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第二十七夜 土蜘蛛(その三)

●第二十七夜 土蜘蛛(その三)

 寛永寺……徳川家の菩薩寺であり、江戸城の鬼門を護るべく江戸の街を作り上げた天海僧正により据えられた仏閣。

 その存在意義は、江戸城、今の皇居に結界を張ると言うこと。

 東京の街に施された三重の結界。朱雀、玄武、白虎、青龍による四神結界。山手線・中央線を利用した仏の手結界。そして残る最後の一枚が江戸城の結界である。

 この結界は鬼門を護る寛永寺、神田明神、平将門たいらのまさかどの首塚。そして裏鬼門である日枝神社によって構成されている。

 しかし天海僧正の配下、こなきじじいのあやかしである小名木の手下によって将門公の首塚は破壊され、それにより復活した日枝神社が壊されてしまっていた。

 残る神社仏閣にエネルギーを供給しているのは徳川家の菩薩寺である増上寺。

 しかし、増上寺もまた土蜘蛛の襲撃を受けている真っ最中であった。

「くっそ、炎の白虎よ! アイツを炎で叩き落とせ!!」

 増上寺のある芝公園。破壊された東京タワーの麓で、蜘蛛の糸を伸ばし風に乗る大妖怪、土蜘蛛は、地面を這いつくばるように走る『千紙屋』の新田周平あらた・しゅうへいに向かい、鬼の口から粘着弾を放つ。

「そのまま逃げてて! 増上寺に行かれるとマズいんでしょ!?」

「まあそうなんだけどさ、飛べないこっちは辛いんだよっ!!」

 新田の上空を飛ぶのは土蜘蛛だけではない。千紙屋の同僚であり、同じ見習い陰陽師。そして東京結界を構成する四聖獣が一体、朱雀の力をその身に宿し女子高生……芦屋結衣あしや・ゆいが赤いセーラー服の短いスカートをはためかせながら朱雀の翼を肩口から伸ばし飛んでいた。

