信じられない思いでいっぱいになりながら、紗希は懸命に問いかける。
「総一郎様。真琴さんは貴方にとって」
「ああ、そういう意味か。優珠にとっては彼女は子供だが、私にとっては彼女は
「君が頼りなんだよ、紗希」
熱っぽく囁く総一郎の目には、紗希ではない誰かが映っているようにしか見えなかった。
彼の手がゆっくりと紗希の体に伸びてくる。縄目がきつく軋む音が聞こえてきて、逃げようとする紗希に総一郎が覆いかぶさった。
恐怖のあまり、声が出ない。
(昇吾さん……助けて……!)
紗希は心の中で絶叫する。虫がいいとは分かっている。伝えずに出てきた自分が悪いと分かっている。
だとしても全てをかなぐり捨てて縋りつけるのは、昇吾だけだった。
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紗希が目を覚ます二時間前。
宮本均が運転する車には、重苦しい空気が立ち込めていた。
「正気か? 警察にも頼らず、スマートタグの位置に行くなんて。紗希さんに持たせたスマートタグだけが捨てられている可能性もあるんだぞ」
「そう言うくせに、運転してくれているだろう? ―― ああ、菅谷さんですか? ええ、お久しぶりです」
ノートパソコンで位置情報をチェックしつつ、頼りになりそうな知り合いに片っ端に電話をかけ続ける昇吾は、意識をびりびりと尖らせていた。
「ええ、ええ、そうですか―― はぁ」
苛立たし気にタップ音を響かせる彼に、均がため息をつく。
「確認するぞ」
「何を?」
「目的のホテルに到着したら、まずは状況の確認だ。本当に総一郎が、親父が泊まっていたとして、素直に口を割るとは到底思えない」
「だろうな」
均は道を曲がりながら、ルームミラー越しに昇吾の顔を見る。かなり悪い表情をしているのは目に見えていた。
くしゃり、と髪をかき上げながら、琥珀色の目に映るのは焦りばかりだ。
「昇吾、しっかりしろよ。紗希さんを助けるんだろう。いいか、お前が頼りなんだ。……お前が彼女の声を聞きとれるかどうか、そうじゃなかったら、ホテルを片っ端から調べる羽目になる」
正直なところ、均は莉々果から話を聞いて、一瞬、諦めかけた。
最悪、紗希の身が汚されることを昇吾に承諾させねばならないかとさえ、考えていた。
ホテルまでは絞りこめたとしても、どの部屋かもわからないし、刺激したら紗希がどうなるかもわからないのだ。
しかし。昇吾がいるのなら、話は違う。
彼が紗希の心の声を聞きとれるのならば、彼女の悲鳴が昇吾に届く可能性は大いにあるのだ。
均に言われて気持ちが落ち着いたのだろう。
「任せてくれ」
ほとんど確信めいた口調に、均は自分が生まれて初めて【絡繰り】を使った日を思い出していた。
あの時は時哉に手ほどきを受けて、ちゃんと使えると信じ込まされたのだ。
使えるのだと信じた時、この身に流れる謎の力は応えてくれた。
(だとしたら昇吾の持つ力も、信じ切った瞬間に、変化が起きるかもしれない……)
ひょっとしたら奇跡が起きるのかもしれない。いいや、起きてもらわなくちゃ困るのだ。