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第十二夜 青龍

第十二夜 青龍(その一)

●第十二夜 青龍(その一)

 神田川……あやかし融資・保証の『千紙屋』がある秋葉原から、青龍の居る隅田川へと流れる河川。

 その横を芦屋 結衣あしや・ゆいは獏のあやかし、夢見 獏ゆめみ・ばくと地獄の獄卒である鬼女、鬼灯ほおずきと共に歩く。

「結衣さん、元気だして下さい」

「うん……分かってるんだけど、ね……」

 同じ『千紙屋』の仲間であり、結衣のパートナーである新田 周平あらた・しゅうへいが修行に行くと言って彼女の前から消えて一週間が過ぎた。

 電話もメッセージも届かない。消息不明の新田に結衣はすっかりと消沈していた。

「修行するって言ってるだけだろ? 大丈夫だって」

 鬼灯はそう励ましてくれるが、新田の居ない現実に未だに慣れない結衣には届かない。

「……こんなんで、四神を揃えれるのかねぇ?」

 元気の出ない彼女の姿に、鬼灯は頬をポリポリと掻く。

 四神……東京を護る四体の霊獣。南の朱雀、西の白虎、東の青龍、北の玄武。

 そのうち朱雀と白虎は結衣の魂の中に作った東京の箱庭に宿らせた。

 残りの青龍と玄武を宿らせ、彼女の中で四神を活性化させる。

すると現実世界の東京にも反映し、四神結界が強化される……これが見立ての儀式。

 青龍の力を得るために、千紙屋の主、平将門たいらのまさかどに命じられ、隅田川へと向かっているのではあるが……肝心の結衣がこの様子ではと、鬼灯と獏は視線を合わせる。


 隅田川へ辿り着いた一行は、青龍の姿を探す。

 すると川の流れに沿うように、巨大な青い龍が泳いでいた。

「結衣さん、青龍ですよ?」

「分った……青龍、話しを聞いて!」

 獏に促され、青龍に語り掛ける結衣。泳いでいた青龍は、語り掛けて来る者に興味を示したのか、こちらへと頭を向ける。

『何用だ、小娘?』

「青龍、貴方の力を貸して欲しいの!」

 結衣は告げる。四神結界を強化するために、見立ての儀式を行っていると言うこと。

 そしてそのために青龍の力を貸して欲しいと言うことを。

『なるほど……言いたいことは分った』

「それじゃあ!」

 青龍の言葉に、結衣が反射的に反応する。しかし、青龍は早とちりするでないと告げた。

『言いたいことは分った。だが協力するとは言っておらぬ』

「な、なんで!?」

 断られると思っていなかったのか、驚く結衣に青龍は続ける。

『我が力を託すかどうか、値する人物なのかがまず知りたい……力を見せてみよ』

 そう言うと青龍はその身から鱗を一枚剥がし、結衣たちの元へ飛ばす。

 青龍の鱗は彼女たちの目の前で人型に姿を変え、槍を手にした年若い龍人となる。

『この者は我が分身。だが十分の一も力はない。……お前たちの力を見るには丁度良いであろう。勝てればその力を授けよう!』

 青龍が結衣たちにそう言うと、応えるかのように龍人は無言で槍を構える。

 ふぅー、と呼吸を整えた結衣は、鞄から折り畳み傘……式神の唐傘お化けが宿った物……を取り出すと、ジャキーンと伸ばす。

「……千紙屋陰陽師見習い、芦屋結衣。行きます」

 結衣は唐傘に霊力を注ぎ本来の姿へと取り戻させると、それに自身の体内に宿る朱雀の炎を纏わせる。

 ……手加減をして勝てる相手ではない。そう判断した彼女は、最初から全力を出す。

「おおおぉぉぉっ!!」

 龍人に向けて、雄叫びを上げて斬りかかる結衣……戦闘が始まった。


「手伝うぜ! おらぁっ!!」

 結衣と龍人が武器と武器をぶつけ合う横から、鬼灯が拳を握り殴り掛かる。

 意識外からの攻撃に、龍人は激しく吹き飛ばされる。

「ナイスあら……」

 反射的に新田の名を口にした結衣は、違うと思わず動きが止まる。

