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6話 黒の森の奇跡(2)

「ということで、ホットケーキを作ります! 材料はこちら」


 小麦粉とふくらし粉、砂糖、塩、卵、牛乳。お菓子の基本みたいな材料だ。

 綺麗に手を洗ったロイとグエンにボウルをそれぞれ持たせ、量った粉物を全部入れてまずは混ぜる。


「なんか、これまでの料理と違って雑だな」

「子供でも作れるレシピだから、そんなに難しくないんだよ」


 ただ、粉物は案外重たいから泡立て器で混ぜる間に腕が怠くなる。お菓子はパワーだと俺は思うわけよ。

 とはいえ流石獣人。余裕だった。


 混ざったらこれに卵と牛乳を入れていく。俺としては何回かに分けて交互に入れる。一気に入れてもいいんだけれど、少しずつ数回に分けてその度に馴染ませて混ぜる方がダマになりにくい気がするんだよな。


「これ、意外と重たいですね」

「粉物に液体だから、馴染むともったりするんだな」


 粉と卵、牛乳が混ざり合って少し黄色っぽくなってくる。ダマにならずに綺麗に混ざった所でフライパンを二つ。一度強火で温めて、濡らしたふきんに乗せて少し冷ましてからバターを溶かし込んだ。


「なんで熱したのに冷ますんだ?」

「フライパンの温度を一定にして、焼き上がりを良くしてるんだ」


 バターも良い具合に溶ければ後は焼くだけ。火加減は弱火にして、お玉でひと掬いしたタネを落としていくと勝手に丸くなっていく。そうしてそのまま暫くすると表面にプツプツと気泡が出来てきた。


「これで合っているんですか?」

「順調です。中心辺りにもこのプツプツが出来てくればひっくり返しますよ」


 ロイにはフライ返しを。グエンは流石の手つきで準備万端。中心まである程度火が通ったらスッと焼けた面にフライ返しを差し込んで。


「よっ!」


 ぱったん! と綺麗にひっくり返ったらいい焼き色になっている。立ちこめる甘い匂いとほんの少しの香ばしさ、そしてバターの香りも合わさってなんともいえず美味しい気分になってくる。


「グエン、その方法格好いいですね」

「だろ? 俺、これでも料理人だしよ」


 グエンは上手くフライパンを操って縁からホットケーキを軽く宙返りさせて返した。煽りというのだが、腕力と経験が必要でそれなりに大変だったりする。

 これを見たロイがうらやましがって「僕も!」と言って、結局2枚目を失敗するところまでがお約束であった。


 こうして美味しそうなホットケーキが四人前。皿に二段重ねにして真ん中に四角く切ったバター、そこにメープルシロップを掛けたら完成だ。


「マジで美味そう……」

「はい」

「ロイさんはどうしますか? マジックバッグがあるならお弁当箱に入れて持って行きますか?」

「あっ、はい! あの、帰って殿下と食べたいです」

「じゃあ、準備しますね」


 使い捨てのお弁当箱を二つ用意して、これにロイが焼いたホットケーキを入れる。それを渡すと彼はいそいそとマジックバッグへとしまった。


「本当に、ありがとうございます」

「いいえ」


 何度も頭を下げるロイを見送る俺。だがふと、ロイは何かを思い出したのか立ち止まり、真剣な顔をした。


「伝え忘れていましたが、マサさん。明後日の午前、お時間ありますか?」

「え? はい」

「殿下から話があるそうで、城に来ていただきたいのです。クナルとデレク様には通達が行っていると思いますので」

「はい、分かりました」


 なんだろう? 少なくとも真剣な話なんだろう。


 ぺこりと頭を下げて帰ってしまった人の背を見送って、俺は何だか胸の奥がザワザワするのを感じた。


「なぁ、マサ。これ、食っていいか?」

「え! あぁ、うん。食べよう」


 腹ぺこ熊が待ての状態でいる。俺は慌てて戻って席について、二人で「いただきます」をして食いついた。


「んぅ!」


 美味しい! ふっくら柔らかく、そして弾力もあるホットケーキを口の中でモチモチしながら頬張っている。程よい香ばしさもあってなんとも言えない家庭の味だ。

 なによりこのメープルシロップが美味しい! 凄く濃いんだ。あっちの世界で市販されているメープルシロップよりも色が薄くて蜂蜜みたいだと思ったけれど、その味わいは香りから違ってくる。サラッとしているのにしつこくない。


「メープルシロップが美味い」

「高いからな、これ」

「そうなの?」

「おうよ。魔物食材だし、取れるのがここから南下したエルフの国近くの森だからな」

「魔物食材なの!」


 俺の知ってるメープルシロップは勿論楓の木だけれど……魔物なんだ。


「植物系の魔物で、ギザギザの葉を付けるメープルトレントって魔物だ。デカいのだと直径50センチくらいになる。動けないが枝をしならせて鞭みたいにしたり、巻き付けて捕食するんだ。子供や商人が食われる事例もあるから、適度に間引くんだがな」

「食べるの! 人を!」


 なにそれ怖い! 俺絶対食われる!


