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第十二夜 青龍(その四)

●第十二夜 青龍(その四)

 朱雀の力を振るい、新田周平あらた・しゅうへいの攻撃を防いだ芦屋結衣あしや・ゆいは、なぜこのようなことをしたのかと彼に向かい叫ぶ。

「新田、なぜこんなことをするの!?」

 それに対し、新田は攻撃したことを詫びるどころか、四神結界の見立てから手を引けと要求する。

「結衣……四神結界の見立てから手を引くんだ。今ならまだ間に合う」

「そんなことしたら、東京が崩壊しちゃう! 新田だってそれを知ってるでしょ!?」

 その言葉に、彼は苦し気な表情をしながら結衣に告げる。

「東京は……一度崩壊させなくてはならない。東京に囚われた四神を解放する、それがこの街に結界を張った天海僧正の命だ」

「天海僧正の……命?」

 そうだ、江戸時代……この東京となる街に四神の結界を張った陰陽師、それが天海僧正。

その勅命だと新田は告げる。

「そんな過去の人の命令になんて従わなくったって良いじゃない! 今、この東京には何十万って人が居るんだよ!?」

「過去の人……ではない。天海僧正は今を生きている。そして己の都合で四神をこの街に繋ぎ止めたことを悔いている。だから、四神は解放させないといけないんだ」

 だから結衣、頼むからこれ以上四神には関わらないでくれ……そう言うと乗っていた白虎の腹を蹴り、今度こそ北の方角へと向けて走りださせる。

「新田……新田が何を言っているのか、わからないよ……」

 その身から溢れていた朱雀の炎を体内に収めると、巫女としての姿を解除した結衣だが、新田が告げた言葉に動揺を隠せない。

『……朱雀の巫女。かの者は日光に行くと言っていた。玄武に会うのだろう』

「日光……日光東照宮?」

 そう、日光東照宮だと青龍は告げる。日光東照宮とは徳川家康が自らを神と祀り上げた地。

 神が宿る日光の山を富士に負けぬ霊山と化したことで、最後の四神である山属性の玄武を江戸の街に宿らせたのだ。

「日光……行かないと。行って新田を止めないと」

 新田が玄武をどうするか分からない。だが、今の東京……山属性のビルが海属性のお台場に乱立したことによる四神結界の乱れから予想するに、玄武に力を与えることで意図的に四神相応を乱す可能性が高い。

 そのために青龍の力、そして新田が元々所持している白虎の力を使われたら……四神結界の崩壊は、東京にあやかしの乱入を招くことになる。

「あやかしの乱入か……まるで百鬼夜行だな」

「百鬼夜行?」

 鬼灯の言葉に、結衣は首を傾げる。

「結衣さん。百鬼夜行と言うのは……」

 それを説明してくれたのは夢見獏ゆめみ・ばくだ。百鬼夜行とは鬼やあやかしが深夜に群れて行進すると言う現象。それに遭遇すると死を招くと言い、恐れられていると告げる。

「そんなことは許せない! みんな、日光へ急ごう!」

「でも、せめて将門様に報告しておいた方がいいんじゃないかな?」

 獏にそう言われ、駆け出そうとしていた結衣は足止まる。確かに独断先行は良くない。報連相は大事だと新田は事あるごとに口を酸っぱくするほど言っていた。

「それじゃ、まずは千紙屋に戻ろう。急いで戻ろう」

 改めてそう告げると駆け出す結衣。だが河川敷を出ようとしたところでクルっと振り向き、青龍へと声を掛ける。

「青龍、ありがとう! あなたの力、必ず役立てるから!」

『朱雀の巫女よ、東京を……四神結界を、頼んだぞ』

 改めて大きく手を振ると、結衣は今度こそ秋葉原へ……千紙屋へと駆け出す。


「そうですか、新田君が……確かに四神結界が破壊されれば、百鬼夜行は起こりえます」

 秋葉原にある千紙屋へと戻った結衣の報告に、平将門たいらのまさかどは四神結界が崩壊すれば百鬼夜行が起こりえると告げる。

「百鬼夜行が起こると、東京はどうなるんですか?」

「そうですね……夜の東京、眠らない人々を鬼やあやかしが襲いつつねり歩き、この街はあやかしの街になるでしょう」

 あやかしの街……今のあやかしたちのように、人間たちが東京に隠れ住むようになる。

 人々は夜に怯え、昼の街をこそこそと生きる……そしてあやかしたちが大手を振って生きる街。

百鬼夜行が起こったあとの東京はそうなるだろうと将門は告げる。

「あやかしたちには生きやすい街かも知れませんね。ただライフラインは破壊されるでしょうから、文明都市としての東京は終わりでしょう」

 電脳神としての平将門も終わりでしょうね、そう自虐する将門に、結衣はそんなことさせないと、絶対にこの街を護ると返す。

「ですが、あやかしには良い街かも知れませんよ?」

「違う……今の東京が、混沌かも知れないけど人間とあやかしが共に生きるこの東京が、私が護る街なんです!」

 そうですか……成長しましたね、そう将門は結衣の答えに満足すると、彼女に何枚かの呪符を手渡す。

「これは?」

 尋ねる結衣に、将門は結界符と、以前大蜘蛛の時に使った将門召喚の符であることを伝える。

「使い方は覚えていますか?」

「えーと、確か破るだけで良いんですよね?」

 そうです、その通りですと将門は告げる。もし玄武が新田に同調し、四神結界の破壊に動いた時……私も力を貸します。そう将門は言う。

「まずは新田を説得しなきゃ……それにしても天海僧正って、江戸時代の人なんですよね?」

「そうです……天海僧正は徳川家康から家光まで三代に渡り将軍家に仕え、家康の死後『東照大権現』として神格化し、江戸の都市を設計、そして四神を宿らせた張本人です」

 そんな偉い人が何故自ら作った街を壊そうとしてるのか、結衣は純粋に不思議に思う。

「何故東京を壊すのか、真意を問いただすなら直接聞くしかないでしょうね……まずは新田君から話しを聞きましょう」

 将門の言葉に、結衣は頷くと授けられた呪符を、唐傘が宿る折り畳み傘を入れている鞄にしまう。

「日光までは秋葉原から北千住に出て、そこから特急だね。みんな、行くよ!」

 スマートフォンの乗り換え案内で電車の時間を調べると、結衣は獏と鬼灯ほおずきに声を掛ける。

「また狭い乗り物か……人間の乗り物って、なんであんなに狭いんだろうな?」

「鬼灯さんが大きすぎるだけですよ……行きましょう、結衣さん」

 身長150センチ台の小柄な獏は、二メートルを軽く超える背丈の鬼灯を呆れたように見る。

 くすくすと結衣は笑うと、将門に行ってきますと声を掛け、千紙屋を後にする。

 目的地は日光東照宮……玄武と新田を説得せねば、そう彼女はグッと拳を握るのであった。


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