●第十三夜 玄武(その二)
ぶつかり合う
結衣は新田へと近づき、式神の唐傘で殴りたい。新田はと言うと式神の古籠火で炎を吐かせ距離を取りたい。
近づき離れ、離れ近づきと、まるでダンスを踊るかのようにクルクルと二人の立ち位置が変わっていく。
「古籠火、焼けっ!」
「唐傘、防げっ!!」
新田の持つ古籠火が炎を吐きだすと、同じタイミングで結衣は唐傘を広げて炎を防ぐ。
結衣はそのままステップを踏み、火炎放射から脱出すると傘を閉じて今度は新田へと迫る。
「新田、こんな時に言うのも何だけど……楽しいねっ!」
そう叫びながら、結衣が手にした唐傘から放つ渾身のフルスイングを、紙一重で交わした新田も笑みを漏らす。
「そうだな、楽しいな……こうして戦うのは初対面の時以来か」
「あの時はゴメンって! 事情を知らなかったのよ!!」
二撃目も交わされる、三撃目に入ろうとした時に古籠火の炎が吐き出され結衣はバックステップを踏む、
展開的には飛び道具を持つ新田が優位、だが一撃の重さでは結衣が勝り、白虎の牙を鬼灯に向かって使用した新田も決め手がない。
「符術は使わないの? 形代で分身とかさ!」
「やっても良いが、瞬殺するだろ?」
形代とは新田の得意技の一つで、人型の紙を使うことで分身を生み出す呪術。
だが隙も大きく、また命令しか聞かない形代は生み出したとしても今の結衣には脅威にはならない。
まあね、と答えた結衣は唐傘を振るうと今度は新田が後ろに跳ねる。
「おっとっとっ、危ない危ない……当たれば骨が折れるのは本当だな」
唐傘が打ち付けられた地面に裂け目が出来たのを見て、新田はふぅーと安堵のため息を漏らす。
結衣の攻撃は、直撃すれば確かに骨が折れていたことだろう。
「でも骨を折るぐらいじゃ止まらないでしょ?」
「そうだな。止めるなら俺の魂を折らないとな」
ふふっ、と二人は笑うと、同時に距離を取る。そして各々の獲物を構えるのであった。
「(今なら……炎も斬れるかも知れない)」
戦いのなか、結衣は感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
唐傘を振るい、盾にし、そして飛び跳ね……一動作ごとに鋭さが増していた。
「古籠火、燃やせっ!」
間合いを取るため、新田は古籠火の灯りから炎を迸る。その瞬間、結衣の目には炎の切れ目が視えた気がした。
「ここだっ!」
そう叫び、唐傘を振り下ろす結衣。剣圧によって炎は二つに分かれ、スマートフォンを持つ新田の右手に勢いよく命中する。
「くっ……古籠火が!」
地面に叩き落とされた古籠火とスマートフォンを素早く蹴飛ばし、直ぐに拾えなくする結衣。
悔し気な新田は、懐から呪符を取り出す。
「やっぱり符に頼る?」
「しかないだろう……びしょ濡れになるが、風邪をひくなよ!」
結衣の言葉にそう告げた新田は、水属性を付与した呪符をミサイルのように飛ばす。
それを結衣は叩き落すと、バシャンと水が弾けた。
「ちょっと、着替え持ってきてないんだけど!」
「だから先に謝っただろっ! それとも降参するか!?」
降参なんか誰がするかっ! そう結衣は叫ぶと新田に向かって走る。
呪符の水爆弾が弾け赤いセーラー服が濡れ張り付き、白い肌と下着が透けるが構わない……なにせ、今なら防御手段のない新田を殴りたい放題なのだ。
古籠火を拾わせてはならない。追い立てる向きだけ気を付けて結衣は新田へと攻撃を繰り返す……それが油断であった。
「結衣、お前はまだ甘い……搦め手も覚えないとな、古籠火っ!」
「えっ!?」
結衣の背後から、古籠火が炎を吐く……普段から新田の手に持っていたため忘れていたが古籠火は式神なのだ、自立行動が出来て当然。
スマートフォンを引き摺るように歩いた石灯籠は、主の期待に応えれたことを誇らしく思う。
「あっつー、制服が濡れてなかったらヤバかったんだよ……新田め、やるね」
古籠火の炎で吹き飛ばされ、地面を転がり制服を焦がした火を消した結衣は、流石は新田だと嬉しそう。
