●第十二夜 青龍(その三)
朱雀と青龍のぶつかり合い……先手を取ったのは朱雀の巫女である
「行くよ、青龍! まずは挨拶代わりの……全力結衣ちゃんホームランっ!」
朱雀の翼で羽撃たき空中へと舞い上がると、獲物を見つけた鷹のように一気に降下する結衣。
そしてその落下エネルギーを乗せた炎の剣を青龍の鼻っ柱に叩き込む。
「いやー、的が大きいと狙いやすい! ……まさか、この一撃で終わりって訳じゃないよね?」
バッサバッサと翼で空を叩き、結衣は青龍の様子を窺う。青龍は勿論、と言いながら結衣に向かい龍の吐息を吐く。
「ドラゴンブレス!?」
慌てて結衣は龍の吐息を回避するが、青龍は彼女の追いかけるようにブレスを吐き続ける。
結界が無ければ周辺の家々が焼かれ大変なことになっていた……そう思わせる一撃に、結衣は全力で飛び回りながら地獄の獄卒である鬼女の
「よーし。地獄の鬼の力、見せてやる!」
そう言うと、青龍の胴体に向けて全力の拳を放つ鬼灯。一発、二発では硬い竜鱗に阻まれ効果はない。
ならば十発、百発と殴ればどうだ……そう彼女は一点に集中し拳を振るう。
『ぐふっ、邪魔な鬼め!』
流石の青龍も一点に集中した攻撃は効いたのか、苦悶の声を上げ鬼灯を薙ぎ払おうとその長い胴体をくねらせる。
「おおっと、そうはいかないよ!」
鬼灯は青龍の胴体に飛び乗ると、背中を駆ける。
「獏! 鱗は何処だ!?」
『そのまま登って! 首元にあるよ!!』
叫ぶ鬼灯に、獏のあやかし、
「くっ、こんな所で崖昇りとは……」
「大丈夫、私が行く!」
動きが取れない鬼灯に、結衣はそう告げると朱雀の翼を羽根打ち一気に上昇する。
青龍は結衣が追いつけないように身体を伸ばすが……頭が雲の上に出たところで限界が来たのか反転した。
『ここで落ちたら助からないな……さあ、噛み砕いてやろう』
そう告げると、大きく口を開いて牙を見せた青龍は結衣の翼を噛み砕こうと追いかけて来る。
「そう簡単に……落とされて堪るか!」
炎の剣で青龍の牙を受け止める結衣であったが、パワー差で押し切られそうになる、
同じ四神と言えども、四神本体である青龍と、力を借りている結衣……しかも弱体化している朱雀とでは、力の差がありすぎるのだ。
だが、結衣は地獄での修行で鍛えた力と技により青龍との力量差を埋める。
蝶のように素早く動き、蜂のように鋭く刺す。ヒット・アンド・アウェイを繰り返し、己の牙に捕まらない結衣の姿に青龍は吼える。
『朱雀の巫女よ……素早いだけか!? そんな軽い攻撃で我を倒せると思っておるのか!!』
「何とでも言いなさい! 巨大なあなたにとって私は虫のようなモノ……だけどね、虫には虫の戦い方があるんだから!!」
吼える青龍に吼え返す結衣。複雑怪奇な空中戦はだいぶ地表近くまで降りてきた。
「結衣さん! 鱗は青龍の首筋ですよ!」
「分った! さあ青龍、こっちだーっ!!」
獏の声援が乗った指示に、結衣は朱雀の翼を広げて空中を舞う。
彼女を捕まえようと青龍は右へ左へと首を走らせ……気が付けばその身が絡まっていた。
『な、なんと!?』
「どうだ、結衣ちゃんの作戦勝ちだよっ! さぁ青龍……その状態で何時まで耐えれるかな?」
反撃の時間が来た。そう言いたげな結衣の笑顔に、圧せられる青龍……だが東京を守護する四神の一体として、そう簡単に負けを認める訳にはいかない。
『来い! 朱雀の巫女よ……まだ我は負けておらぬ!』
「よく吼えた! いっくぞーっ!!」
炎の剣を振りかざし、深紅の翼を羽撃たかせ、青龍へと向かい舞うように飛ぶ結衣。
手にした炎の刃は、身動きの取れない青龍の顔面に向かい強烈な一撃を振り下ろす。
「一度でダメなら二度、二度でダメなら三度……青龍が負けを認めるまで、止めない!」
残像を残すような素早い動きで青龍の顔面を何度も斬り付ける結衣の攻撃に、流石の青龍も動きを止めると首を垂れる。
「首筋の鱗……白銀の……あった!」
動きが止まったのを見た結衣は、青龍に近づきその首筋を浮遊すると、青い鱗の中に一枚だけ白銀に輝く鱗を見つける。
「これを……剥がして……よいしょーっと!!」
青龍の身体に両脚を付け、結衣はベリ、っと音を立てて鱗を引き剥がす。
それは太陽の光に輝き、まさに白銀と言える物であった。
『奪われたか……朱雀の巫女よ、それは汝の物だ。だから……首を解くのを手伝ってくれまいか?』
鱗を剥がされた痛みで気が付いたのか、青龍は結衣の勝利を讃え……そして絡まった胴体を解くのを手伝って欲しいと懇願する。
その姿に声を上げて笑った彼女は、絡まった青龍の身体を解くのを全員で手伝うのであった。
「鬼灯さん、鱗を持っていて下さい……結衣さん、準備は良いですか?」
絡まった青龍を解いた河川敷。そこでは結衣の魂の中に作られた箱庭の東京に、今しがた手にした青龍を宿らせる儀式が執り行われようとしていた。
「結衣さんは背中をボクに向けて……それじゃ、行きますよ」
獏に背を向けてしゃがみ込んだ結衣の背に手を当て、反対の手を鬼灯が持つ白銀の鱗に触れる。
「青龍の力よ、魂の東京に宿れ!」
そう獏が告げると白銀の鱗が消え、獏の身体を通り抜けた青龍の力の源が結衣の魂の中へと運ばれる。
結衣は自身の魂の中に作られた東京……その東側を縦に流れる隅田川に向かい青龍は飛び込むと、楽しそうに水を浴びる。
「うん、大丈夫……青龍が私の中の東京に宿った。これで三つ、残るは玄武だけ」
朱雀、白虎、そして青龍……三体の聖獣が結衣に宿る。
残るは北の方角、そして山の属性を持つ玄武。
四体の聖獣が揃えば、後は結衣の魂に霊力を注ぎ四神に力を与えることで、現実の結界を強化する。
見立ての儀式の成立まで、あと一体……改めてハイタッチで喜ぶ結衣たちを、青龍はこれで良かったと言う瞳で見守っていた。
だが、そんな和やかな雰囲気は長続きしなかった。炎が河川敷を焼いたのだ。
「青龍! 貴様、僧正様の恩を裏切ったな!!」
同時に男の声がする……結衣はその声に聞き覚えがあった。
「あら……た? 新田だよね、新田なんでしょ!? 新田、なんでこんなことをするの!!」
朱雀の翼で獏と鬼灯を覆い、新田の炎……古籠火の灯を防いだ結衣は何故こんなことをするのかと叫ぶのであった。