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第十三夜 玄武(その四)

●第十三夜 玄武(その四)

 一反木綿に乗って空を飛ぶこなきじじいのあやかし……小名木。

 それに向かい、新田周平あらた・しゅうへいは声を上げる。

「よくも操ってくれたな、小名木!」

 千紙屋の客であった小名木、彼のことを新田は「小名木さん」と呼んでいたはず。

それが呼び捨てにして、しかも操っていたとは……芦屋結衣あしや・ゆいは驚きの目で二人を見る。

「いったい、何があったの?」

 そう呟くので必死な結衣に、新田は小名木の正体を簡単に話す。

「小名木……アイツは天海僧正の使いだ。今のあやかしの凶暴化、それも小名木の手によるものだ」

 また天海僧正……結衣はその名前を疑問に思う。

東京の……江戸の街を作り、徳川家康公を神に祀り上げ、そして四神を宿させた伝説の陰陽師。

 徳川家光公まで将軍家三代に仕えた、とまでは分っている。そして亡くなった筈……でもなんで今、天海僧正が?

 だがそれを聞くタイミングはきっと今ではない。なにせ、小名木はこちらを見て笑っているのだ。

「なんだその余裕は! ……まさか!?」

「そのまさか、ですよ……千紙屋の小僧ども。お二人が離れているから、余裕でした」

 そう言って現れたのは、地獄の獄卒である鬼女、鬼灯ほおずきと獏のあやかしである夢見獏ゆめみ・ばく……二人の額には札が張られ、瞳の輝きが消えている。

「さあ、今度は仲間同士で殺し合って頂きましょう……悪夢の中で」

 小名木のその言葉に、獏が能力を発動させる。それは夢の世界……結衣の中に出来た魂の東京に四人を落とす。

「いてて……ここは東京駅?」

 東京駅の赤レンガ駅舎。それを前に結衣は呟く。隣には新田と……向かいには鬼灯、そして獏の姿があった。

「お前らとやり合うのは、等活地獄での修行以来か……金棒もイメージ出来たし、本気で行くぞ」

 金棒を振り回しながら鬼灯が結衣たちに向けてそう告げる。

 獏も夢を操り、天候を操作すると雷雲を呼び雨を降らす。

「獏は夢のあやかし……夢の中なら、ボクは無敵なんですよ?」

「鬼灯、獏……ちょっと痛い目に遭って貰うぞ」

 やる気に満ちた鬼灯と獏の姿に、新田は古籠火と呪符を取り出し構える。

 結衣も手加減出来る相手ではないことは知っている……やるしかない、そう唐傘を取り出した。

「鬼は水に属する……土は水を堰き止める、これ相克也!」

 新田は呪符に土属性の力を込めると、結衣の唐傘に張り付ける。

 そしてさらに呪符を取り出すと、鬼灯に向かいミサイルのように撃ち放った。


 鬼灯の動きを止めるため、新田は鬼が水属性であることを利用し、相克になる土属性の呪符を放つ。

「呪符使いになるとはね……だが温い!」

 轟音を立て、金棒をフルスイングする鬼灯。巻き起こる風に新田が放った呪符は吹き飛ぶ。

「ふむ、やるな……だがここは夢の中。呪符のストックは無限にある」

 新田はそう言うと、再び呪符を放つ。それは先の十倍の量……夢の中と言う世界を活かし、彼は物量で攻める。

「結衣、鬼灯は俺が抑える……厄介なのは獏だ。彼女が起きている限り夢から脱出出来ない。……何とかしてくれ」

 頼んだ、そう新田に言われ、結衣は力強く頷く。だが、どうすれば洗脳を解けるか……獏の本体は、そして小名木に張り付けられた呪符は夢の外にあるのだ。

「新田、獏の属性は?」

「獏の属性は火属性だ……相克は水。呪符でのブーストはいるか?」

 鬼灯を近づけないよう呪符の雨で彼女を止める新田は、結衣の問いかけにそう答える。

 いや、火属性なら要らない……そう言うと、結衣は魂の中の朱雀を燃やす。

「獏ちゃん、ちょっと熱いけど……我慢してね!」

 不死鳥の炎が雨を蒸発させながら獏へと迫る。獏は雷を落としながら、迫る結衣を迎撃する。

「雷は、木属性は火を強化する! ……痛いけど痛くないっ!」

 落雷を受けるたびに痺れと痛みが全身を走るが、それ以上に炎属性の朱雀の力を強化する。

