●第二十七夜 土蜘蛛(その二)
徳川家の菩薩寺、増上寺のある芝公園では復活した大妖怪、土蜘蛛と、そして皇居の鬼門に当たる寛永寺では天海僧正の配下であるこなきじじいのあやかしである小名木が、それぞれ『千紙屋』の
「結衣、これ以上奴にエネルギーを吸われる訳にはいかない……奴の巣を破壊するぞ」
「それは分かるけど……でも、どうやって?」
芝公園……東京タワーに巣を作った土蜘蛛は、パワースポットである増上寺と隣接する国道一号線……東海道から白虎のエネルギーを吸い上げていた。
ただでさえ凶暴凶悪な土蜘蛛を、これ以上強化されては堪らないと新田は告げる。
しかし、迂闊に近づけば蜘蛛の巣に取り込まれ、エネルギーを吸収されてしまう……問題は巣の壊し方。それを尋ねる結衣に、新田は秘策があると告げる。
「東海道の力を得て巨大化した炎の白虎……多分、古籠火の力も乗せられるんじゃないかと思う」
「古籠火の?」
古籠火とは、新田の式神。石灯籠のあやかしであり、灯りの部分から火炎を吹き出すことが出来る。
今は新田の家に伝わる呪具であり、白虎の力を宿す白虎の牙と共に、新田のスマートフォンの携帯ストラップに化けているのだが……その二つの力を合わせようと言うのだ。
「あぁ……今なら出来る気がする。古籠火よ……その力を、炎の白虎に!」
そう言いながら新田は古籠火と白虎の牙を合わせて術を唱える。
すると白虎の牙と古籠火が光り輝き、一つになる。
「よし……いくぞ! 炎の白虎よ、火炎を吐け!!」
古籠火の能力を受け継いだ炎の白虎は、その命令に口を大きく開けると大火球を吐き出す。
『炎……防グ』
土蜘蛛に向け、次々と炎の白虎から吐き出された火球が迫る。尻を向け、防御態勢に入る土蜘蛛に、結衣が飛び掛かる。
「糸は吐き出させない! 炎の剣っ!!」
朱色の朱雀の翼を大きく二度三度と羽撃たかせると、一気に加速した結衣は翼をたたみ弾丸のように飛ぶ。
そして朱雀の力で炎を纏った浄化の剣へと変わった式神の唐傘お化けを、糸が吐き出されるタイミングで焼き切る。
「ナイスだ、結衣!」
「えへへっ、褒められちゃった!」
嬉しそうに笑う結衣に向け、親指を立てる新田。白虎の吐き出した火球は、土蜘蛛の虎の胴体に命中する。
「よしっ! そのまま巣を燃やし尽くせ!!」
大火球で吹き飛ばされる土蜘蛛が巣から離れたのを見た新田は、今度は巣を焼き払うために炎のブレスを吐かせる。
「東京タワー……行きたかったなぁ」
巣の一部にされ、燃える炎で崩れる東京タワーを見て、結衣は残念そうに呟く。
「だが……これで増上寺と白虎の力を吸い上げられなくなった。だろ、白虎?」
新田が炎の白虎を振り返ると、満足そうに頷く。
だが、それは戦いの終わりを示す物では無かった。
『我が巣ガ……オノレ、オノレ……!』
「いっちょ前に怒ってやがる……白虎、大火球だっ!」
怨嗟の声を上げる土蜘蛛に向けて火球を再び放てと、新田は炎の白虎に命ずる。
それに応えるように白虎は火球を放つのだが……怒りに燃える土蜘蛛は、蜘蛛の脚で器用に飛び跳ねると糸を垂らして空を飛ぶ。
その際に、鬼の顔に付いた瞳でギロっと新田を見るのを忘れない。
「……怨み、買ったみたいだね」
「そうみたいだな……安売りはした覚え、ないんだけどな」
覚悟するように告げる結衣の言葉に、新田はぽりぽりと頬を掻く。
いや、巣を燃やした時点で充分喧嘩売ったからね、と結衣が突っ込むと、それもそうかと新田は納得する。
だが、これで標的が増上寺から新田に移ったのは、幸いと言えよう。
増上寺を破壊されれば、東京の結界はまた弱くなる。ただでさえ弱っている東京の守護結界を、これ以上弱らす訳にはいかないのだ。
「行くぞ、結衣……
「わかったっ!」
空に浮かぶ土蜘蛛に向け二人はそう言い合うと、火球と火の矢を放ち撃ち落とそうとする。
