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7話 海王国からのSOS(23)

 しばらくして人が来て、俺の目覚めを喜んでくれた。

 今は侍医という人が俺の目の包帯を取って診てくれている。他人の手で瞼が開けられている感覚はあるけれど、それっきり。「眩しいですか?」と聞かれても何も分からない。


「完全に失明しております。本当に数日で見えるようになるのですか?」

「そのはずです」


 困惑する医者の言葉に俺の不安は募る。包帯が巻かれ、回復と痛み止めのポーションが出された。

 夕食は粥で、クナルが食べさせてくれた。素朴な中にほんのりと出汁の味がするものだった。


 薬を飲んで寝かされて、それでも俺は不安でたまらない。

 治ると言われて信じたけれど、もしも治らなかったら? 俺はずっと、この真っ暗な世界で生きるのかな?


「クナル」

「どうした?」

「俺……このまま目が見えなかったら、どうしよう」


 不安が口をついてしまう。どうしようもなくて、側にいる彼に言ってしまった。吐き出さないと潰れそうでたまらなかったんだ。


「目が見えなかったらもう、料理もできない。家政夫も無理だ。どうしよう、俺……」


 声が震える。涙は今出ないけれど、ずっと泣いてる気がする。鼻の奥がツンとする。

 そんな俺の声を聞いて、不意に熱を感じた。寝ている俺に半分覆い被さっているような……抱きしめられてるような。


「その時は俺がずっと面倒を見るから、安心しろ」

「え……?」


 ずっと……。


「それは、いつまで?」

「ずっとだろ」


 言われて、苦しくなって俺は声が漏れた。そんなのダメだって思うのに、この優しさが嬉しくて安心した。

 俺はずっと、側にいていいんだ。


「安心しろ、マサ。見捨てたりしないから」

「クナルぅ」


 抱きしめてくれる、その背中に縋って。泣きつかれて眠るまで、彼はずっとそうしてくれていた。



 翌日、俺の目は薄ぼんやりと影を感じるようになった。

 更に翌日には光が分かるようになって、人の影が分かるようになった。

 失明から三日目の朝、俺の目は元通り見えるようになっていて、そこには涙を浮かべた紫釉もいて、俺達はそれぞれの無事を抱き合って泣きながら喜んだ。


「本当に、ありがとうございますマサ殿。この国を守って頂いたばかりか、我まで救っていただいて」

「俺は当たり前の事をしたと思っています」


 彼は今朝方目が覚めたらしい。燈実に全てを聞いて、慌ててきてくれたのだとか。

 お茶を飲んで少し落ち着いた俺に、紫釉はやんわりと微笑んだ。


「一国を救った英雄であるというのに、謙虚過ぎますね」

「そんな!」

「これは伺っていた通り、こちらが勝手に報償なりを押しつける方が良いのでしょうか?」

「えぇ!」


 報償って何! そんなのいらないよ!


 慌てる俺にくすくす笑いながら、紫釉は俺の腕を掴んで僅かに引き寄せ、額にチョンとキスをした。


「うえぇぇ!」

「ふふっ、可愛らしい方。加護を与えただけですよ」

「……加護?」


 分からず額に手を当ててガード状態の俺をからかうみたいに笑う紫釉が頷く。ちょっと腰の浮いたクナルも一旦座り直した。


「海王国ウォルテラにおいて、我の命がある限り其方を友として迎え、歓迎する。何人も理由無く其方を傷つける事を禁ず。そういう意志の元で魔力を流しました。海に住まう者であれば分かるでしょう」

「逆を返せば、それを知った上でお前を害する者があれば、紫釉様と敵対するということだ」

「おかげさまで体の調子は以前よりも良いくらいです。これならば、誰に遅れを取る事もありませんよ」


 微笑む人は案外好戦的で、俺はちょっと引くのだが。


「マサ殿、本当にありがとうございます。このご恩は一生涯、忘れる事はございません」

「そんな。紫釉さんが元気になって、俺も嬉しいです」

「何かあれば遠慮無く我を頼ってください。力になりましょう」


 差し伸べられた手を握り返して、俺も紫釉も心から笑う。真珠色の光が差し込む国で、俺はかけがえのない友人が増えた。

 次は海洋都市ルアポートへ。今度こそ、決着を付けに。


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