「新田が的になってくれるから……こっちは攻撃し易い!」

 朱雀の力で式神である唐傘お化けを浄化の剣に変化させた結衣は、その切っ先に炎を纏わせ土蜘蛛の虎の胴体を斬る。

 土蜘蛛も結衣に向かい蜘蛛の脚を伸ばすが、素早さで勝る彼女を捕まえることは出来ない。

「結衣! 土蜘蛛の尾から出てる糸を斬るんだ! それで奴は地上に落ちる!!」

「わかった! 地上に堕とせばいいんだね!!」

 空中戦では不利だ……せめて同じ土俵に立たなくては。そう告げる新田に頼まれ、結衣は土蜘蛛の尻から出る伸ばされた蜘蛛の糸を切断する。

 すると風を掴むことが出来なくなった土蜘蛛は、その巨体を芝公園のホテルに激突させながら大地へと落下した。

「結衣……落とす場所も考えろ!」

「ごめーん! でもほらこれで、地上で戦えるよ!?」

 確かにそうなのだが……だがホテルの真上に落とすことはないだろう。そう告げる新田に、結衣は笑ってごまかす。

 土蜘蛛はバラバラと落ちる残骸を掻き分け、その巨体を瓦礫の山から起こした。

 ……幸いだったのは、土蜘蛛が芝公園で暴れ始めた間に、ホテルの宿泊客や従業員は全員避難が済んでいたこと。

 おかげでホテルが倒壊すると言う大惨事が起こっても、死傷者は出なかった。

「さて……地上に落ちればこっちのもんだ。白虎よ、飛び掛かれ!」

 唸り声を上げ、炎の白虎がその巨体を疾走させる。まるで風のように走る白虎は、炎の尾を引きながら全身を脈動させた。

「新田! 土蜘蛛が動くよ! また口から粘液弾を放つつもりっぽい!!」

 空中にいる結衣が、新田が見えない視点から情報を送ってくれる。頷いた新田は、白虎に左右に移動しながら土蜘蛛に迫るように命じる。


 土蜘蛛の化身に歯が立たず、泣いたのは何時だっただろうか。

 結衣と出会って半年と少し……まだ一年経っていない。

そんな短い間でも共に笑い、共に泣き、地獄での修行も一緒に乗り越えた。

 新田はフッと笑みを漏らす。伝説の大妖怪、土蜘蛛相手でも冷静でいられる。

 こんなに自分が……自分たちが強くなれるなんて、思いもしなかった。

 だが、それも結衣が居たから……決して口にはしないが、感謝している。そう心の中で呟くと、新田は炎の白虎に攻撃を命じる。

「白虎! 炎の爪で斬り裂け!!」

 新田のその声に、炎の爪を燃やし、炎の白虎が土蜘蛛へと襲い掛かる。

 同時に上空では、結衣が炎の剣を持ち、構えを取る。

「新田の攻撃に合わせて……いくよ、天裂剣舞!」

 結衣は朱雀の翼を広げ羽撃たくと、その翼から生み出される烈風に乗せた無数の回転する炎の塊を放つ。

 それは彼女の意のままに操られ、上空から土蜘蛛の身体へと撃ち放たれる。

「(新田との呼吸も本当に合うようになった……大妖怪相手でも、こんなに戦いやすいとは思わなかったよ)」

 新田との出会いは最悪であった。あやかしに操られていると思い助けようとしたら、逆にのされてしまった。

 それからは美人に鼻の下を伸ばす彼をしばいたり、意見がぶつかったりしたこともあった。

 それが今では、何も言わずに連携を取れるようになった。必要不可欠な存在になったのだ。

 勿論、彼のことが好きと言う感情があるのは自覚している。だがそれ以上に相棒……不可侵のパートナーとして、新田のことが必要であった。

 この先何があっても、どこまでも一緒に居たい……今の彼女はそう願っていた。

「いいぞ、結衣! そのまま上から抑えつけろ!!」

 新田の言葉で胸がときめく。そのときめきを胸に、結衣は炎を発する。

「うん、任せてっ!」

 凶悪な伝説の大妖怪、土蜘蛛が相手であっても怖くない。

 二人のコンビネーションは、怖いくらいに完璧であった。


 一方、寛永寺では、鬼女の鬼灯が小名木と戦っていた。

 廃材を投げる鬼灯、それを迎撃する小名木。状況は一見鬼灯の有利に見えていた。

「(……おかしい、何か余裕がありそうだな)」

 鬼灯がそう考えるのも無理はない。小名木の顔はどれだけ激しい攻撃をしても涼し気なまま……実際は石になれるこなきじじいのあやかしである彼の能力を使い、表情筋を石にし、冷静な表情で固まらせているだけなのであるが、戦闘中の鬼灯には分からない。

 幾らせめても変わらぬ表情に、何かあると勘ぐっても仕方あるまい。

 疑心暗鬼に陥らせることに成功した小名木はと言うと、一発逆転の手段を計っていた。

「(鬼女の運動量……スピード……これは計り知れないものがある。だが、それを止めれたなら……抜けるか?)」

 気付かれないようにブラックホールを生み出すビー玉状の呪具を取り出す小名木……呪具の数も残り少ない。

ここで決めねば、天海僧正に合わせる顔がないと覚悟を決める。

「鬼よ、ここで決めるぞ!」

 先に動いたのは小名木であった。彼はそう鬼灯に宣言すると、彼女の身体に呪を掛ける。

 こなきじじいの力は、石になり、質量や重量を操る力。それは他者へ掛けることも出来る。

 今行ったのは、鬼灯の体重を百倍にする術……頑強な鬼である彼女はそれでも耐えるが、十トンの重さは流石の鬼女も動けなくなる。

「な、なにを、する、気だ……」

「なに、こうするんですよ!」

 小名木の弱点、それは一つの物しか重力などの操作が出来ないこと。ブラックホールを生み出す呪具を操れば、鬼灯の体重操作が解除される。

 だから、鬼灯を動けないようにしてから、その間に呪具を発射する……それも複数同時に。

「こ、このぉっ!」

 廃材を担ぎ、それでも呪具を幾つか叩き落す鬼灯……だが、大きく弧を描き、彼女を交わすように抜けたブラックホール弾が境内に入ったことを確認した小名木は、術を切り替える。

