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7話 海王国からのSOS(20)

 こちらにも伝わる振動。だがそれにも結界は揺るがない。明日からは一緒にここにきて、魔力は俺が補填しよう。そんな事を思っていた俺が一瞬視線を逸らした時だった。


「燈実!」

「!」


 慌てた紫釉の声にハッとして、俺は視線を戻した。

 その中でリヴァイアサンの口の中が青白く光っている。それに気づいた燈実は止めようとしたが、クナルは彼の腕を掴んでその場を離れる事を選んだ。

 青白い閃光が一直線に放たれた瞬間、轟音が響き渡った。それは外壁の一部を打ち砕き、直線上の建物を破壊しながらこの五重塔の最上階の壁と天井を破壊し、結界を打ち砕いた。


「紫釉!」


 彼だけは守らないと! 咄嗟に彼の頭を抱えて床に転がった俺の上に瓦礫が落ちてくる。へし折れた木材に砕けた瓦。そんな物が直撃したら俺みたいな鍛えてもいない体はぺしゃんこかもしれない。

 でも、助けたいんだ。この人はここで死んじゃいけない。


『キュイィィィィィ!』


 俺の背中に軽いものが乗って、大きな声を上げる。キュイの結界が俺と紫釉の上に落ちてくる瓦礫を弾き飛ばしている。ガラガラと音を立てる全てが消え去るまで俺は紫釉の頭を抱えていたし、キュイは結界を張り続けてくれていた。


 やがて音が消えた。

 恐る恐る顔を上げた俺の目の前に広がったのは、真っ暗な世界だ。あれだけ明るかった海王国の明かりは消え、深海本来の闇に包まれている。


「結界が」


 悲痛な声がして、俺は紫釉を見た。暗黒の世界を見て、彼の声は泣いていた。


「そんな……あの結界は我では作る事ができないのに」

「紫釉」

「皆を守ると、誓ったのに」


 声を上げる人の涙を、俺は止められない。辺りを見回してもあの宝珠は砕けてしまった後だった。

 でも、俺の目に僅かに光るものが見えた。瓦礫の中にある綺麗な箱を知っている。四つん這いになって、手で辺りを確かめながら進んだ先にあるそれを持って、俺は紫釉の所に戻ってきた。


「……結界、張り直そう」

「どう、するというのです。核はないのです。あれは海神様のお力で作られたもの。我々如きではどうすることも」

「そんな事はないと思う。これが、その核にならないかな」


 柔らかい乳白色の光を放つその箱を開けると、暗闇の世界がそこだけ明るくなる。ふわりと光るその中身を見て、紫釉は驚いてこちらを見た。


「我の涙」

「同じ色に光ってる。これに、それだけの力はないかな?」


 海神と同じ龍の末裔である紫釉の涙。それに触れると、色んな感情が流れてくる。


『もう少しだけ……後少しだけ時間が欲しい……』

『皆を守ると誓ったのです。その我が、くじける訳にはゆかないのです……』

『お願い、ここは大切な場所なのです。壊さないで……』

『お願い。あと少しだけ……この身は砕け魂が散っても構わないから』


 声が聞こえる。大事なものを守りたいと願う声ばかり。痛かった筈なのに、苦しいはずなのにそれについては何も言わない。自分の事は願っていない。ただ時間を……ここを守れる人へ引き継ぐだけの時間を求める声ばかりだ。


「大丈夫、まとめるから。紫釉の願いを叶えるから。ここに込められた思いはきっと力になるから」


 俺の力が願いを具現化するなら、俺がこの人の願いを願う。一粒一粒に込められた思いを繋いで、一つに束ねてみせる。

 金色の魔力が一つずつの真珠を繋いでいく。長く長く、全てを繋いだそれは輪となって、徐々に互いを飲み込み融合されていく。その度に『守る』という願いは強く、眩しいくらいの輝きになっていく。


 気づけば俺と紫釉の間に、ピンポン球くらいの真珠が出来上がっていた。


「紫釉」


 彼に視線を向けると、確かに頷いた。そうして二人で、それを握り締めた。


 体から根こそぎ魔力を持っていくような強い引きに思わず声が出る。出来たばかりの宝珠は俺の魔力を吸い上げ、まばゆい光を暗闇へと放った。五重塔の天辺を突き抜けた光が弾け、乳白色の膜を張っていく。暗闇の世界は再び光を取り戻していく。


「くっ」


 少し体が辛い。でも、ベヒーモスの時よりは平気だ。

 滲む汗は滴っても俺は宝珠を手放さない。でも紫釉は苦しそうにしている。


「紫釉」

「平気、です。制御や機構は我が知っている。これは、我がやらねばならぬ事なのです」


 青く光る魔力が宝珠の周囲を取り囲み、そこに文字が浮かび上がっていく。何重にも折り重なって巻き付いていく魔力を新たな宝珠が吸い込んで大きくなっていく。その度に、俺の体は楽になった。魔力を吸い上げる力が弱くなったんだ。

 上を見れば結界が急速に成長して膜を張っていく。俺はそこにクラゲのような柔らかいものを感じた。固いから砕けたんだ。柔らかく柔軟に、相手の力を押し返すような力があれば攻撃とか跳ね返せるんじゃないか?

 そんな事を思っていると結界がちょっとふにゃっとする。でも弱くなった感じはない。


「面白い力を足されておりますね」

「ダメかな?」

「良いと思います。そうですね、柔軟に。それも、よいのかもしれません」


 静かに伝えた人が笑う。そうして新たな結界が国の全てを覆い尽くすと、そこは優しい明かりの灯る町に戻った。


 だがそこに再び影が差した。青白い光が見えた瞬間、俺は紫釉の前に出た。今度は直接こちらを狙っている。

 けれどそれが俺達に届く事はなかった。

 放たれた光線は新たな結界に当たり、そのまま跳ね返ったのだ。自らの放ったものを食らったリヴァイアサンから悲鳴のような声が響き、黒い影は踵を返して去って行く。その様子を、俺は呆然と見た。


「やった……」


 湧き上がったのは歓喜だ。もうこれでこの国は脅威を退けられるようになった。紫釉もこれで安心する。

 そう思って振り向いた俺は、その場で倒れ真っ青になった彼を見て目を見開いた。


「あ……」


 頼りない声が漏れる。その俺の目の前が突如真っ赤になった。


『状態:危篤』


「!」


 危篤って……放っておいたら死ぬってこと!


 慌てて近付いてもオロオロして上手く動けない。ワタワタして、でも怪我とかではない。鑑定眼を使っても原因が出てこない。

 焦りながら、でも痛いのは分かっている。そう自己申告があったから。

 手に触れて、痛みを緩和できるように願いながら魔力を流してみる。でもなかなか入らなくて無駄に魔力ばかりを消費してる感じがある。ちゃんとした所に届いていない。

 そのうち俺まで頭がクラクラしてきた。目眩がして、気分も悪くなって。これ、魔力切れの時の症状だ。

 どうしよう。俺が頑張らないと紫釉は助からないかもしれないのに。まだ鑑定眼は危険を示しているのに。


 その時、ここへと近付いてくる二つの足音を聞いた。出入口を見て、そこに飛び込んできた人達を見て、俺は安心して倒れそうになった。


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