しばらくして人が来て、俺の目覚めを喜んでくれた。
今は侍医という人が俺の目の包帯を取って診てくれている。他人の手で瞼が開けられている感覚はあるけれど、それっきり。「眩しいですか?」と聞かれても何も分からない。
「完全に失明しております。本当に数日で見えるようになるのですか?」
「そのはずです」
困惑する医者の言葉に俺の不安は募る。包帯が巻かれ、回復と痛み止めのポーションが出された。
夕食は粥で、クナルが食べさせてくれた。素朴な中にほんのりと出汁の味がするものだった。
薬を飲んで寝かされて、それでも俺は不安でたまらない。
治ると言われて信じたけれど、もしも治らなかったら? 俺はずっと、この真っ暗な世界で生きるのかな?
「クナル」
「どうした?」
「俺……このまま目が見えなかったら、どうしよう」
不安が口をついてしまう。どうしようもなくて、側にいる彼に言ってしまった。吐き出さないと潰れそうでたまらなかったんだ。
「目が見えなかったらもう、料理もできない。家政夫も無理だ。どうしよう、俺……」
声が震える。涙は今出ないけれど、ずっと泣いてる気がする。鼻の奥がツンとする。
そんな俺の声を聞いて、不意に熱を感じた。寝ている俺に半分覆い被さっているような……抱きしめられてるような。
「その時は俺がずっと面倒を見るから、安心しろ」
「え……?」
ずっと……。
「それは、いつまで?」
「ずっとだろ」
言われて、苦しくなって俺は声が漏れた。そんなのダメだって思うのに、この優しさが嬉しくて安心した。
俺はずっと、側にいていいんだ。
「安心しろ、マサ。見捨てたりしないから」
「クナルぅ」
抱きしめてくれる、その背中に縋って。泣きつかれて眠るまで、彼はずっとそうしてくれていた。
翌日、俺の目は薄ぼんやりと影を感じるようになった。
更に翌日には光が分かるようになって、人の影が分かるようになった。
失明から三日目の朝、俺の目は元通り見えるようになっていて、そこには涙を浮かべた紫釉もいて、俺達はそれぞれの無事を抱き合って泣きながら喜んだ。
「本当に、ありがとうございますマサ殿。この国を守って頂いたばかりか、我まで救っていただいて」
「俺は当たり前の事をしたと思っています」
彼は今朝方目が覚めたらしい。燈実に全てを聞いて、慌ててきてくれたのだとか。
お茶を飲んで少し落ち着いた俺に、紫釉はやんわりと微笑んだ。
「一国を救った英雄であるというのに、謙虚過ぎますね」
「そんな!」
「これは伺っていた通り、こちらが勝手に報償なりを押しつける方が良いのでしょうか?」
「えぇ!」
報償って何! そんなのいらないよ!
慌てる俺にくすくす笑いながら、紫釉は俺の腕を掴んで僅かに引き寄せ、額にチョンとキスをした。
「うえぇぇ!」
「ふふっ、可愛らしい方。加護を与えただけですよ」
「……加護?」
分からず額に手を当ててガード状態の俺をからかうみたいに笑う紫釉が頷く。ちょっと腰の浮いたクナルも一旦座り直した。
「海王国ウォルテラにおいて、我の命がある限り其方を友として迎え、歓迎する。何人も理由無く其方を傷つける事を禁ず。そういう意志の元で魔力を流しました。海に住まう者であれば分かるでしょう」
「逆を返せば、それを知った上でお前を害する者があれば、紫釉様と敵対するということだ」
「おかげさまで体の調子は以前よりも良いくらいです。これならば、誰に遅れを取る事もありませんよ」
微笑む人は案外好戦的で、俺はちょっと引くのだが。
「マサ殿、本当にありがとうございます。このご恩は一生涯、忘れる事はございません」
「そんな。紫釉さんが元気になって、俺も嬉しいです」
「何かあれば遠慮無く我を頼ってください。力になりましょう」
差し伸べられた手を握り返して、俺も紫釉も心から笑う。真珠色の光が差し込む国で、俺はかけがえのない友人が増えた。
次は海洋都市ルアポートへ。今度こそ、決着を付けに。