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第104話 もうひとりの前任者

 翌日。

 出社すると、知らない女性がデスクに突っ伏していた。

 なんだろう、これは。

 短く明るい茶髪。ぱっと見男性かと思ったけど、たぶん女性だろう。体つきからして。

 昨日は見かけなかった人だよね、ということはこの人がもうひとりの辞める予定の方、なのかな。


「あー……だるい。帰りたい」


 と、やたら低い声で言っているのが聞こえてくる。

 うん、低い声だけどこの声音は女性よね。

 まだ朝なんだけど、大丈夫かな。そう思いつつ私は、


「お、おはようございます」


 と、遠慮がちに声をかけ、彼女の後ろを通り過ぎようとする。すると、彼女ががばっと起き上がりこちらを向いた。


「あ、新しい人!」


 と、大きな二重の目をさらに大きく見開いて彼女は言い、私を指差す。


「もう、芝本さん、人を指差しちゃだめですよ」


 呆れた様子で言ったのは、芝本さんの隣の席の成田さんだ。

 すると芝本さんはばっと立ち上がり、私の両手をがしっと掴んで言った。


「芝本璃乃です! よろしくー!」


 そしてぶんぶん、と腕を振る。

 お、おう……す、すごい元気な方だな。ちょっとひきつつ私は何とか笑顔を作り答えた。


「よ、よろしくお願いします。森崎、灯里です」


「灯里ちゃんだね、覚えた!」


 にこやかな笑顔でいう芝本さん。

 元気だな……

 昨日、成田さんが変わった人、と表現した理由、納得しかない。これは確かになかなか強烈なキャラだな。


「ちょっと、芝本さん、ひいてますよ」


 そう言いながら成田さんは立ち上がり、芝本さんの肩に手を置く。


「え、そおなの?」


 きょとん、とした顔で彼女は言い、私と成田さんの顔を交互に見た。

 うーん、と。成田さんが敬語を使っているということは、芝本さんの方が先輩、なのかな?

 落ち着いた雰囲気の成田さんとは対照的な人だ。

 芝本さんは私から手を離すと、


「まあいいか。今日は、私の仕事について教えるからよろしくね! 四月にひとり、新人が入る予定なんだけどそれまではちょっと負担でっかくなっちゃうかも」


 と言い、申し訳なさそうに頭に手をやる。

 あぁ、新入社員が入る予定なのかな。

 でもその前にふたり一気にやめるから、とりあえず私を異動させたんだ。


「本当ならねぇ、その子に引き継ぎしたいところなんだけどそういうわけにもいかなくって。私もみさとも有給消化があるし引越しもあって三月には来られなくなんだよね」


 そうか、ふたりは退社するから有給消化があるんだ。そうなると引継ぎの時間てそんなにないんだなぁ。

 うーん、責任重大。


「だから一か月もないんだけど、びしばしやるから覚えてね!」


 と言い、芝本さんはパソコンを操作した。


「私の仕事は、主に動画サイトの運営。作品に関する動画の作成や編集は他の人がやってるんだけど、それをチェックして投稿したり、ショート動画撮って投稿してる」


「ショート動画の投稿?」


 最近流行ってるっけ。一,二分の動画の投稿が。私はあんまり見ないからなじみがないけど、千代は暇な時間にけっこう見るって言っていたな。


「そうそう。ショート動画から本編にアクセスしてもらうために、どこを切り取るか相談して決めて、決まった時間に投稿してるの。バズる時間ってあるからさー」


「あー、一番見られる時間てそりゃありますよね。それに合わせて投稿って大変ですねぇ」


「予約投稿も使うけど、エラーもあるから手動のほうが多いんだ」


「エラーなんてあるんですか?」


「あるんだよー。最初は予約投稿してたんだけどエラーが続いたことがあって、むきー! ってなって手動にしてるんだ」


「でもなんで動画作成する人が投稿しないんですか?」


 動画制作者は他にいるってことだよね。なんでやらないんだろう。


「そうなんだけど、決められた時間に投稿するのが面倒だからって私が押しつけられた」


 と、にこやかに芝本さんが言った。

 そういうものなのかなぁ。そこはあんまり理解できないけど、そういうものか……

 動画制作者も変わった人なのかな。

 というか変わった人がこの課にはふたりもいるってことになるのね。


「会社周りの動物の動画とかそういうのも投稿してるんだけど、そっちのほうが評判良かったりして複雑になることあるんだよね」


 皆好きだよね、動物。

 子猫ひろったとか、すごいバズるもんね。


「昨日はいらっしゃらなかったですよね、芝本さん」


「うん、会社の周り散歩して、ショート動画のネタずっと探してた」


 自由かな、うちの会社。それが許されるのすごい。


「それに社内広報の写真撮ったりしていたんだよね」


「あー、社内広報作るのも仕事なんですっけ」


 社内広報は毎月PDFで配信される電子冊子だ。その中には映画情報が載っていたり社員へのインタビューなどもある。近所の風景や動物写真もあったっけ。


「そうなんだよねー。あれは広報課全体で分担してやってるんだけど、月ごとに順番で作ってるんだよね。じゃないと毎月締切があって大変だから」


 確かにそうだなぁ。

 私、それも作ることになるんだ……楽しそうな、不安なような。


「それは四か月に一回、作ってる感じだからそんなに気にしなくていいって。とりあえず一日の業務についてまとめたものはみさとの分と合わせて資料作ってるところだから。出来次第社内メールで送るね」


「あ、ありがとうございます!」


 ちゃんとマニュアル化してくれるのはありがたい。

 話聞いている感じマニュアルだけで対応できる感じではないけれど。記事のネタ探しなんてそんなのマニュアル化できるものじゃないしねえ。


「で、とりあえず一日の流れなんだけど」


 そして芝本さんからの引継ぎが始まった。

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