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第二十七夜 土蜘蛛(その四)

●第二十七夜 土蜘蛛(その四)

 寛永寺の上空に辿り着いた芦屋結衣あしや・ゆい新田周平あらた・しゅうへいの二人は、そこが円形に抉り取られているのを見る。

「酷い……」

「あれはブラックホールか……小名木の奴、生きていたのか」

 ゆっくりと全体を見回しながら降下していく二人は、境内に座り込んでいる等活地獄の鬼、鬼女の鬼灯ほおずきの姿を見付けると地上に降りて声を掛ける。

「鬼灯、小名木がやったのか!?」

「あ、ああ、新田と結衣か……見ての通りだ、やられたよ」

 新田の呼びかけに、落胆した表情を見せる鬼灯……だが今彼女を責めても仕方がない。

 まずは小名木の行方を聞かなくては。

「その小名木は何処へ行ったの?」

「わからん……全力で殴った感触はあったんだがな、気付いたら居なかった」

 鬼の全力で殴られれば、相当なダメージの筈だ……そうそう遠くには逃げれないはずだとは思うが、なんせ小名木は石の、こなきじじいのあやかし。姿を変えて潜まれては分からない。

 そんな時だ、新田のスマートフォンが着信を告げたのは。

『もしもしっ! やっと繋がった! 新田さん、結衣さん、無事ですか!?』

 スピーカーの向こうから聞こえたのは、新宿駅で別れた蛇迫白じゃさこ・しろの声……安心したような彼女の声の向こうから、猫野目そらねこのめ・そらの声も聞こえる。

『白にゃん、新田のご主人様たちと繋がったのかにゃ!? 聞こえてるかにゃー!』

「ああ、聞こえてるよ、白さん。そらさん。そっちはどうですか?」

 賑やかな声に新田は一時の清涼感を得て、思わず空を見上げる。

「(……こんなに雲が濃かったかな?)」

 そんなことを思っていたところ、スピーカーの向こうからは大変なんですと声が響いた、

「どうしたんですか? なにかありましたか!?」

 思わず現実に戻された新田が、結衣たちにも聞こえるようにスピーカーフォンに切り替えながらそう尋ねると、白は焦ったように新田に告げる。

『実は……ユキさんと獏さんが行方不明なんです!!』


 それは、少し前に遡る。

 秋葉原駅前に出来た避難所で働いていた白とそらであったが、カレーや飲料水を配り終え、一段落した時のことだ。

「ユキさん、獏さん、お待たせ……あれ?」

「白にゃん、どうしたのかにゃ?」

 待ち合わせ場所に居る筈の雪芽ユキゆきめ・ゆき夢見獏ゆめみ・ばくの姿がないことに気が付いた白は、そらと一緒に避難所を探し回る。

 だが二人の姿は避難所にはなく、念のため『千紙屋』のある電気街裏の雑居ビルも調べてみたが痕跡はなし。

 避難所に戻った白とそらは聞き込みをしてみると、お坊さんのような人が二人を連れて行ったと言うではないか。

「それで、どっちの方角に連れて行かれたかは分かったのか?」

 新田の問いかけに、白は西の方と告げる。秋葉原から西と言えば……ここまでくると一か所しか想像つかない。

「神田明神か……!」

 三重の東京結界、その最内側に当たる江戸城の結界。江戸城……皇居自体は残っているが、結界の柱となる鬼門を護る寛永寺、神田明神。裏鬼門の日枝神社。そしてエネルギー源である増上寺……そのうち、寛永寺、日枝神社、増上寺が破壊された。残るは江戸総鎮守である神田明神だけ。