 全身から放たれる炎の威力が増し、まるで朱雀そのものになったかのような結衣は、唐傘を捨てると獏を抱きしめる。

「獏ちゃん……不死鳥の炎で、浄化してあげるね」

 ボーッと燃え上がる結衣と獏……獏は激しく燃える炎で魂まで浄化され、小名木の術から解き放たれる。

「……結衣、さん?」

「獏ちゃん、戻ったのね!?」

 魂の姿に戻った獏を結衣は抱きしめる。やがて彼女の腕の中で獏は自身の姿を取り戻し、結衣を抱き返す。

「終わったようだな……こっちも何とか片が付きそうだ」

「無限の呪符はズルいって……」

 鬼灯を呪符で動けなくした新田に、悔しそうな鬼灯が呟く。

 夢の世界、それを有効活用した新田の知略勝ちだろう。

「さぁ、起きよ!」

 結衣の言葉に、獏は魂を操作し目覚めさせる。

 そして目覚めた結衣たちは、自分たちが日光東照宮に居ることに気付いた。


「……今までの、ぜんぶ夢だったの?」

 気を失った日光東照宮、その御本社ごほんしゃの前へと戻り、思わずそう声を上げる結衣。

 ここまでのやり取りは全部夢だったのか、彼女は一瞬そう思う。

 だが、夢ではない。傍には結衣と、鬼灯と、獏と……そして新田が居た。

「新田っ!」

 泣きそうになりながら、新田に抱き着く結衣。

「そうだ、俺だよ……心配掛けたな」

 今度はポンポンと頭を撫でながら、新田は結衣を受け止めてくれる。

「心配……したんだよっ! 本当に、心配したんだからっ!!」

 泣きじゃくる結衣の姿に、ざわざわと周囲の人が集まって来る。

「すみません、大丈夫ですから……ほら、結衣。鬼灯も獏も、行くぞ?」

 新田はそう言うと結衣の手を引き、獏たちと共に境内を後にする。

 大鳥居で礼をする結衣は、徳川家康……東照大権現にお礼の言葉を告げる。

「(家康公、新田と合わせてくれてありがとうございます……玄武の力も借りれました。東京の街、護ってみせます)」

『江戸の街……頼んだぞ』

 結衣の言葉に、そう徳川家康公の声が脳裏に響いた気がした。

「またバスか……まあ、帰りは特急列車? だろ、それだけは楽しみだな」

 西参道入り口のバス停で、鬼灯は東武日光駅までのバスを待ちながら複雑な顔を浮かべる。

 鬼灯の巨体でバスの席はツラい。だが特急列車は中央のひじ掛けが上げられるため、二席で座れる。

「混んでなければね、始発だから座れるとは思うけど……そう言えば新田、天海僧正って結局何者なの?」

 そんな鬼灯の姿に苦笑した結衣は、そう言えばと新田に問う。天海僧正……彼は一体何者なのか、と。

「天海僧正は……いや、今は止めにしよう。バスや電車の中で話していいことじゃない」

 そう新田の目には、東武日光行きのバスがやって来るのが見える。

「さぁ、鬼灯さん。覚悟を決めて下さいね?」

 獏が楽しそうに鬼灯に語り掛ける……恨むぞ、と言う目を向けながら、巨大な身体を開いた入り口ドアにねじ込んでいく。

「……結局、小名木には逃げられたな」

 バスの席に座った新田は、窓の外から男体山を眺めながら悔しそうに呟く。

「小名木さん……それに天海僧正。新田に何があったのか、何を見たのか……帰ったら聞かせてね」

「あぁ。知った情報は共有するよ……いや、これは結衣が聞かなきゃいけないことだ。だが、すべては千紙屋に戻ってからだ」

 新田はそう言うと、結衣の頭を撫でる。もうどこにも行かないよ、そう語り掛ける彼の腕を、結衣は楽しそうに取るのであった。


「新田君の星が戻りましたか……だが大きい吉兆の波が迫っています。果たして乗り越えれるか……」

 秋葉原の雑居ビル。その屋上で千紙屋の主である平将門(たいらのまさかど)は星を視る。

 天空には結衣の星と新田の星。それが眩しく輝いている。だが、その星を覆い被すような波が迫っている……それが良い物か悪い物か今は分からない。

 だが、二人ならきっとどんな大波でも乗り越えられるだろう……そう将門は信じるのであった。


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