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第二十七夜 土蜘蛛(その一)

●第二十七夜 土蜘蛛(その一)

 東京都港区・芝公園。東京タワーを見上げるその場所では、復活した大妖怪……土蜘蛛に対し、『千紙屋』の見習い陰陽師新田 周平あらた・しゅうへい芦屋 結衣あしや・ゆいが東京を護るために戦っていた。

「結衣、増上寺を護るんだ! あそこは皇居の結界の要だ! 最悪東京タワーは壊しても構わない!!」

 東京を護る三重の結界……一つは朱雀、白虎、玄武、青龍の四聖獣による『四神結界』。

これは朱雀の宿る南の平地・湖沼である東京湾に、反属性である北の山属性、玄武の属性を持つ高層ビルが立ち並んだことで機能不全に陥っていた。

 再生の象徴である朱雀の力が衰えた今、東京が破壊された場合、復活する力がないと言うことだ。

「やだよ! 東京タワーって、まだ昇ったことないんだから!!」

「バカ! お前が飛んでる高さ、何メートルだと思ってるんだ!!」

 朱雀の力を宿した女子高生、芦屋結衣は、新田の言葉に反対する。

 しかし、彼の言う通り、朱雀の力で肩口から翼を生やし、空を飛ぶ結衣の現在位置は東京タワーの特別展望台より上の高さ。

 東京タワーより上の景色を見ているじゃないかと新田は告げるのであったが、結衣は納得しない。

「こういうのは雰囲気も楽しむものなのっ! だから東京タワーも壊させないんだからっ!!」

 そう言うと、結衣は芝公園に足を踏み入れた土蜘蛛へと向け、無数に生み出した炎の槍を投射する。

 東京を護る結界のうち、四神結界は機能不全に陥っている。なら残る結界はどうなのか?

 一つは東京を取り囲む山手線と、その手を重ねるように走る中央線による仏の手結界……これは結節点である新宿駅が破壊されたことで、結界が破壊された。

 最後の一つが皇居自体に施された結界……ただこれも、鬼門に位置する平将門の首塚が破壊されたことで大妖怪、土蜘蛛を封じる力は失っている。

 ただし、結界自体は残っており、徳川家の菩薩寺である増上寺。同じく菩薩寺であり鬼門に位置する寛永寺、そして江戸総鎮守であるさらに鬼門の方角にある神田明神が残っている。