「小名木ぃぃっ!!」

 体重操作が解除された鬼灯が拳を振り上げながら、まさに鬼の形相で駆ける。

 呪を発動される前に、小名木を倒せば呪具はただのビー玉……だが、その拳が小名木の顔面を捉えるより一瞬早く、彼の呪が発動した。

「……間に合わなかったか」

 小名木を殴り飛ばした鬼灯が振り返ると、そこではブラックホールに飲まれ円球状に空間が空いた寛永寺の姿。

 もう、これでは結界の礎たる意味はないだろう。

「ちっ、やられた……」

 向きを直すと吹き飛ばした筈の小名木の姿はない。鬼灯は悔し気に空を見上げる。

 何時の間にか暗雲が垂れ込み、東京の空を暗く覆っていた。


 同時刻、芝公園では土蜘蛛の様子が変わっていた。

 まるで何かから解放されたように力強くなり、組み突いていた白虎を軽く払いのける。

「なに、急に強くなった?」

 その土蜘蛛の姿に、上空から炎を放っていた結衣が不審の声を上げる。

 それは新田も炎の白虎を通じて感じていたのか、嫌な予感を感じていた。

「ひょっとしたら、土蜘蛛を抑えていた残りの結界のうち、何処かが破壊されたか……」

 小名木は封印の間が崩落したことで死んだと思っていたが、まさか、生き残っていた……そして残る結界を破壊したのではないか、そう新田は思う。

「兎に角、増上寺を護らないと!」

「あぁ、これ以上破壊はさせない!!」

 結衣と新田はそう告げると、空と陸から土蜘蛛に襲い掛かる。

「おぉぉぉっ! 鳳凰閃光剣!!」

 そう叫んだ結衣は、朱雀の力を手にした剣の切っ先に集め、全身を炎で覆うと自らを鳳凰と化す。そしてそのまま土蜘蛛目掛けて羽撃たき、一気に斬り裂こうとした。

「くっ、き。効かない!? さっきまでは通じたのに!!」

 土蜘蛛の鬼の顔……その額に向け放たれた鳳凰の一撃。しかし、その剣先は僅かに傷を付けたのみで、それ以上刃は進まない。

「結衣、どくんだ! 炎の白虎よ、その爪で斬り裂け!!」

 新田の声が響くと同時に、結衣は一気に頭上に飛ぶ……入れ替わりに炎の白虎が、土蜘蛛に負けないその巨体から炎の爪を繰り出すが、やはりその爪は土蜘蛛の体表で弾かれる。

「くそっ、止まらない!」

 土蜘蛛は白虎を抑えると、そのまま引き摺るように増上寺へと向かう……ズリズリと土蜘蛛に炎の白虎の巨体が引き摺られ、巨大な跡が増上寺へと向かい一直線に伸びる。

「結衣、白虎ごと撃て! 炎で出来ているからお前の攻撃は吸収出来る!!」

「了解っ! 最強の技で行くよっ! 不死鳥よ、羽撃たけ……鳳凰剣舞っ!!」

結衣は全身に朱雀の力を高めると、無数の不死鳥を周囲に生み出す。

そしてその不死鳥を一斉に土蜘蛛に向かって放った。

「どうっ!?」

 彼女の視線の先では次々と命中する不死鳥たちの姿……爆発し、煙に紛れ、土蜘蛛の拘束を解いた白虎が走り出す。

「やったっ!」

「気を抜くなっ! ……だが、よくやってくれたな」

 喜びの声を上げる結衣に、新田は気を抜くなと声を飛ばす……だが、おかげで白虎の拘束が解けた。そのことを褒めるのも忘れない。

 そして煙が収まると……そこには蜘蛛の糸で繭を作った土蜘蛛の姿があった。

「繭……?」

「変身……するのか!?」

