないけど、信じられないな」

「お兄さん、凄く心配してるんだよ? 態度には出てないかもしれないけど……」

 綾瀬は「そうなのか……」と呟いた。これは脈ありだろうか?

「立ち話も何だから、食堂行こうか」

 咲夜は俺たちを先導する様に、歩き出した。俺たちもそれに続く。

「ええと……獏とか言ったよな。星川とは恋人同士なんだろ?」

 いきなり綾瀬が話しかけてきたので、少し身構えてしまう。

「え、どこでそれを……」

「星川の態度を見てたらわかる。幼馴染兼恋人なんだろ、お前ら」

 綾瀬の観察眼、侮れないな。

「……確かに恋人同士だけど、付き合い始めたのは結構最近だしな……」

「いいんじゃねーの。これから思い出作れば」

 綾瀬は、変な勘違いをした割には俺に心を許している様だ。咲夜の存在が大きいのか?


***


食堂の中に入ると、生徒でごった返していた。何とか三人分の席を確保し、買ったジュースを机に置く。

「悪夢を見始めたのは、ここ一週間くらいだ。大体兄貴が俺の部屋にやってきて、取っ組み合いの喧嘩をしてしまう。元から仲良くはないから、途中で段々殺意が湧いてきて……。殺す前に目は覚めてるけど。兄貴の顔を余計に見られなくなって、不審がられるし……こんなこと、お前たちに言っても仕方ないんだけど」

 自嘲気味に笑う綾瀬の瞳には、諦めが宿っている様に見えた。

「そっか……悪夢、見なくなるといいね」

「本当にな。兄貴が引きこもりになってから、ロクに顔合わせてないのにこんな夢見てるのもおかしいし……」

 綾瀬家は複雑そうだ。

「あ、もうこんな時間! そろそろ教室に戻った方が良いかも」

 時計を見ると、昼休み終了の五分前だった。食堂と教室は距離があるから、早めに戻るに越したことはない。

「そうだな」

「……話、聞いてくれてありがとな」

 立ち上がり、ジュースの空き缶をゴミ箱に放り込む。これくらい簡単に悪夢も解決出来ればいいのに。


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