 残念なことに永田町にある裏鬼門を護る日枝神社は、国会議事堂を土蜘蛛が壊した時に一緒に破壊されたので、皇居の結界も弱まっていた。

 だからこそ、新田はこれ以上結界を破壊されないよう……夢で視たお告げ、あやかしによる百鬼夜行とそれのよる魔界化を防ぐため、増上寺の守護に就く。

「眠っておられる方々を起こす訳にはいかない……白虎よ、そのまま抑えつけろ!」

 新田が炎で出来た白虎に命ずる。白虎は守護する東海道……国道一号線の真上に居ることから、霊力を増し土蜘蛛と同じ大きさまで巨大化していた。

 サイズが同じなら、より霊力が強い方が優位になる……新田は東海道からの霊力を吸収しつつ、炎の白虎に力を送り続ける。

 しかし、相手は大妖怪……霊獣一体で止められる程、弱くはない。

 蜘蛛の脚を器用に動かし、拘束を振り切ると東京タワーに糸を飛ばし一気に移動する。

「東京タワーがっ!? ……よくもっ!!」

 土蜘蛛が取り付き、へし曲がった東京タワーの姿に、結衣が怒りの声を上げる。

「まだ昇ってなかったのにーっ!」

 怒りの力を炎に変え、結衣は巨大な槍を頭上に生み出す。そしてそれを東京タワーに巣を作ろうとするかのように糸を吐く土蜘蛛目掛けて投射した。

 土蜘蛛は左目を結衣に潰されていた。だから左から来る攻撃は視界の関係上見えない……筈だった。

 土蜘蛛の左目周辺がぶくぶくと膨れると、ぎょろっとした眼球が血を流しながら復元する。

 そして飛び出したその瞳で結衣の炎の槍を捉えると、鋭い蜘蛛の脚でそれを砕く。

「そんな……目が復元した!?」

「結衣、相手は大妖怪だ! それぐらいあると思え! ……何度でも、再生出来なくなるまで潰せばいい!!」

 驚く結衣に、新田が声を上げる。大妖怪、土蜘蛛……大妖怪と言うだけあって、何が起きても不思議ではない。

 そう言っている間に、土蜘蛛は東京タワーに蜘蛛の巣を張り、その中心に陣取る。

 新田も迂闊に白虎を突っ込ませれば、蜘蛛の巣に絡め取られるかと攻撃を躊躇する。

 それに対し、遠距離攻撃も充実している結衣は、手にした浄化の剣……式神の唐傘お化けが姿を変えたもの、を構えると、朱雀の力を全開にする。

「新田が行かないなら、こっちから行くよっ! 鳳凰よ、天高く羽撃たけ! 鳳凰剣舞!!」

 翼を広げた結衣は不死鳥となり、彼女の周囲に無数の炎で出来た不死鳥が分裂する。

 その分裂した不死鳥を、結衣は土蜘蛛目掛けて一気に飛ばす。

「いっけーっ!」

 現状、結衣の放てる最大火力のうちの一つ、鳳凰剣舞を、流石の土蜘蛛と脅威と見たのか、尻尾を向けると蜘蛛の糸を大量に吐き出すと盾を作りだす。

 まるで傘のように広げられた盾に、不死鳥たちは弾かれる……だがまだ消えない鳳凰の翼は、二度三度と土蜘蛛をその鋭い嘴で啄もうと羽根を広げる。

「全体、一列になれっ! そして突進!!」

「あ、結衣! 俺の真似か!?」

 それは新田が炎の虎で得意としていた戦法。隊列を組み突入し、先頭の一体が攻撃したらすぐさま二体目が飛び上がり攻撃を繰り出す。

 燃え盛る鳳凰は無数にある……結衣の攻撃は止められない。

「いけいけ、やっちゃえーっ!」

 無数の鳳凰による連撃は、土蜘蛛が吐いた蜘蛛の糸で出来た傘を壊す。

 そして鳳凰たちは、そのまま土蜘蛛の胴体に向かい羽撃たいた。

『お前タチ……五月蝿い!』

 その時だ。土蜘蛛の鬼の口から言葉が発せられたのは。

「土蜘蛛が……」

「……喋った!?」

 思わず驚く結衣と新田。会話が出来るあやかしはある程度知性が発達していないと出来ない。

 てっきり巨獣と思い込んでいた土蜘蛛が喋れるとは、二人は思っていなかったのだ。

『邪魔ヲ……スルナ!!』

 そう言い、土蜘蛛は尻を向けると空中を飛ぶ鳳凰たちに糸を吹きかける。

 次々と放たれ、空中でネット状に広がる蜘蛛の糸に絡み取られ、鳳凰は地に落ちるとエネルギーを吸われ消えていく。

「結衣、マズイぞ。アイツ……蜘蛛の糸で捕まえた相手を吸収出来るみたいだ!」

 新田の呼びかけに、結衣は蜘蛛の糸を交わすように上空へと飛び立つ……それを良いことに、土蜘蛛は東京タワーを完全に巣にすると、隣接する国道一号線から東海道の、白虎のエネルギーを奪い始める。

「くっ、白虎が弱っていく……このままじゃじり貧だ」

「でも、突っ込ませると蜘蛛の糸に絡めとられちゃうよ?」

 結衣の言うことはもっともだ……だからと言って手を拱いていては、それこそ新田が言う通りにエネルギーを奪われるだけだ。

 一か八か、勝負に出る時が迫っていた。


 一方、寛永寺には、石で出来た両腕を重たそうに下げたこなきじじいのあやかし……小名木の姿があった。

「徳川家の……いや、天海僧正の手によって作られた鬼門封じの寛永寺。ここを破壊すれば皇居の結界も風前の灯火です。残る東京結界は四神結界と江戸総鎮守である神田明神ですね」