 ユキと獏、二人が東京の破壊を試む天海僧正の手の者に攫われたのであれば、連れて行かれる先は神田明神であろうことは想像に難くなかった。

「白さん、それにそらさんも……俺たちは神田明神に向かってみます」

『それなら私たちも行ってみますね! 避難所も落ち着いて来ましたので、大丈夫かと思います』

 新田の声に、白はそう告げる。新田は悩む……確かに白とそらが合流すれば、彼女たちの安全を護れる。

 だが同時に護るのに人手を割かないといけない訳で、新田は結衣と鬼灯を見る。

「大丈夫だ。あの二人はあたしが面倒みるよ」

 不安気な新田のその視線に、鬼灯がそう答えるとガッツポーズをしてみせる。

 それを見て、新田は意を決する。

「分かりました。ですが、神田明神へは鬼灯さんと先に合流してから向かって下さい。俺と結衣は先に向かいます」

『わかりました。新田さんも無理しないで下さいね!』

 そう言って通話は切れる。白との電話を終えた新田は、スピーカーを通して聴いていた結衣と鬼灯に改めて状況を説明する。

「と、言う訳でだ……俺と結衣で先に神田明神へ向かう。鬼灯には秋葉原まで白さんとそらさんを迎えに行ってもらいたい」

「ん、分かった」

「了解だよ! ボディーガードって奴だな。新田の愛しのお嬢様方の安全は、しっかりと御守りするぜ?」

 誰が愛しのだよ……と新田はぼやきながら、結衣へと向き直す。

「連戦になると思うが、霊力は大丈夫か?」

「んー、そうだね……腹八分目、までは行ってない感じかな? でも将門社長のお札で結構回復したよ!」

 結衣の霊力の源は魂に宿る朱雀なのだが、東京に流れ込む霊脈の一部が小名木たち天海僧正の手の者によって寸断され、東京の守護獣たる朱雀もまた最低限の霊力回復しか出来なくなった。

 結衣もその影響を受け、自力での回復が間に合わなくなり、毎日霊力に余裕のある新田の霊力を分けて貰っていた。

 だが、秋葉原から始まる一連の事件で霊力が底を尽きかけ、窮地に追い込まれる。

 そんな時、『千紙屋』の社長である平将門たいらのまさかどから以前預かっていた霊力回復の札の存在を思い出した結衣は、それを使い霊力を回復し危機を乗り越えることが出来たのだ。