そしてもう一方の戦場である寛永寺では、鬼灯と小名木のにらみ合いが続いていた。
「そろそろ止めにしませんか……? いい加減、後ろの寺を壊させてください」
「そっちこそ、そろそろ弾切れなんじゃないか? 良いんだぜ、諦めて帰って貰っても」
小名木の言葉に、鬼灯は笑いながら返す。だが、弾切れが近いのは鬼灯も同じ……彼女の力に耐える、用意出来た廃材は残り僅か。
これを使い切れば、あとは自らの四肢でぶつかるしかない。
「(痛いのは勘弁なんだが……そうも言ってられないみたいだな)」
ふう、とため息を漏らしながら、鉄骨を掴む鬼灯。その姿に、小名木は微笑む。
「お疲れでしたか? なら、休んで頂いても構わないですよ……その間に、私は仕事を済ませますので」
そう軽やかに告げる小名木に、鬼灯は皮肉で返す。
「なに、攻撃が温すぎて眠くなってきたところだ……もっと早く出来ないのかい?」
そう言われ、小名木は思わず笑いだす。釣られて鬼灯も笑う……そしてどちらかともなく笑い声は止んだ。
「さぁて、ケリを付けるかい、小名木の旦那?」
「そうしましょう……いい加減、あなたに関わるのはうんざりです」
それはこっちの台詞だ、と鬼灯が告げると、小名木は肩を竦める。そして、ブラックホールを生み出す漆黒のビー玉状の呪具を取り出す。
「それでは、まずはおさらいと行きましょう」
そう言い、小名木は指弾でビー玉を弾く。音を越える速さで放たれたブラックホール弾が、ブラックホールに変わる直前、鬼灯が持った鉄骨が全力で振られ叩き壊す。
同時に鬼の力と呪具の霊圧に耐えきれなかった鉄骨は砕け、粉砕される……鬼灯はポイっと砕けた鉄骨を捨てると、地面に突き刺していた次の廃材を手に取る。
「さて、やはり埒があきませんね……二発同時だとどうでしょうか?」
左右に一発ずつ、呪具を持った小名木はほぼ同時にそれを指弾で放つ。
鬼灯は気付いていないが、ブラックホールに出来るのは一度に一発まで……片方は囮と言う訳だ。
そうとは知らない鬼灯は、二本の鉄材を同時に振るい二発とも叩き壊す。そして直ぐに次の廃材を掴み上げ、続く攻撃に備える。
「それでは、スピードを上げていきますよ……付いて来て下さいね?」
そう告げた小名木は、まるでマシンガンのようにブラックホール弾を連射する。
廃材を背に、鬼灯は次々と放たれる呪具を叩き潰していく。
ここまでは今までと同じ。小名木はふっと笑みを浮かべると、ブラックホール弾を撃ち出す方向を変える。
「どこ向けて撃って……何ッ!?」
それは大きく弧を描き、まるで鬼灯を避けるように寛永寺へと向かう。
慌てて彼女は飛び上がり、カーブを描くブラックホール弾を弾き飛ばす。
「おや、ここまで見せなかったのに反応が早い……次からはカーブも混ぜていきますよ?」
小名木のとっておき……撃ち出す時に親指の当て方を変え、弧を描くようにブラックホール弾を放つ指弾。
鬼灯はそれに対処するため、まるでテニスや卓球の選手のように右に左にと走らされる。
「くっ、嫌らしい攻撃をするじゃないか!」
「ええ、あやかしですから……さて、どこまで持ちますかね?」
だが、そう言う小名木も実はあまりブラックホール弾の残弾に余裕がなかった。
無駄弾は撃ちたくない。だが撃たねば通らない……一発でも通せば、それで小名木の勝ちが決まる。ここは必要経費なのではあるが、散財が痛い。
しかしそれを顔には出さず、あくまでもクールに振る舞う小名木に対し、元が鬼だからか感情に激しい鬼灯は明らかに焦りの表情を浮かべていた。
「(マズい、マズイまずいマズいぃっ! 残りの廃材も僅かなのに、左右に動かされちゃ拾いに行けない! どうする、どうするどうする!?)」
一か八か、こちらから攻撃してみるか……そう考え、一本の鉄材を小名木に向かって全力で投擲する鬼灯。
