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第8話 元悪女と、届いた声(1)


 信じられない思いでいっぱいになりながら、紗希は懸命に問いかける。


「総一郎様。真琴さんは貴方にとって」


「ああ、そういう意味か。優珠にとっては彼女は子供だが、私にとっては彼女はでしかない」


「君が頼りなんだよ、紗希」


 熱っぽく囁く総一郎の目には、紗希ではない誰かが映っているようにしか見えなかった。


 彼の手がゆっくりと紗希の体に伸びてくる。縄目がきつく軋む音が聞こえてきて、逃げようとする紗希に総一郎が覆いかぶさった。


 恐怖のあまり、声が出ない。


(昇吾さん……助けて……!)


 紗希は心の中で絶叫する。虫がいいとは分かっている。伝えずに出てきた自分が悪いと分かっている。


 だとしても全てをかなぐり捨てて縋りつけるのは、昇吾だけだった。



===



 紗希が目を覚ます二時間前。

 宮本均が運転する車には、重苦しい空気が立ち込めていた。


「正気か? 警察にも頼らず、スマートタグの位置に行くなんて。紗希さんに持たせたスマートタグだけが捨てられている可能性もあるんだぞ」


「そう言うくせに、運転してくれているだろう? ―― ああ、菅谷さんですか? ええ、お久しぶりです」


 ノートパソコンで位置情報をチェックしつつ、頼りになりそうな知り合いに片っ端に電話をかけ続ける昇吾は、意識をびりびりと尖らせていた。


「ええ、ええ、そうですか―― はぁ」


 苛立たし気にタップ音を響かせる彼に、均がため息をつく。


「確認するぞ」


「何を?」


「目的のホテルに到着したら、まずは状況の確認だ。本当に総一郎が、親父が泊まっていたとして、素直に口を割るとは到底思えない」


「だろうな」


 均は道を曲がりながら、ルームミラー越しに昇吾の顔を見る。かなり悪い表情をしているのは目に見えていた。


 くしゃり、と髪をかき上げながら、琥珀色の目に映るのは焦りばかりだ。


「昇吾、しっかりしろよ。紗希さんを助けるんだろう。いいか、お前が頼りなんだ。……お前が彼女の声を聞きとれるかどうか、そうじゃなかったら、ホテルを片っ端から調べる羽目になる」


正直なところ、均は莉々果から話を聞いて、一瞬、諦めかけた。


 最悪、紗希の身が汚されることを昇吾に承諾させねばならないかとさえ、考えていた。


 ホテルまでは絞りこめたとしても、どの部屋かもわからないし、刺激したら紗希がどうなるかもわからないのだ。


 しかし。昇吾がいるのなら、話は違う。


 彼が紗希の心の声を聞きとれるのならば、彼女の悲鳴が昇吾に届く可能性は大いにあるのだ。


 均に言われて気持ちが落ち着いたのだろう。


「任せてくれ」


 ほとんど確信めいた口調に、均は自分が生まれて初めて【絡繰り】を使った日を思い出していた。


 あの時は時哉に手ほどきを受けて、ちゃんと使えると信じ込まされたのだ。


 使えるのだと信じた時、この身に流れる謎の力は応えてくれた。


(だとしたら昇吾の持つ力も、信じ切った瞬間に、変化が起きるかもしれない……)


 ひょっとしたら奇跡が起きるのかもしれない。いいや、起きてもらわなくちゃ困るのだ。



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