 驚きの声を上げる結衣と新田の前で、繭の背が割れる。そこから現れたのは、より鋭くなった鬼の顔と逞しくなった虎の胴、そして蜘蛛の脚と……朱色の鳥の翼を持った土蜘蛛の姿であった。

「……結衣の不死鳥を、食べたのか!?」

「そんな……!」

 バッサバサと朱色の翼を羽撃たかせた土蜘蛛は、ふわりと宙に舞う……そして一気に加速すると、結衣へと迫る。

「結衣、逃げろっ!」

 新田が叫ぶ……その声と同時に、結衣も朱色の翼で空を打ち加速する。

 芝公園の上空では、逃げる結衣と追う土蜘蛛による空中戦が始まる。

 新田は結衣を援護すべく、炎の白虎に火炎球を吐かせるが、素早く位置を変える土蜘蛛にはなかなか命中しない。

「くっ、なんとかして援護しないと……」

 新田は考える。飛んで動いている的に当てるのは難しい。なら向こうから当たりに来てくれれば……!?

 そう思いついた彼は左右を見渡す。丁度、先程土蜘蛛が墜ちたホテルの中央が崩れていたのを見つけた新田は、その先へと白虎を走らせると結衣に向かって叫ぶ。

「結衣! ホテルを潜って隠れろ! あとは任せろ!!」

「わ、分かった! ホテルに潜ればいいんだね!!」

 新田の声に、結衣は大きく旋回すると崩れたホテルへと針路を取る。真後ろにはピッタリと土蜘蛛が付いて来て、引き離そうにも離れない。

 そんな結衣の視界に、ぐんぐんとホテルが近付いてくる……崩れたホテルの鉄骨を潜ると、彼女は言われた通りに地面に向かいハードランディングした。

「頼んだよ、新田っ!」

「任せろっ……白虎よ、炎を吐きまくれっ!!」

 結衣の後ろを付いて来ていた土蜘蛛の巨体は、ホテルの残骸に挟まってガクンと動けなくなる。

 そこに新田が炎の白虎に命じ、火炎弾を只管に放つ。

 また繭に籠って進化させる暇など与えない。この場で焼き尽くすとホテルごと土蜘蛛を燃やし尽くそうとする新田の勢いに、土蜘蛛から悲鳴のような声が上がる。

 それでも、土蜘蛛は諦めないのか……脚の一本をミサイルのように新田へ向かって放った。

「新田、危ないっ!」

 交わしようがなく、直撃を覚悟した新田……それを救ったのは結衣だった。

 間一髪で彼を抱き上げ、空中へと飛んだ結衣の腕の中で、新田はホッとため息を漏らす。

「助かった、結衣……まさか、あんな行動に出るとは」

「ううん……やられたよ、後ろを見て」

 結衣のその声に、背後を振り向く新田。そこには、増上寺に突き刺さり、結界を砕いた蜘蛛の脚。

「土蜘蛛の狙いは俺ではなく、最初から増上寺だった……と言う訳か!」

 悔しそうに拳で膝を打つ新田。倒れた土蜘蛛はサラサラと消えていく……それを見て、結衣は新田に告げる。

「でも土蜘蛛は倒したよ……これで東京は大丈夫なんだよね?」

「……正直分からないな。日枝神社、増上寺の結界が破られた。残る寛永寺と神田明神が無事なら良いんだが」

 それじゃあ、まずは近い寛永寺に行こうと結衣は朱雀の翼を羽撃たかせる。

 そこが破壊されていることも知らずに。

 暗雲は、どんどんと濃くなっていった。

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