 そこに無言で立ち上がった龍人が音も無く距離を詰め、その手にした槍が振り下ろされた。

「あぶなっ! ボーっとするな!!」

 間一髪、鬼灯がカバーに入り龍人の攻撃を防ぐ。

だが結衣は精神的に新田に頼り切っていたことにショックを受けており、庇われたことにも気付いていない。

「結衣さん……失礼っ!」

 パーンっと乾いた音が響く。獏に叩かれた頬を赤く染め、結衣は唖然とした表情を浮かべる。

「結衣さん、しっかりして下さい! 新田さんが居なくてツラいのは分かりますけど、貴方がそんなんじゃダメなんです!」

 仲間割れか? そう青龍と龍人が見守るなか、獏は泣きそうになりながら訴える。

「ボクに頼った結衣さんは、その時の決意は嘘だったんですか? そんなんじゃ新田さんも安心出来ませんよ!」

「獏ちゃん……うん、ごめんね」

 結衣は一瞬天を仰ぐと、頬を両手で何度も叩く。

彼女は真っ赤になった頬で笑顔を作りながら、獏へ……そして鬼灯へと顔を向ける。

「みんな、ごめん。ちょっと気が抜け過ぎたね……うん、気合い入れて貰ったから、もう大丈夫! 新田が安心して見ていられるように、頑張るね!」

 そう告げる結衣の瞳に、もう迷いの色は無かった。

 唐傘を構え直すと、龍人に……青龍に告げる。

「あんたたちの力、絶対取り込んでやるから……覚悟してよっ!」

『面白い……やってみせろ!』

 吼える結衣に、青龍が返す……その声に合わせるように龍人が突進してきた。


 唐傘を手にした結衣と、槍を手にした龍人が斬り結ぶ。

「くっ、このっ!」

「……っ!」

 青龍の力、その十分の一にも満たないとは言え、龍の眷属……武術は達人クラス。

 幾ら修行したとは言え、我流である結衣はその技前に翻弄される。

『どうした、旗色が悪いぞ? 朱雀の小娘よ』

「ふん! どうかしらね!? 征くよ唐傘っ!!」

 本気になった結衣は、背中から炎を出し龍人へ向けて一気に踏み込む。

 そして炎を纏わせた唐傘を右から左から我武者羅に振り下ろした。

「どう! 手も足も出ない!?」

我流剣術が武術百芸に勝る物……それは勢い。特に死線を文字通り越えた結衣の切っ先は、龍人を捉える。

「貰ったっ!」

 龍人が繰り出した槍をクルリと絡めとり弾き飛ばす結衣。

「どう、降参?」

 そう龍人に問う彼女であったが、彼はまだまだやる気。拳闘の構えを取ると一拍子で拳を突き出す。

「おっとっと、それじゃあ徹底的にやろうか!」

 結衣は唐傘を広げて龍人の拳を受けると、直ぐに閉じて殴り返す。

「喧嘩なら混ぜてくれよ!」

 喧嘩と聞いて盛り上がる鬼灯は、結衣に変わって龍人の前に立つと拳を繰り出す。

 右、左と轟音を立てて放たれるストレートに、龍人は手のひらで弾くように拳を交わす。

 やるじゃねぇか……そう呟いた鬼灯は徐々に距離を詰め、肘が届くぐらいまで近づくと、両手を伸ばし龍人の頭を抑え膝蹴りを放った。

「どうだ! 地獄の喧嘩殺法!」

 そう言いながら顔面を抑える龍人の足を掴むと、グルグルと振り回す鬼灯。

「結衣、行くぞ!」

「おっけー、鬼灯さん!」

 そーれっ! と掛け声を上げながら結衣に向かい、鬼灯は龍人をジャイアントスイングで投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた龍人を、結衣は唐傘をバットに見立て、鋭く振り抜く。

「いくぞー、結衣ちゃんホームランっ!」

 炎を乗せた唐傘が龍人の頭を捉え、グッと踏み込んだ結衣。まるで東京ドームの天井へ届けとフルスイングした彼女によって、龍人はほぅと目を丸くした青龍の元へと打ち返されたのであった。

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