●第十二夜 青龍(その二)
隅田川の河川敷……千紙屋の陰陽師見習い、
『ふむ、なかなか良い太刀筋であった……これなら我が力を貸し与えるに相応しいやも知れぬ』
「本当に!?」
やったぁと喜ぶ結衣は、獏のあやかしである
しかし喜んだのも束の間、青龍から告げられたのは思いもよらぬ言葉であった。
『だが、残念じゃったのう……既に我が力、別な者に託しておる』
「へっ!?」
青龍の発言に、思わずそんな声を上げてしまう結衣。神だからか青龍は悪びれもせず、残念だったのぉと告げる。
「青龍の力、誰に渡したの!?」
結衣の問いかけに、青龍はお主らが先程から口に出している者……
「なんで新田が?」
『理由は知らぬが……我を隅田川に宿らせた天海僧正の命によって、と申してたぞ』
天海僧正……この東京、いや江戸の街に四神を宿らせた伝説の陰陽師。
何故新田が天海僧正と? それより青龍の力を渡して貰わないと……! そう結衣は決意する。
「新田を探そう!」
「でも、何処に居るのか分かるんですか?」
獏の言葉に、それは……と言葉を濁す。広い東京の街のなか、手掛かりが何一つない状態で特定の個人を見つけ出すのは、サハラ砂漠に落としたダイヤモンドを見付けるのとどっちが楽だろうか。
「青龍、新田……その人は次に何処へ行く、とかは言ってなかった?」
ひょっとしたら手掛かりを伝えているかも……そう青龍に尋ねるが、彼は巨大な頭を横に振る。
「そう……メッセージも相変わらず既読にならないし、何処に行ったの?」
結衣がそう呟くと、鬼灯がポンと手を打つ。
「将門公に占って貰えば良いんじゃないか? 失せ物ならぬ失せ人探しって奴だ」
「そうか! 社長なら……何か分かるかも!」
希望が見えた結衣は、青龍に向かいそれじゃ、と声を掛け秋葉原へと駆け戻る。
その様子を見ながら、青龍はこれで良かったのか、と誰かに向かい声を掛けた。
『我を宿らせた天海僧正の命ならば、と従ったが……本当に良かったのかね?』
「ああ、これで良い。ありがとう、青龍……天海僧正の命は全てを優先する」
影から現れたのは黒い式服を着た新田であった。彼は青龍を視ると、天海僧正の命は何より優先されると告げる。
『それで、これからどうするのかね?』
「日光に行く。東照宮の玄武を結衣たちより先に手にする……家康公が相手だが、なに。こちらには天海僧正のお墨付きがある」
神となった徳川家康と言えども、彼を神に祀り上げた天海僧正の言葉には従うさ、そう呟くと古籠火から炎の白虎を呼び出す。
「江戸の世から長く続いた東京守護の任、ご苦労であった。そう天海僧正よりの伝言だ……妙な気は起こすなよ?」
そう言い、新田は白虎に飛び乗り北の方角へと走り去っていく。
青龍はと言うと、何かを考えるかのように隅田川に沈んでいった。
一方、秋葉原へと戻った結衣たち一行は、電気街の裏通りにある雑居ビル……その五階へと戻ると、『千紙屋』の主である
「社長! 新田の居場所、占ってくれませんか!?」
「どうしたね、急に……」
実は……と、青龍とのやり取りを結衣は告げる。すると将門は首を傾げる。
「おかしいですね。新田君は見立ての儀式の邪魔をするようなことはしない筈……青龍の力を奪ったのは、何か別な理由があるのかも知れません。ですがまずは兎も角、占いですね」
将門はそう言うと、窓から星を見る……星の運行など天文現象を見て占う天文占だ。
「そうですね……新田君の星は見えません。姿を隠しているようで、何処に居るかを知るのは難しいでしょう」
その言葉に、残念そうな表情を浮かべる結衣。だが、将門は続けて告げる。
「しかし、結衣君の星には動きがあります。この方角は……もう一度青龍に会うのが良いかも知れません」