 そう呟きながら、ブラックホールを生み出す、ビー玉のような呪具をズボンのポケットから取り出す小名木。

 だが……その前に立ち塞がる者が居た。

「将門に頼まれて来てみれば……本当にお前が来るとはな、小名木」

「その声……前にお会いした地獄の鬼ですか」

 そこに居たのは、等活地獄の鬼、鬼女の鬼灯ほおずきであった。

「失礼ですが、あなた程度で私が倒せると思っているのですか?」

「倒せるだなんて思ってはいないよ……時間を稼げればいい。時機に新田と結衣が土蜘蛛を倒して、おっとり刀で駆け付けてくれるからな」

 そう言う鬼灯は、どこから集めたのか……廃材の山を地面に突き刺す。

「地震で崩れた建物のおかげで、獲物には困らなかったね……さぁ、これが尽きるまで、殴り合おうか?」

 鬼灯は地上に来る際、鬼の金棒を黄泉平坂で失っていた。

 そこからは全力を出せる機会が無かったのだが……金属バットより丈夫な鉄材なら、彼女の力にもそこそこ耐えるだろうと読んでいた。

「ふは、ふはははっ! そんなモノで、私を止めれると思ったのですか!?」

 そう言い、小名木はブラックホールを生み出す呪具……ブラックホール弾とでも呼ぶべき呪具を石の親指で鬼灯に向け弾く。

 凄まじいスピードで迫るブラックホール弾に対し、廃材の一本を引き抜いた鬼灯は、眼にも止まらぬ速さで駆けるとブラックホールが展開する前に空に向かって打ち上げた。

「うーん、的が小さいから力加減が難しいな……撃ち返す予定だったんだが」

 おかしいな、と言う顔をしながら、ぶんぶんと廃材を振り回す鬼灯の姿に、思わず小名木は笑ってしまう。

 この前は手加減されていたのか……それならば、全力を出さなくてはなるまい、と。

「おっ、やっと殺る気になったかみたいだね……? さぁて、地獄の鬼と現実のあやかし、格の違いを教えてくれよ!」

 小名木に向かい鬼灯はそう告げると、廃材を引き抜いた彼女はぐっ、と踵を踏みしめ再び駆ける。

 瞬脚、とでも呼べばいいのか、鬼の力で筋肉を震わせ、奔る姿はまるで雷光のよう。

 対する小名木は、まずは小手調べと彼女の重量を操作する。

「温い、温いねぇ……地獄の熱はもっと熱いよ!」

 体重を二倍……いや、三倍にしても鬼灯は耐える。

 どんどんと重さは増え、十倍になったところで地面の方が悲鳴を上げた。

 それでも鬼灯は、流石に雷光の速さは無理だが、どすん、どすんと、増えた重さを意にも介さないかのように小名木に迫る。

「ならばこれはどうしますか?」

 重量操作を諦めると、小名木はブラックホール弾を弾く。体重が戻り、素早さを取り戻したことで今度は素早いフルスイングで呪具が発動する前に打ち壊す。

「へいへい、どーしたどうした、それで終わりか!?」

「ならば、撃ち返せないぐらい連射してみせましょう!」

 新田たちと戦った時の、ブラックホールと質量・重量操作は一度に一つしか使えないと言う弱点は鬼灯にはバレていない筈。

 ならば、複数同時に打ち出して、届いたブラックホール弾を発動させれば良い。

 そう考えた小名木は、ブラックホールの元であるビー玉状の呪具を次々と指弾で打ち出す。

「ほう、素早さ勝負って訳か……鬼の速さについて来れるかな?」

 そう告げた鬼灯は、もう一本廃材を引き抜くと、二刀流でブラックホール弾を砕いていく。

「ほらほら、どうしたどうした? 人間界のあやかしはこの程度か!?」

 廃材を振るいブラックホール弾を砕き、呪具を砕いて破壊された廃材を捨て新しいのを拾う……お互い一歩も動けぬ状態だが、鬼灯はチラリと背後に眼をやる。

 拾い集めて来た廃材は、ブラックホール弾を一発防ぐごとに一本消費する。

 小名木の呪具も大量にある訳ではないと思うが、先にどちらが尽きるか……いざとなれば身体で防ぐことも出来るが、それでも四肢を犠牲にして四発。それ以上撃たれれば、寛永寺を護る手段が無くなる。

 恐らく、小名木を倒すだけならブラックホール弾を避け殴るだけで済むだろう。

 しかし、寛永寺は東京に残された結界の要。最後の神田明神が残ってはいるが、だからと言ってはいそうですかと壊させる訳にはいかない。

 殺さないことがこんなに難しいとは。だが耐えるしかない、か……と鬼灯は内心で深いため息を漏らすのであった。

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