「固有スキルというのはレアスキルであり、とても強力な物であることが多い。主に古い血筋の家に出やすいとは言うけれど、一般人でも稀に出る。叔父上の『直感』というのも固有スキルになるね」
「直感?」
デレクを見ると大きく頷いている。そういえば、デレクはそういうの鋭い気がしたけれど。
「俺の固有スキルは良いもの、悪いものを直感で知らせるものだ。お前を拾ったのもその直感が『こいつは良いもんだ』って知らせたからだ」
「ただし、その善し悪しの結果は動いてみないと分からない。予知や予言という固有スキルもあるけれど、直感はそこまで見通す事はできないという欠点がある。ただ、瞬間的に分かるから危機回避にはうってつけのスキルだ」
「そう、なんですね」
「私も固有スキルを持っている。強力すぎて使いどころが難しく、発動条件や使用回数にも制限がある。どんなにレアなスキルでも必ず欠点や厳しい条件がついている」
殿下の固有スキルはきっと、あの蛇精を従えたやつだろう。鎖が巻き付いて、その後は周囲の人にも蛇精が薄ら見えるようになっていたみたいだし、殿下に従っていた。
「けれど、君の持つ『祈り』というスキルはあまりに強力過ぎる。使い方を間違えれば世界を壊しかねないものだ」
鋭い視線に俺はドキリとした。なんとなく分かっていたから。
俺が願うとその通りになる。本当にそうだとしたら俺だって怖い。思っただけで簡単なものなら叶ってしまう。
「前に君が見せた力はおおよそどんなスキルを持っていても不可能だ。霊視というスキルがあれば不可視の存在を視認はできる。だがそこに実体を持たせるなんて芸当は不可能。それは『見る事が出来ない』という彼等のあり方に干渉して改変している事になる。分かりやすく言えば空を飛ぶ鳥に君が『お前は飛べない』と思えばその鳥は飛べなくなる。そのくらいの変化だ」
「!」
言われると、そうなんだろうか。心臓がグッと圧迫されたみたいに痛くなる。不安が込み上げて少し気持ち悪くなりそうだ。
それでも今日の殿下は許してくれない。これが、王太子としての殿下なんだ。
「これほどの能力を、見たところ制限もなく無意識に使っている。それが国にとって脅威であるのは確かだ。場合によっては此方で身柄を預かる事になる」
「! それは!」
「国を預かる者の末席に私はいる。だが、君に恩のある者としては自由を奪うような事はしたくない。だからこそ、協力してもらいたい。君の能力がどのくらいの範囲に適応されるのか。それを知りたいんだ」
ジッと俺を見る殿下の目に曇りはない。だからこれは全部本当で、俺が危険な存在なら幽閉みたいな事もありえる。
でも、そうしたくないという気持ちも確かにあるんだと思う。
それなら俺は、ちゃんと証明しないと。俺自身、自分の能力に怯えて過ごすのは嫌だ。向き合わないといけないなら、早い方がいい。
「お願いします」
頭を下げた俺に殿下は頷き、正面にある箱の布を取った。
それは箱じゃなくて、小さな動物を入れておくような篭だった。そして中には弱った、白っぽいリスのような……兎のような生き物が伏せている。
綺麗な空色の目に、額に同じ色の宝石がついたそいつは俺を見て「ギギッ」と唸り声を上げて遠ざかろうと前足を踏ん張るが、痛いのか直ぐに姿勢が崩れてしまう。
「カーバンクルという霊獣だ」
それ、この間グエンがから聞いた。精霊と魔物の間にあるような生き物だって。
「怪我を」
「護衛獣として人気があるからね、闇に流される事も多いんだ」
「え?」
闇って……。
驚いて見ると、殿下は落ち着いた、けれど憎悪するような目をしている。傷ついた小さなカーバンクルの先にある闇を睨むようだ。
「服従の鎖という違法魔道具がある。無理矢理捕まえてそれを填めると、主人の言いなりにできるんだ」
