●第十三夜 玄武(その一)
北千住駅から一時間四十分……東武伊勢崎線の特急けごんは『千紙屋』の陰陽師見習い、
頭端式ホームに滑り込んだ白にオレンジのラインが入った電車から降りた一行は、短くはない旅路に背を伸ばす。
「うー……んっ、疲れたー」
大きく伸びをした結衣に、自由席二席を占拠していた二メートルを軽く超える背丈の地獄の鬼、鬼女の
「山手線だっけ? あの緑の乗り物やゆりかもめって奴より広くて快適だったな。椅子も柔らかくて……全部あれにすればいいのに」
そう告げる鬼灯に、呆れたように獏のあやかし、
「特急列車、って言う特別な乗り物ですから快適だったんです。それに特別料金が別に掛かるんですよ?」
「だったら全部特急列車、と言うのにすれば良いじゃないか。料金ってのも増えて一石二鳥だろ?」
人間界の常識が通じない……豪快に笑う鬼灯に、頭を抑える獏。そんな二人の姿にクスっと笑った結衣は、二人を引き連れバス乗り場へと向かう。
「バスか……こいつは狭くて嫌いだ」
「歩くと三十分以上かかるんだから、贅沢言わないの!」
狭くて乗りたくないと我が儘を言う鬼灯を、結衣は背中を押して強引に乗車させる。
巨体を苦しそうに縮めた鬼灯の姿に、外人さんは大変だねーと観光客の声が聞こえ結衣たちは苦笑する。
東武日光駅からバスに揺られて五分……東照宮の西参道入り口に到着する。
ここからさらに歩いて五分ほど。そこに日光東照宮はあった。
「ここが日光東照宮……徳川家康公が祀られている場所。でも玄武は何処に居るんだろう?」
徳川家康……『東照大権現』を祀る
「(家康公……東京の守護のため、四神結界を強化するため、玄武に会わせて下さい)」
すると急に辺りが暗くなり、彼女たちの身体が一瞬浮遊する。
「転送された!?」
結衣がそう言った次の瞬間、彼女たちは何処かの山の上に落ちるように着地する。
「湖が見える……ここ、何処?」
結衣が地理に詳しければ、正面に見えるのは中禅寺湖であり、ここはその北岸にある男体山の山頂であることが分かっただろう。
だが、そんなことを知る由もない彼女たちはここが何処なのだろうかと困惑する。
「山の上ってことしか分からないな……だが、玄武は居そうじゃねえか?」
そう告げる鬼灯の言葉に、左右を見渡していた結衣と獏は確かにと頷き、それならばと結衣は大きな声で叫ぶ。
「玄武さぁぁぁん! 力を貸してぇぇぇっ!!」
結衣の声が木霊し山々に響き渡る。
そして湖面が割れたかと思うと、大亀に蛇が巻き付いた神獣……玄武が姿を現した。
『東照大権現に呼ばれたかと思えば……何用だ、人間よ』
「玄武、お願い、力を貸して! 東京の四神結界を護りたいの!!」
現れた玄武に結衣は説明する。東京を護る四神結界、その調和が乱れ崩壊しかけていること。
自分の魂の中に東京の箱庭を作り、そこに四神を配置し結界を再生させたいと言うこと。
既に朱雀、白虎、青龍の力を宿しており、あとは玄武だけだと言うこと。
「お願い玄武、あとは貴方だけなの!」
『……なるほど。だが我が主、天海僧正は違う意見のようだが』
そう玄武が首を向けた先には、白虎に跨る
白虎に跨り結衣たちを見下ろす新田……彼に対し、結衣は口を開く。
「新田! 玄武に何を言った!? いや……なんで邪魔をするの!!」
「前も言った筈……俺は天海僧正の命によって動いている。そして天海僧正は四神結界を崩壊させ、聖獣たちを解放したいと願っている」
新田を問いただす結衣に、彼は天海僧正……徳川家康から家光まで、将軍家三代に仕えたとされる伝説の陰陽師の名を上げ、そしてその方の命令だと告げる。
「青龍の時と同じだ。話しにならないねぇ……いっそぶん殴っちまう方が早いんじゃないか?」
青龍の力を授けられた時に邂逅した新田と同じ……鬼灯は呆れて肩を竦める。
「新田はそんな人の言うことを聞くような奴じゃない。きっと操られてるんだ!」
そんな鬼灯に結衣は反論する。だが操られていようがいまいが、このままでは玄武の力を借りることは出来ない。
決断を躊躇っている結衣に、獏がこう告げる。
「もし新田さんが操られているなら、眠らせれればボクが何とか出来ます……結衣さん、決断して下さい」
「……分かった。新田! どうしても私たちの邪魔をするんだね!?」
「邪魔をしているのは結衣、お前だ。どうして分かってくれない?」
最後通牒だ、そう言い新田は手を引くように結衣に要求する。
だが結衣は首を横に振り……取り出した結界符で五芒星を描くように飛ばす。
「……交渉決裂、か」
「玄武、立会人をお願い! それと勝った方の願いを聞く……良い?」
五芒星の結界が張られ、男体山の山頂は現世と隔離される。これで全力を出して暴れても、周囲に被害が出ることは無い。
そして結衣の願いに玄武は応える。新田と結衣、相反する要求だが、勝った方の願いを聞こうと。
「新田……遠慮はしないから。骨の一本や二本、覚悟してよね」
「それはこちらの台詞だ、結衣。天海僧正の邪魔をしたこと、後悔させてやる」
そう言うと新田は右手にスマートフォン……いや、そのストラップになっている石灯籠の式神、古籠火の灯りを灯し、左手で陰陽を描いた太極盤を構える。
対する結衣も、鞄の中から式神の唐傘お化けが宿った折り畳み傘を取り出すと、その真の姿を解放させ剣のように構える。
「あたしも忘れて貰っちゃ困るな……等活地獄では散々相手になっただろ?」
鬼灯がそう言い拳を構えると、新田は少し困った顔を見せる。
「これは結衣と俺の決闘、邪魔をされては困る……お前の相手はこいつで充分だ」
新田はそう告げ、騎乗していた炎で出来た白虎を鬼灯に差し向けた。
「ちっ……結衣、援護は出来そうにない。新田のことは頼んだぞ!」
結衣に向かいそう告げると、鬼灯は白虎と格闘戦に入る。
そうして、改めて結衣と向かいあった新田は、まず朱雀の力を封じさせて貰うと太極盤に霊力を注いだ。
「水は火を消す、これ相克也!」
「冷たっ! 朱雀、炎を……朱雀?」
新田の手にした太極盤から放たれる冷気が結衣の身体を包み込む。思わず結衣は冷たいと声を上げた。
体温を暖めるべく朱雀の炎を生み出そうとするが……炎が出ない。
「俺は結衣、お前のように戦うことは出来ない……これが俺の戦い方だ!」
炎を封じられた結衣に、そう新田は告げる。そこまでして強くなりたかったんだ……結衣は彼の心を少し理解した気がした。
だがそれとこれとは話しは別。炎がダメなら、物理で殴る。
結衣は唐傘を構えると、新田に向かい一気に踏み込むのであった。