 サッと青ざめる俺を見て、グエンはニヤリと悪い顔で笑った。


「マサならあっという間だな」

「もぉ、止めてよ!」

「だが、そういうのが美味い樹液になるんだよな」

「うぇぇ」


 そう考えると、今食べているこのメープルシロップにも犠牲になった何者かが……とりあえず食べちゃったから、お祈りして有り難く頂こう。


「それにしても、植物の魔物もいるんだね」


 俺はここにきてコカトリスくらいしか見た事がない。お世話にはなっているけれど、全部が食材の状態だ。


「そうな。蜂蜜もキラー・ビーっていうデカい蜂の魔物のもんだ」

「会いたくないな……」

「まぁ、今じゃ改良されて小型化したベビー・ビーってのがいて、味は薄いが流通が安定してるって事で出回ってる。味の濃さは全然違うがな」

「そういう、改良された魔物もいるの?」


 というか、魔物ってそんなに多種多様なんだ。


「いるな。乳牛用のモーモーも大昔は野生の草食魔獣だったらしいし、コッコもだ」


 そう言いながらホットケーキをペロリと平らげ厨房に戻り、卵をボウルに割り入れるグエン。今日はカツレツの予定だ。


「魔物って危険なものばかりだと思ってたけれど、意外と身近なんだね」

「まぁな。そもそも魔物は邪神降臨前からある程度いた。邪神が現れた後で凶暴化したり、変異種が現れたり、ダンジョン産なんてのが出てはきたが昔からいたんだ。中には人と共存したりするのもいんだよ」


 今日は美味しいボア肉が手に入ったので、これをある程度の厚さにして筋を切っていく。オーク肉よりも野性味がある、ようは猪肉だ。


「馬車を引くバイコーンや、海で船を引くケルピー、一部の騎士が乗る天馬なんてのはもう見慣れたな」

「馬の魔物は輸送に役立つんだね」

「他にも霊獣ってのがいるな。格が上だと意思疎通が出来てもの凄く強い。そんなのと契約できりゃ頼もしいってんで、冒険者が挑んでる」

「霊獣?」

「見た目は獣だが魔法を使ったりする、魔物と精霊の間にあるような奴等だ。強いのだとフェニックス、竜」

「竜!」


 この世界には竜がいる! あまりゲームとか漫画を読まない俺でも分かる雄姿を思い浮かべてちょっと憧れる。格好いいんだろうなって。


 だがグエンは辟易とした顔をした。


「すんげぇ口うるさいし厳格だし気難しいらしいぞ」

「そうなんだ」

「手近なのはケット・シーっていう二足歩行の猫霊獣だな。器用ですばしっこくて頭もいいから仕事を覚えれば頼もしい。後は護衛獣のカーバンクルか。とにかく魔法が強くてな。大きさはリスくらいで、兎みたいな長い耳とふさふさの尻尾、額に魔石がついてる」

「へぇ」


 色んなのがいるんだな。って思ったら、ちょっと知りたくなってきた。


「そういうのが知れる本とかないのかな?」

「モンスター図鑑があるはずだな。ここの書庫にもあるはずだ」

「……待って、書庫があるの?」


 俺はその部屋の存在を知らない。そして知らされていない部屋というのは……。


「あぁ……開かずの間だな」

「やっぱりぃぃぃ!」


 未掃除は既に確定しているとして、まさかの未開封! 内部どんなことになってるの!

 でも知りたいし、他にも色んな本がありそう。俺は圧倒的にこの世界の事を知らないから、読めれば助かる。文字は読めるんだ、何故か。


「デレク団長に言えば大丈夫じゃないか?」

「そうしてみるよ」


 まぁ、掃除確定だけどね! いいさこの際綺麗にするから!


 俺の掃除魂に火が付いた瞬間だった。



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