『あら、できるわよ』
「!」
不意に頭に響いた声に俺は驚いた。それは直接頭の中に入ってくる。軽やかで明るい女性の声。
『あっ、コレは智雅にしか聞こえてないから気をつけて。思えば伝わるから大丈夫』
(女神様!)
ピースでもしていそうな声だ。でも今の俺にとって何よりの希望だ。
(お願いします、彼を救いたいんです。どうしたらいいですか?)
『方法は教えるけれど、対価は払うわよ』
(対価?)
『無理矢理鑑定眼の精度を上げたわね。見えていないと治療はできない。でも治療が終わるまでそれを使い続けたら貴方、数日間は目が見えなくなるわ。あと、めっちゃ痛い』
(え……)
目が、見えなくなる? それって、失明ってこと?
不安が広がる。でも……命まで奪われるわけじゃない。
『大丈夫、数日よ。正確には完全に失明するけれど、数日で再生されるの。私の加護ね』
(それならやります。お願いします)
たった数日耐えればいい。紫釉はずっと耐えてきたんだ。
俺の覚悟に、女神は嬉しそうに笑った。
『細かな傷まで手で直すなんて無理。だから治療用に魔力を練って核に流し込めばいいのよ。そうしたら核が勝手に全身に行き渡らせる』
胸の、心臓の所で輝くそれだと教えてもらって、俺はそこに手を置いた。
『準備はできたわね。イメージとしては管の内側に膜を作ってあげる感じよ。破けた所を内側から補強するの』
(分かった。コツはありますか?)
『ゆっくり一定に流す事。突然大きな力をかけたら死んじゃうわよ』
死んじゃう。その言葉にビビりながら、俺は大きく深呼吸をした。
イメージは内側から破けた所に当て布をする感じ。この道以外に漏れないように。
ゆっくりと魔力を注いでいく。紫釉の青い魔力の中に俺の金色の魔力が溶け出していく。それは核から全身に送られて、まずは太い管の所で光った。
『見てみなさい』
言われ、更に解像度を上げる。ズームしてみた先で金の魔力が破けた所を塞いで、次には外側に盛り上がっていく。かさぶたみたいだ。
『馴染むと元通りになるから大丈夫。この調子でゆっくり、末端まで届くように流して』
(分かった)
丁寧に、言われた通りに。その間にも目がズキズキ痛む。目の中の血管切れてるんじゃないかと思う。奥の方も痛くて目を開けていられなくなりそう。でもこの目を閉じたら、気を抜いたら見えなくなってしまう。
光はやがて手に。そこはもの凄く沢山の傷が出来ていて、経路がズタズタになっている感じがした。
『あら、コレが原因ね』
(え?)
女神が何か見つけて、手を拡大するように言う。従ってみるとなんだか小さな穴が手の平に開いているのが見えた。
『この穴から魔力を外に出しているんだけど……この子、持っている魔力の量に対して穴も少なければ大きさも小さいわ。これが損傷の原因ね』
(えぇ……と?)
ごめん、俺に分かるように説明して。
『パンパンに水を詰めた袋に沢山穴が開いていれば、口を結んで圧力をかけても水はジャンジャン出てって袋の負担は少ないじゃない?』
(うん)
『でもその穴が1つで、同じように圧力かけたら袋はどうなると思う?』
強度にもよると思うけれど……ビニール袋なら破裂……っ!
気づいた俺に、女神はニッと笑ったと思う。
『そういうこと。よく耐えたわ、この子。凄く意志が強くて我慢強かったのね。苦労してるわ』
(直せない?)
『穴を広げてあげましょうか。あと、数も増やしましょう』
そう言いながら、女神は俺にキリで手の平に穴を開ける感じで! なんて恐ろしいイメージを伝えてくる。俺はヒーヒー言いながら「これは治療。これは治療」と念仏を呟いて言われるままにした。
そうして全てが終わって見渡すと、もう体の何処にも青い光が漏れ出ている所はなくなった。綺麗な経路の中を流れているのを確かめて、ふっと息を吐く。
すると途端に視界はいつもの感じに戻った。
「マサ!」
「あ……」
声がかかって、そっちを見た。心配したクナルが俺を覗き込んでくるから、俺は笑って頷いた。
「治療、できたよ」
「! 本当か!」
声を上げた燈実が俺へと近付いて手を握る。その手はとても震えていて、俺はほっと笑えた。
けれど直後、俺の目は激しく痛み視界が真っ赤に染まる。何か熱いものが頬を落ちてくのも感じる。
「っ!」
「マサ!」
声がして、何かが目に当てられる。それが真っ赤になっていた。
「あ……あの、ね。数日目が見えないけれど、見えるようになるから安心して」
その間にもどんどん目が痛くなる。ズキズキとズーンが同時で、それが頭にも響いてくる。しくじった、目と頭って距離近い。これ、頭も痛くなる。
「いっ」
視界が徐々に暗くなってくる。痛くて黙って座っていられなくて倒れてしまった。そんな俺をクナルが抱き起こして、目に布が当てられて……。
俺はそのまま、気を失った。
§
目が覚めた……と思う。それでも、俺の世界は真っ暗なままだ。
ズキリと目が痛んで、次には頭もガンガン痛む。少し吐き気がするくらい。
あ……俺、目が見えないんだ。
ぼんやり思って、急に怖くなる。あんまりにも暗くて、感覚も掴めなくて。気配を探すなんて難しすぎる。
まるで、世界に俺だけになったみたいだ。
「マサ?」
声がして、俺はそっちに手を伸ばした。でも見つけられない。手が何処かを彷徨っている。
「クナル? 居るの?」
縋るみたいに手を伸ばす。探している。
そんな俺の手に、大きな手が触れてギュッと握ってくれた。
「あ……」
温かい。安心する。俺、一人じゃなかった。
「ここにいる。痛むか? 目は?」
「痛い……目も、見えない」
覚悟はしていた。納得もした。その上で選んだ事を後悔しない。俺はあの時出来るだけの事をした。
それでも弱っちいから今が怖い。数日で見えるようになるって女神にも言われたけれど、この暗闇の今は怖くて心細い。
泣きそうな俺の頭を大きな手が撫でる感触。次には額に、柔らかいものが触れた。
「ちゃんと居るから」
触れて、声を聞かせてくれて、今の俺の世界はそれで全部。でもその全てがとても強く感じた。