「そんな! 酷い」
「逆らえば痛みが走る。だがカーバンクルは誇り高い霊獣だから、どれだけ苦痛を強いても自らが主と認めなければ従わない。そこに更に鞭を打つんだ」
「なんでそんな酷い事を」
「金になる。生きたまま売れば500万レギン。死んでも素材だけで金になる」
「っ!」
そんな勝手で、こんな小さい生き物を捕まえて酷い仕打ちをするなんて、間違っている。悲しくて、苦しくて……許せない気持ちもあって、俺は俯いた。
「摘発した闇商人の所にいたので保護したんだが、主以外には触らせてもくれない。治療を試みたメイドの指を食いちぎったくらいだ」
「え!」
「あぁ、メイドの治療は直ぐにしたから大丈夫。けれどこいつ自身の治療はこのままではできない。カーバンクルは魔力が高いせいで拒まれると此方の魔法を跳ね返してしまうんだ」
「じゃあ、この子は」
「このままだと弱って死ぬ。こんなに人に傷つけられた個体を野に放てば見境なく襲うかもしれないし、邪気を取り込めば魔物になる可能性もある。だから簡単に離してやる事もできない」
今もまだ唸りながら警戒しているカーバンクルを見て、俺は可哀想になった。本当なら自由に野を走り回ったりしていたんだろう。捕まるだけで怖いのに、痛くて、傷つけられて。恨んでるのかな? それとも怖いのかな?
「トモマサ、この子を助けられるかい?」
問われ、俺は迷わず頷いた。
とはいえ、俺は自分の能力をちゃんと意識して使えた事がない。ただ必死に思う事で使えていただけだ。
どうやって助けたらいいかよく分からないでいると、後ろからポンと肩を叩かれた。見上げた先でクナルが一つ頷いてくれた。
「昨日の事を思い出してみろ」
「あ……」
魔力の流れを感じて、外に出す。確かにこの方法を試してみるのは一つだ。
そっと手を篭に近づけていく。でも手は突っ込まない。噛まれるかもしれないから。
そうしたら目を閉じて、ゆっくり手に魔力を送ってみた。大丈夫、怖くない。助けたい。癒したいという思いを込めて流してみるとキラキラした魔力に変わっていくように思う。そのキラキラを傷ついているカーバンクルに。目に見えない手で撫でるように。
『キッ? キュ?』
不思議そうな鳴き声。俺の手には直接触っていないのに感触がある。毛は柔らかくて、尻尾の毛は更にふかふか。耳の付け根を撫でたら気持ち良さそうに擦り寄ってきて可愛い。額の宝石は……あっ、触られるの嫌なんだな。
痛そうな部分を摩ってみる。痛いの痛いの飛んでいけ! なんて、昔星那にもやったな。
そして、何だか首に嫌な物がついている。真っ黒い鎖だ。これがあるからこいつは苦しんでるなら切ってしまえばいい。
指を入れて引っ張ると鎖は簡単に切れた。
『キュゥゥ』
「うわ、マジか」
「うん。マサ、もういいよ」
呆れたデレクの声と、殿下の声に目を開ける。視界が戻ってくるとさっきまでの感触がなくなってしまった。それが寂しくて何度か手をにぎにぎしている間に、笑った殿下が篭の扉を開けた。
『キュキュゥ!』
「わ!」
飛び出したカーバンクルが俺めがけて突進してくる。驚いて声を上げて思わず頭を腕で庇ったけれど……痛いとかはない。肩に僅かな重みがあり、頬を小さな舌がペロリと舐めた。
「え?」
「その子は君を主と定めたらしい。よかったね、トモマサ」
「え!」
思わず自分の左肩を見てしまう。そこにチョンと乗ったカーバンクルは澄ました顔をしている。おかしそうに笑う殿下は一つ頷いて篭を降ろした。
「さて、次なんだけれどね」
もう一つある布を取ると、やはりそこには篭があって、可愛らしい小さな猫が入っている。大きさは子猫くらいで怪我もしているが、うるうるの目で此方を見上げ、頼りなげに「ニャアン」と鳴いた。