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6話 黒の森の奇跡(3)

 夕食後、俺はクナルと一緒にデレクの執務室へ向かい書庫の事を聞くと、案の定渋い顔をした。


「あ~、あそこな。うん。あるけどよぉ」

「何か、見てはいけない資料があったりするんですか?」

「いや、そんなんは無いんだが……凄いぞ」


 おっと、前にも聞いたような台詞だ。

 けど、結局遅かれ早かれ俺が掃除するんだしな。今のところ何も無いから、したほうがいいよな。


「とりあえず、中を見てみたらどうだ?」


 俺の隣で話を聞いていたクナルの提案に腕組みで唸っていたデレクも折れた。そして引き出しから一つの鍵を取りだした。


「場所はここの二つ隣だ。あと、リデルにも声かけとけ」

「どうしてリデルさん?」

「まぁ、なんだ。妙なのがいると困るからな」

「?」


 妙なのって、なんだ?

 首を傾げてクナルを見るが静観の構え。う~ん、この雰囲気だとデレクはこれ以上関わってはくれなさそうだし……まずは見るだけだしな!

 鍵を持ってリデルの診察室に向かい事情を説明すると笑ってついてきてくれた。デレクはあんなに嫌そうにしてたのに、こっちは平気なんだな。


 書庫は扉のプレートすらも薄ら埃を被っていた。まずはそれを拭いて鍵を差し込む。少し渋いがカチャンという開いた音がして、俺はドアを押し開けた。


「! ウェッフ! ゲホッ! うえぇぇぇ!」


 瞬間、視界が白む程の埃が舞い上がりかび臭いような臭いも舞い上がって咽せてしまう。後ろ二人は咄嗟に服で口元を覆ったから無事そうだけれど、俺は見事に直撃だ。


「大丈夫か?」

「うん、一応……凄い埃」


 埃が少し落ち着いてくると、目の前にはあまり広くはない部屋が一つ。ドアの延長上には読書の為の長机と椅子が4脚。その先には長細いカーテンが掛かっている。そのせいで室内は僅かに黒の濃淡が違って見えるだけで、基本真っ暗だ。


 そっと先に進んでみると分厚く堆積した埃が僅かに舞う。本格的に掃除する必要がありそうだ。これは本も傷んでいそうだな。

 なんて思っていると突然目の前に何かがヌッと現れ俺の顔面にぶつかった。


「むが!」

「マサ!」


 慌てた声がして顔にひっついていたものが取れる。クナルが引っぺがしたんだと分かったが、瞬間俺の全身に寒気が走った。


「うわぁぁぁ! 蜘蛛!」

「あ? おう」


 クナルがむんずと掴んでいたのは俺の顔くらいある大きな蜘蛛だった。それぞれの足をモゾモゾさせているのを見ただけで俺は全速力で部屋を抜け出し小さくなって震えた。


「どうしたんだ、マサ?」

「こないで! それ持ってこないで! ついでに手も洗って!」


 蜘蛛だけはダメだ。しかも巣を張る奴はダメだ。あれは無理。絶対に無理! いくらクナルが拒否られて尻尾下げてもそれを掴んだままちかづかないで!


「トモマサさんは蜘蛛が嫌いだったんですね」

「無理です、本当に。死んでるのとか、百歩譲って巣を作らないものならまだ我慢できますけど。ってか大きすぎませんか!」

「まぁ、よく育っているみたいですね」


 苦笑したリデルが俺の前に出る。そして両手を胸の前に置いてパンと一つ鳴らした。


『リーフシェルフ』


 緑色の風がサァァと部屋の中へ入っていくのが見えた。そして次にはクナルの手にある蜘蛛が緑色の葉に覆われて丸い球体へと変わり床へと落ちる。他にもボトボト天井から同じ球体が落ちてきた。