 しかし、皇居の地下を出てから、芝公園でも長時間の激しい戦いが続いた。そのため新田は結衣の残る霊力を心配したのだ。

「なら大丈夫か……それじゃあ、神田明神までお願い出来るか?」

「私はタクシーじゃないんだけどな……仕方ない。超特急で飛ばすから、しっかり掴まってよ?」

 結衣は新田を背後から抱えると、朱雀の翼を広げ、大きく羽撃たかす。

 ぶわ、ぶわっと繰り返されるたびに身体が宙に舞い上がり、眼下に見える家々が小さくなった頃、今度は前へとその推進力を向けた。

「頑張って来いよー!」

 その巨体が豆粒のように小さくなりながら、鬼灯が新田と結衣に向かい大きく手を振る。

 こくんと頷くと、結衣は一気に翼で空を力強く打ち、加速を始めた。


 江戸総鎮守。神田明神……その境内では、この神社の守り神である平将門と、黒い影のような者が斬り結んでいた。

「どうした、将門……手を出さないのか? まあ、出しても良いが、その時は……のう?」

「くっ! この卑怯者めっ……!!」

 だが様子がおかしい。光の剣を構えた将門は防戦一方で、影の男に好き勝手に攻められている。

 朝廷を震撼させた武の神が一体なぜ……その答えは、境内の片隅にあった。

「社長、ボクたちのことは良いですから……戦って下さい!」

「そうです、どうせ私は一度死んだ身……悔いはありません!」

 境内の隅で妖力封じの縄で縛られているのは、雪芽ユキと夢見獏の二人。

 そして彼女たちを抑えるように、刃を持った半魚人が立ち塞がる。

 彼女たちの首筋には、何度も暴れたのであろう……刃に触れて出来たと思われる赤い線があった。

 しかし、妖力封じの縄の力は強大で、彼女たちの力を封印し抜け出す力を与えない。

 あやかしとしての力を封印されれば、ユキと獏の二人は見た目通りの小学五年生程度の力しか出せない。

 だから、唯一動く口を動かすしかなかった。

「卑怯ですよ! 私たちを騙すだなんて!!」

「なんとでも言うが良い……今の将門を討つにはこれが最善手。神になって甘くなったものだ!」

 影はユキの言葉を嘲笑うかのように剣を振るう。確かに東京守護の神となった平将門は、あやかしとは言え東京の住民であるユキたちを見捨てることなどできない。

 それで不利になると分かっていても……だ。

「天海僧正の姿を見破れなかったボクたちが悪いんです! 社長、戦って下さい!!」

 涙ながらに獏は訴える。そう……二人を騙し、ここに連れて来たのは天海僧正その人。

 僧が神社に呼ぶこと自体がおかしいことに気付けば良かったのだが、地震や新宿駅の大破壊の直後と言うこともあり、二人とも何故か信じてしまった。

 東京結界、最後の砦として、神田明神の神として、待ち構えていた将門であったが、二人を人質に取られてしまい、一方的な戦いを強制されてしまったのだ。

「反撃しても良いのだぞ! その瞬間、神としての権能を失うがのぅ!?」

「……私は信じています。奇跡が必ず訪れると……その時があなたの最期の時です。覚悟してなさい!」

 黒き影が振るう刀を光の剣で受け止める将門。彼が待っているのは勿論、新田と結衣の二人だ。

 二人がくれば状況が変わる。それは神託と言っても良いほどの確信。

 だが、その前に彼らの前に現れる者が居た。

「おやおや、やってますね……」

「遅かったじゃないか、小名木よ!」

 ……神田明神に先に現れたのは、こなきじじいのあやかし、小名木であった。

 その顔面は砕け、両腕は石で作った義手になっても、なおまだ天海僧正に忠義を尽くす。

「小名木……あなたが先に来たと言うことは」

「ええ、ご想像の通り……残る東京結界はここ、神田明神だけです」

 そう言って取り出したのは、黒いビー玉状の呪具……そう、ブラックホールを生み出す呪具だ。

「小名木! 神田明神を破壊し、百鬼夜行を起こせ!!」

「仰せのままに……全ては天海僧正のため!」

 黒いビー玉状の呪具、ブラックホール弾を指弾で撃ち出す小名木。その狙いは正確無比に朱色作りの御神殿へと放たれる。

「ええぃっ!」

 その一撃に、将門が飛び出そうとするが、黒い影が刃を振るいその脚を止める。

「ふふはははっ、東京が滅びる様をそこで大人しく見ていろ! 平将門!!」

 黒い影が吼える……そして、御神殿が黒い球体に飲み込まれる。

「ああっ……」

「そ、そんな……」

 見ていることしか出来なかったユキと獏が声を上げる。

 同時に苦しみ出す将門……力の大元である神田明神を失ったことで、現実世界に降臨する力を失いかけているのだ。

「小名木! 我はこれより百鬼夜行の準備に入る! 邪魔させるでないぞ!!」

「はっ……!」

 黒い影が小名木に告げると、ブラックホールで抉られたクレーターの中心で影は術を唱え始める。

 江戸城の丑寅……鬼門に位置する神田明神は、邪成る者の侵入を喰い止める役目を持った、言わば地獄の蓋。

 それを影……天海僧正は抉じ開けようとしているのだ。

「……と、言うことですので、邪魔しないで頂きましょう。千紙屋の新田、そして朱雀の巫女よ」

「気付いていたのか……結衣、頼む」

 同時に空中から新田が降り立ち、小名木の前に立つ。

「オーケー……白さん、獏ちゃん、もう大丈夫!」

 新田を降ろしたあと、浄化の剣を手に急降下した結衣は、驚く半魚人を一刀の元に斬り捨て、そのあやかしの力を封印する縄を焼き切る。

「結衣さん! それに新田さんも……将門社長が!」

「わかってる……新田!」

 二人を避難させながら、結衣は新田の方を向く。そこでは小名木と向かい合う新田がにらみ合っていた。

「随分と良い顔になったじゃないか……何処で整形してきたんだ?」

「ふふっ、あなたこそ……少しやつれたんじゃないですか? いや、変わりませんか……失礼失礼」

 人質はもういない。だが将門は動けない……ならば小名木を止め、天海僧正を止め、百鬼夜行を防ぐと言う簡単な図式。

 一方の小名木も、天海僧正が百鬼夜行を起こす、その邪魔をする千紙屋を止める……これまた簡単な答え。

 どちらも眼前の相手をまず倒す……そして新田と小名木は、同時に動き出した。

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