だがそれは彼が放つブラックホール弾に撃ち落とされる。
「(ほう、そう来ますか……マズいですね、迎撃するのに弾数を使ってしまう)」
鉄骨を撃ち落とした小名木も小名木で、その行動は妙手であること、そしてそれを気付かせてはならないと文字通り石のような冷静な表情を浮かべる。
「(アレ? 投げるだけなら砕けた廃材でもいけないか……?)」
ブラックホール弾を撃墜するたびに砕けた廃材は投げ捨てていたが、半分ほどの長さは残っている。
投擲するだけならそれで充分だと言うことに気付いた鬼灯は、小名木に向かい砕けた廃材の破片を投げ始める。
「(ちっ、気付きましたか……厄介な!)」
剛速球で飛んで来る廃材を残り数少ないブラックホール弾で撃ち落とす小名木であったが、ポケットの中の弾数が心許なくなると、ついに焦ったのか重量操作で足元の石材を砕き、それを飛んで来る廃材に向かって蹴りつけ、質量操作で迎撃する。
「おっ、遂に焦ったな……ならこっちのターンって訳だ!」
拮抗していた戦いの流れを掴んだと確信した鬼灯は、より一層廃材を投げるスピードを上げる。
迎撃する側から攻撃する側へ、立場が変わると戦い方も変わって来る。
同時に二つの破片を投げてみたり、タイミングをずらしてみたりと鬼灯は色々と試す余裕が出て来る。
対する小名木はと言うと、表情筋を石に変え冷静な顔つきは崩していないが、内心は非常に焦っていた。
「(どうする、どうするどうするどうする!? 一度引くか、いや無理だ……下手をすれば千紙屋の二人と合流される可能性がある。二度目のチャンスは来ない。ならばどうする?)」
思考を加速させる小名木……そして、逆転の一手を思いつくのであった。
新田と結衣が土蜘蛛と、鬼灯が小名木と激戦を繰り広げられている頃、秋葉原駅前に出来た避難所では、地震で止まった電車の乗客や住民などに、炊き出しが行われていた。
「メイド喫茶『フォークテイルキャット』特製カレーだにゃ! 順番に並ぶんだにゃー!」
「お水が必要な方はいませんか? こちらでどうぞ!」
炊き出しのテントでは、メイド服姿の猫又娘、
その行列を横に見ながら、もそもそとカレーを食べていた
「こんな時に手伝えないとは……小さくなった身体が恨めしいわ」
「仕方ないんですよ、ユキさんは秋葉原を護るため、力を使ったんですから」
そう慰めるのは、獏のあやかしである
そのため、調理を手伝おうにもまな板が届かなかったり、列を整理しようにも人混みに逆に紛れてしまったりと、他の皆とは違い、出来ることが何もなかった。
「将門社長はどっか行っちゃうし……私、こうしてカレーを食べてるだけでいいのかしら?」
崩壊した新宿駅から秋葉原に戻って来たユキたちは、『千紙屋』のある雑居ビルへと一度戻っていた。
そこで土蜘蛛復活の地震が起こり、社長であり神田・秋葉原地区の氏神である
お店の資材を使い、食料供給のボランティアを始めたそらと、それを手伝う白は逆に天手古舞。次から次へと飛び込む要望に最初は振り回されていた。
「(こんな時新田さんが居てくれたら……)」
理不尽な要求の数々に泣きそうになっていた白に、そらが背中を叩く。
「白にゃん、今新田のご主人様のことを考えてたにゃ! 居ない者は仕方ないにゃ、きっと頑張ってるんだから、そらたちも頑張らないとだにゃ!!」
「そらさん……そうですね。弱気になってちゃダメですよね!」
そらに励まされ、前を向く白……やがて理不尽な要求にはノーと言えるようになり、避難所運営の中心的な存在になっていた。
「それに比べて私たちは……」
「良いじゃないですか、やることがない方が幸せだったりします。ボクたちまで駆り出されるような事態じゃないのは良いことですよ?」
そう言うとカレーの残りを食べないなら貰うと告げ、ユキの食べかけのカレーを食べる獏。
そんな二人の元に、人影が現れるのであった。