「これで蜘蛛は全て包みましたよ」

「これ、魔法ですか?」

「はい。私は木属性の魔法が得意なので、植物を操れるのです。ですが油断して触ってはいけませんよ? あの玉の中でまだ生きていますから」

「ひぃぃ!」


 クスクスと笑いながらリデルは更に『ウッドマン』と声を発する。すると床から木で出来た30センチくらいの木人形が現れて、蜘蛛の入った玉を一つずつ抱えて何処かへ行進していく。その数20個以上。繁殖し過ぎだろう。


「これで中は安全です。虫はいませんよ」

「リデルさん、ありがとうございます」

「おい、俺はまだ近づけないのかよ」

「クナルもありがとう。でもお願いだから手を洗うまで近付かないで」

「……お前の顔に張り付いてたんだけどな」

「んぎゃぁ!」


 今日はここまでとして、俺はいつも以上に入念に顔を洗うのだった。


§


 翌日、明るい中で訪れた書庫はかなりヤバイものだった。

 床に堆積した埃はおそらく5センチ以上。壁に作り付けられている書架にも同じくらいの埃。そして天井にはげんなりするほどの蜘蛛の巣だ。


 カーテンを開け、窓を開け放つと多少空気は良くなる。そして、それなりに本が沢山ある事を確認した。

 ただ、どれも背表紙などの痛みが酷い。紙も所々変色して読みにくい。


「これ、修繕しないと読めないかも」


 取りだした一冊を眺めながら言うと、クナルも難しい顔で頷いた。


「こういう書籍の修繕って、大変だよね。専門家じゃないとできないかな?」


 この世界には活版印刷はない。本も手描きだ。そうなると凄く高価なものなんだろう。表紙や背表紙だって革に金色で文字が書かれている。

 こういうものを大事にしないのはいかがなものか。ちょっとデレクに文句を言いたい俺がいる。

 そんな俺の後ろから見ていたクナルがちょっと手を出す。染みになっている部分だ。


『リコンストラクション』


 魔法を使う時の不思議な声。そしてクナルの指先からチカチカした光が弾けて、染みの部分が徐々に消えていく。元の文字が浮き上がり、紙もその1ページだけが白さを取り戻したみたいだ。


「復元の魔法だ。生活魔法下位だからマサでも使えるぞ」

「なにそれ! 教えて!」

「分かった。でもまぁ、その前に掃除だな」


 途端に現実に戻されたが、目を背けるわけにもいかない。俺は腕をまくり、後ろのクナルに笑いかけた。


「頑張ろう!」

「あぁ」


 笑った彼と腕タッチ。そうしてそれぞれ動く事になった。


 ひとまず本を外に出さない事には掃除がはかどらない。

 俺が本を運び出して中庭に広げた帆布の上に並べる間に、クナルは天井の蜘蛛の巣を箒で落とす事になった。万が一見たくないものが落ちてきたら俺が絶叫するからとの有り難い心遣いだ。

 書架に本はびっちり入っていたけれど、その書架があまり多くないから俺でも運び出せる。そうして俺がバタバタ動いていると他の団員も首を傾げて話しかけて、手伝ってくれた。おかげで想定よりも早く終わった。


「それにしても凄いな……」

「マサ、これを掃除するの~」


 サンズとフリートが中を覗いてげんなり顔だ。俺も気持ちは同じだけれど、心が折れたらそこで終わってしまう。


「頑張る」

「ん~、それなら少し手伝うね~」


 入口に立ったフリートがまるで手の平のゴミを吹き飛ばすように一息吹くと、柔らかな風が部屋全体を撫でて埃を絡め取って窓の外へと運んで行く。さっきまでの淀んだ空気が嘘みたいになって、俺は呆然とした。


「得意なんだ~」

「すごい! ありがとうフリート!」

「マサにはた~くさん、お世話になってるしね~」


 細い目でニコニコ笑ってクリクリ頭を撫でられて。俺は何度もお礼を言って書庫へと入っていく。

 するとクナルは何だか少し不機嫌で、俺は首を傾げた。


「どうしたの?」

「……べつに」

「?」


 バツが悪そうにフイッと視線を外されて、俺は首を傾げてしまった。


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