唐傘を支えに身体を起こすと、古籠火を手にした新田へと向ける。
「新田……次で勝負を決めるよ」
「……良いだろう。決着を付けよう」
新田に向かいそう宣言した結衣は、瞳を閉じてふぅーっと長い吐息を漏らすと、キッと彼を見据える。
そんな結衣の姿に、新田も右手で古籠火を構えると丹田に力を込めつつ深呼吸をし霊力を高める。
……先に動いたのは結衣であった。唐傘を両手で構え、新田に斬り込んでいく。
「古籠火、全力だっ!」
迎え撃つ新田も、霊力を全て古籠火へと回し巨大な炎の塊を吐き出させる。
「てぇぇぇぇぇりゃぁぁぁぁっ!!」
炎に向かい飛び込んだ結衣は、肌が焼け、髪が焦げる感触を感じながらも、その炎を切り裂きながら新田に迫る。
「結衣ちゃん……ホームランっ!」
炎の塊を突き抜けた結衣は、その勢いそのままに新田の胴へと向け唐傘をフルスイングする。
真芯で捉えた新田の身体は、くの字に折れ曲がり吹き飛ばされる。そのまま地面に叩きつけられ、ゴロゴロと数度転がるとクテンと止まる。
「はぁ、はぁ、はぁ……手加減はしといたからね」
新田の意識が失われたためか、
それを見た
「……新田、起きて、新田っ!」
「痛てっ……結衣か。その、なんだ……迷惑かけたみたいだな」
結衣の膝の上で新田は目覚める。改竄された記憶は獏が解きほぐしてくれた。
操られていた時の記憶もあるようで、新田は身体の痛みを感じつつ結衣に向かって素直に謝る。
「大丈夫みたいね、良かった……」
「良くないよ、全身が痛くて全然動けん」
記憶が戻ったことにホッと胸を撫でおろす結衣。そんな彼女に、新田は全力を出し過ぎだろうと文句を言う。
「でも……楽しかったでしょ?」
彼女のその問に、一瞬言葉を詰まらせた新田は……あぁ、と小さく頷く。
「天海僧正のことは後で教えてもらうとして……玄武、見ての通り私が勝ったよ! 四神結界の強化に力を貸して!!」
膝の上の新田から目を上げた結衣は、そう玄武に向かい話しかける。
戦いを見届けた玄武は心得たと黒い服を着た人型に姿を変えると結衣たちの傍へとやってくる。
「獏よ、我が力の一部を彼女の中へ」
「分かりました……結衣さん、準備は良いですか?」
獏は夢を渡るあやかし……相手の心の中、魂の中へ入り込むことが出来る。
その能力を活かし、玄武の力を獏の中を通して結衣の魂の中に作られた東京の街へと宿らせるのだ。
「準備はいいよ、獏ちゃん、玄武、お願い」
背中を向けた結衣に獏は手を置き、反対の手で玄武の身体に触れる。
「では行くぞ……」
そう告げた玄武の身体から、強大なエネルギーの塊が結衣の魂の中へと流されていく。
結衣は瞳を閉じ、視線を自身の心の中へと向ける。
そこは魂の中に作られた東京の街……その上空に巨大な蛇亀が現れると、北の方角を目指して移動し、日光連山に着地する。
それと同時に、東海道に宿る白虎が走り出す。隅田川に宿る青龍が渦を巻く。
そして……お台場に宿る朱雀が、大きく翼を広げる。
四体の聖獣が四方に宿る……四神相応、結界が結衣の中の東京で完成した。
「成功したようだな……あとは四神に力を注ぎ、結界の強化を行っていこう」
痛みを堪え身体を起こした新田が結衣にそう告げると、閉じていた目を見開いた彼女はうん、と頷く。
新田に手を差し出され、結衣がその手を取り立ち上がった瞬間だ……声が響いたのは。
「ええい、役立たずめ……玄武! 天海僧正の命だ、そいつらを殺せ!」
同時に一枚の呪符が宙を飛び、玄武の額に張り付く。
すると動きを止めた玄武は、瞳の色を失ったかと思うと巨大な蛇亀の姿へと戻っていく。
「結衣、離れるぞ!」
慌てて結衣の手を引く新田……鬼灯に抱えられた獏も続き、山頂を離れた一瞬の後、玄武の巨大な脚が振り下ろされた。
「玄武が操られちゃったの!?」
「そうらしい……頭頂部の呪符だ。あれを何とかすれば解放出来るはずだ」
山のように巨大唯な玄武の頭頂部……向かうには一筋縄ではいなない。
だが、それでも何とかしなければ、そう結衣と新田は玄武に向かい合うのであった。