●第十三夜 玄武(その三)
謎の声に操られてしまった四神の一体、玄武……彼を解放するため、再びタッグを組んだ千紙屋の陰陽師見習い、
「鬼灯、獏を頼む」
地獄の獄卒である鬼女、
「乗るか、結衣?」
「うん! それじゃ鬼灯さん、獏ちゃんをよろしくね!」
任せとけ、と飛べない鬼灯は獏を担ぎ上げると、戦闘の邪魔にならない場所へと走る。
「さぁ、白虎よ……飛べ!」
新田と結衣、二人を乗せた白虎は、空中を踏むように駆ける。
「結衣、目標は玄武の頭頂部。張られた呪符を焼き切れ!」
白虎の背に揺られながら、玄武に向かう新田は太極盤を取り出すと木の術を使う。
「玄武は水神……結衣の朱雀とは相性が悪い。だから木の術でブーストを掛ける」
そう言って掛けたのは木属性……風神の術。風が結衣たちの背中を押すように吹く。
「凄い……力が湧いてくる!」
結衣の身体から炎が溢れる。まるで薪がくべられた窯のように、体内の炎が抑えきれない。
「これで対等になれば良いんだが……」
「ううん、ありがとう新田! よーし、行くぞっ!」
全身から炎を吹き出し、肩口から朱色の翼を伸ばした結衣は白虎の背を蹴り宙に舞う。
「よし。結衣、行ってこい! ……俺が玄武の目を引き付ける」
白虎の腹を蹴り、結衣を送り出した新田は一気に駆け出すと、玄武の眼前を飛び回った。
「土は水を堰き止める! それ相克也!!」
そう叫ぶと新田は土属性を与えた呪符を飛ばす。飛び放った呪符は巨大な蛇亀の体表で爆ぜ、玄武に苦しみを与える。
「どうだ、玄武! そうだ、こっちに来い!!」
与えられたダメージの怒りで盲目になる玄武は、新田しか見えなくなる……脚を踏み鳴らして彼に迫る。
「白虎、走れ走れ!」
新田を背に乗せた白虎は、追いつかれないように必死に駆ける。
「結衣、任せた!」
「任された!」
玄武と新田の追いかけっこ。それを上空にから眺めていた結衣は、朱色の翼を羽撃たかせて一気に降下する。
広い玄武の甲羅の上を滑るように飛ぶ結衣。
そんな彼女に、蛇亀である玄武の蛇が気付き、迎撃に現れる。
「また長い奴……! 玄武、痛いけど我慢してよね!」
現れた幾つもの蛇の頭を、結衣は炎を宿した唐傘で殴るように斬る。
だが相手は四神を護る聖獣の一体……いや四神獣と言うべきか。
その中でも山に宿り水の属性を持つ玄武は硬く、火属性の朱雀と相性が悪いのもあるだろうが、結衣の一撃を軽くはじく。
「新田、風を! もっと火力を!!」
「分った、木よ……風を起こせ!!」
攻撃を通すため、朱雀の火と相生関係にある木属性の援護を求める結衣に、その声を聞いた新田は彼女に風の後押しをする。
「よーし、力が湧いてきた! これならっ!」
迫る蛇の頭に、唐傘に朱雀の炎を乗せフルスイングする結衣。
打たれた蛇の頭は反対側に吹き飛んで行く。
「ホームランっ! 今日も結衣ちゃんは絶好調!!」
さあ、次は誰がホームランされたい!? そう結衣は蛇の頭へと向け翼を広げる。
蛇たちも只ではやられないとばかりに複数が同時に口を開き襲い掛かる……結衣は素早く避けると、青龍との戦いを思い出す。
「(あれがまた出来れば……傷付けずに無力化出来るかも!)」
そうと決めると蛇たちの間を縫うように飛ぶ結衣。追いかける蛇は気付かずに彼女を追う。
右へ、左へ、上へ、下へ……そして気が付いた時にはもう手遅れ。その長い胴体を絡まるようにもつれさせた蛇が、動けなくなり玄武の背中の甲羅へと落ちる。
「よしっ! 無力化完了! あとは……」
そう呟くと、大亀の頭を見る結衣。そこには一枚の呪符が張り付いており、それが玄武を操っているのだ。
「囮になってくれてる新田の為にも早くしないと……!」
結衣は再び朱雀の翼を羽撃たかせ、空中へと舞い上がる。
玄武本体は逃げ回る新田に集中しており、背後から迫る彼女に気が付いていない……結衣は唐傘を構え、その頭へと迫る。
「炎の……剣っ!」
朱雀の炎を切っ先に溜めた結衣は、唐傘を振るいその炎を飛ばす。
炎は尾を引き玄武の頭部へと目掛けて迸り……その札を焼いた。
立ち止まった玄武は天を仰ぐ……そして左右を見て、下を見て、踏み潰そうとしていた新田に気が付くとゆっくりと足を退ける。
『……我は何を!?』
「ふぅ、助かった……結衣、ナイス!」
玄武の足元から這い出た新田の言葉に、空中で結衣は短いスカートをはためかせながらぶいっとサインを決める。
「(ピンクのストライプ……お子様だな)」
ジーっと視線を向ける新田に不思議そうな顔をしながら、結衣はビューンと彼の元へと降下してきた。
「新田、新田! やっぱり私たちのコンビネーション、流石だと思わない!?」
「そうだな……あーもう抱き着くな! あぁ、分かったから首を絞めるな!! まだ身体が痛いんだからな!!」
嬉しさのあまりに抱き着いた結衣に新田が塩対応をすると、彼女は背後に回りグイっと首を絞めて来る。
背中に当たる柔らかな……柔らかな? 感触を感じつつも、それ以上に無理をさせた全身が痛いと新田は訴える。
そんな風に二人がじゃれていると、玄武は再び人型に姿を変え新田と結衣の前に立つ。
「すみません、朱雀の巫女よ、そして白虎の陰陽師よ……まさか我を操れる者が居るとは思いませんでした」
「そうだ玄武、大丈夫? 後遺症とかない!?」
心配そうに声を掛ける結衣に、玄武は大丈夫ですと返事をする。
強いて言えば……髪が絡まりましてね、とそう縺れた髪を見せる玄武。
結衣は、あー……あの髪が蛇だったんだ、そう焦った顔を見せると、鞄の中からブラシを取り出し玄武の髪の縺れを直していく。
「ごめんなさい、今直しますね」
「気にしなくても良かったんですが……」
人間もあやかしも関係なく扱う結衣に、髪をいい様にされる玄武の姿を微笑ましそうに見ていた新田は、それが一段落したのを確認すると真剣な表情をし、明後日の方向に声を張り上げる。
「出てきたらどうだ!? どうせ見ているんだろ、小名木!!」
新田の声が山々に木霊し四方に響き渡る……そして、それに答えるかのように、一反木綿に乗った小名木が姿を現すのであった。