「でも、青龍は知らないって言っていたよ?」
確かに、青龍は新田に力を授けたのは認めた。だがそれ以降の動きは知らないと言っていた。
「天文占はあくまで占いです。当たるも八卦当たらぬも八卦、信じる信じないかは結衣君次第です」
占いを終えた将門にそう告げられ、結衣は悩む……だが、これまで将門の占いが外れたことは無い。ならば今回も何か意味があるのだろう。そう考え、もう一度青龍の元へと戻ることを決めた。
「ならばこれを持って行きなさい。役に立つかも知れません」
そう言って渡されたのは、新田が以前雷獣との戦いで使ったのと同じ結界符……結界の外から中の様子を窺えなくし、結界の中と外を遮断する呪符。
「ありがとうございます! それじゃ、もう一度行ってきます!!」
結衣は呪符を受け取ると、先程とは違い元気よく飛び出す。
その姿を見送りながら、将門はその元気が運を引き寄せます、そう呟く。
そして隅田川……河川敷に戻ると、青龍は変わらずそこに居た。
青龍は結衣たちの姿を見ると、何か話したそうな顔を一瞬見せたが……押し黙る。
「青龍、何か言いたいこと、伝えたいことがあるなら聞くよ?」
結衣はそう青龍に尋ねるが、答えは返って来ない。
だが何やら非常に悩んでいる様子。そして……何かを決意したのか、ゆっくりと結衣に向かって顔を向けた。
『朱雀の巫女よ、改めて問う……お主は四神結界を護ると言ったな、違いはないか?』
「うん……私の中で見立てを行い、四神の力を強化しこの東京を護る。違いはないよ」
そう真っ直ぐに、青龍の問いかけに答える結衣。青龍はその姿に頷くと、覚悟を決めたかのように話し出す。
『我の身体には新田に渡した力の他に、もう一つ力を込めた鱗がある。お主らがそれを我から奪えるのであれば……その力、授けよう』
そう告げると青龍は身体をぐるりと回転させる……すると一瞬だけ青い鱗の中に、一枚の白銀の鱗が見えた。
『だが、鱗の中には逆鱗もある……知っての通り、龍族は逆鱗に触れられると怒りを止められぬ。この隅田川を氾濫させる可能性すらある。それでも我に挑むか?』
「もちろん! 東京のため、新田のため……青龍の力、もらい受けてみせるよ!!」
その問いかけに、結衣は即座に返事をする。その返事にうむと頷いた青龍は、その巨体を大きく掲げる。
『四神、青龍……朱雀の巫女よ、我が力が欲しくば奪ってみせよ!』
咆哮を上げる青龍に、結衣は武者震いを隠せない。
彼女は将門から授かった呪符を五芒星に配置し、結界を起動させる。
これから起きる戦いは、先程の龍人との戦いとは違い、常人に見られて良い物ではない。
「さあ、準備はいい? 獏ちゃん、鬼灯さん……ドラゴンスレイヤーを名乗れるチャンスだよ!!」
獏と鬼灯にそう告げた結衣は、手にした折り畳み傘……唐傘お化けに朱雀の霊力を纏わせ炎の剣にする。
それどころか、全身から炎を吹き出し、肩からは真紅の翼を作り出した。
「手加減なんてしてられないってことか……面白れぇ」
ボキボキと拳を鳴らした鬼灯が、青龍から発せられるプレッシャーを乗り越え一歩前に出る。
獏はと言うと、ボクには戦闘力はありませんから……と応援モードに入ろうとした。
「獏ちゃん、青龍の動きを観察して……あの白銀の鱗が何処にあるか、それを念話で伝えて」
「それぐらいなら……!」
獏は夢を渡るあやかし。起きていても念話で思考を伝えることなど彼女には容易い。
出来ることを見つけた獏は、青龍の身体をじっくりと観察する。
「それじゃ、青龍……行くよ!」
『来い、朱雀の巫女よ……!』
朱雀と青龍……東京の四方を護る四神の力同士が、四神結界の行方を賭けぶつかり合う時が来た。