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8話 君の想いに触れたのは(6)

「昔はもう少し違ったんだけどな。少なくとも義母は僕の事も大事にしてくれたんだけれど」

「義母?」


 俺の問いにシルヴォの方が目を丸くする。現状、彼等家族の事について俺は無知なんだ。


「知らないできたの? 僕の母とファルネ兄さんの母は違うよ。僕達は腹違いの兄弟だ」

「複雑……なんだよね?」


 何せ国王一家は妃同士仲がいい。あれを見てしまうと他もそうなのかと思えてしまう。俺の居た世界でも一夫多妻の国はあって、そういう所では夫人同士の仲も良さそうだし。

 ただ、あの夫人と仲良くなれる気は俺はしないんだけれど。

 それを肯定するように、シルヴォは深く頷いた。


「元々、ファルネ兄さんの母と父は想い合っていたんだ。けれどそこに僕の母が横恋慕した。母同士の家の格でいけば僕の母の方が上ってことで、あの人は無理矢理自分をねじ込んだのさ」

「えぇ……」


 それって、絶対に駄目なやつだろ。と、俺は思うんだけれど。


「そんなにアントニーさん、モテたんだ」

「伯爵位で領主家だしね。それに父自身やり手だったから将来有望だった」

「うわ……」

「でも当然、父の気持ちはファルネ兄さんの母に行く訳で、僕の母は後回し。結果、一年未満とはいえ兄が先に生まれて僕が後。僕から言わせればよく番ってもたえたなって思うよ」


 これについてはノーコメントにしておこう。気持ちとしては頷いてしまうけれど。


「これで自分が優先されない事に怒ってるって、もう意味が分からないよ。僕の事だって本当はどうでもいいんだ。ただ僕がいることで離縁されないからってだけ」


 あきれ果てた言いように俺は心配になる。だってこの言い方はまるで自分も大事にされていないって、言っているようだから。


「シルヴォさんは、アントニーさんやファルネさんが嫌いなの?」


 思わずそう聞いてしまうと、彼は少し黙って……次に自信なさげに首を横に振った。


「嫌いじゃないよ。少なくとも実の母よりも二人は僕を大事にしようとしてくれる。実際領主代行なんて任せてくれてるしね」

「でも、戻らないって」

「母がいるからね。戻ってくる度に五月蠅く言われたら誰だって嫌だよ」


 そういう彼は笑うのに、凄く寂しげで泣いてしまいそうな顔をしていた。


「義母……ファルネ兄さんの母はこんな僕の事も気に掛けて、母のヒステリーから守ってくれていたんだ。でも亡くなった後はもうやりたい放題」

「逃げようと思わないの?」

「……逃げ方が分からないんだよ」


 彼は本当に、そう弱り切った声で言った。


 他人からすれば簡単な事がある。言葉にするのは簡単な事もある。でも当人にとってはどんな難問よりも難しい現状もある。シルヴォにとって夫人の呪縛は、何よりも強い足枷なのかもしれない。


 この人も、救われるべき人なんだろうな。


 そんな事を思って、俺は彼の肩を叩いた。


 何にしても今はクナルをどう救い出すかだ。彼が簡単に屈するとは思わないけれど、だからこそ怪我をしたりする可能性もある。

 無実を証明できれば……なんて言ったら、シルヴォは苦笑して「無駄」と言った。


「言ったよ。あの人の中で都合の悪い事は嘘になる。どれだけ証明しようと望む状況が得られなければ認めないんだ」

「なんなんだよその理屈」


 こんなに話ができないなんて思わなくて、現状進まなくてイライラする。でもクナルは救い出さないと。今はキュイに託すしかないけれど、それだって数日かかってしまう。キュイは凄い速さで移動できるけれど、それを聞いた人の方は移動に時間がかかるんだ。


「クナルにもしもの事があったら俺、どうしよう」


 不安が込み上げる。どうしようもない気持ちになる。自分の事なら耐えられるのに他人となればそうはいかない。

 不安に胸元を握り泣きそうになる俺を見て、シルヴォは大きな溜息をついた。


「方法がないわけじゃないよ」

「え?」


 思わぬ言葉にシルヴォを見れば、彼は凄く嫌な顔をしている。

 けれど同時に、暗い笑みも見せた。


「じゃあ、今夜僕の部屋においでよ。場所はこの廊下の突き当たり。レリーフのある大きな部屋だから分かるはずだよ」

「それで、クナルを助けられるの?」


 俺の問いに、彼は確かに頷いた。




 その夜、俺は言われたとおりシルヴォの部屋を訪ねた。

 木製の大きな観音開きの扉には梟と月のレリーフが施されている。


「シルヴォさん、いる?」

「いるよ。どうぞ」


 声がかかってドアを開けると、彼はローブ姿のまま。俺は慌てた。


「ごめん! 風呂入ったばっかだったんだ。出直すから」


 そうまくし立てて出て行こうとする俺の腕を、シルヴォは掴んだ。


「いいんだよ、これで」

「それって、どういう」

「まずは入りなよ。クナル殿、助けたいんだろ?」


 俺の中で何かの警報が鳴った気がする。けれどそれ以上にクナルを助けたいという思いが強くて、俺は頷いてドアを閉めて中へと入った。


 シルヴォに案内されたのはテーブルセット……ではなく、何故かベッド。その縁に腰を下ろした俺の隣に彼は座る。思ったよりも近い距離感に落ち着かなくて、だからってあからさまに距離を開けるのも失礼だから、俺は何とも言えない居心地の悪さに彼を見た。


「あの、それで方法って」

「簡単だよ。あの人を満足させればいいんだ」

「え?」


 それって、どういう……?

 その答えが出ないまま、俺はシルヴォに押し倒され無様にベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 え?


 疑問符が浮かぶ俺の目の前には泣きそうな顔をするシルヴォ。腕は彼の手で強く縫い止められて動けない。体も腰の上に馬乗りにされていて動けない。


「鈍いんだな、マサ殿。正直心配になっちゃうよ」

「シルヴォ!」

「あの人が望んでいるのは僕と聖人様の既成事実さ。自分の息子と国が認めた聖人を娶せて、自分の地位を上げたいんだよ」


 なん、だよそれ……。


 信じられない事が起こっている。でもリデルは前に警告してくれた。「政治的な価値が生まれた」と。これはつまりそういうことで……。


「まぁ、僕としてもちょっと願ったりだけどね」


 そう、暗く言ったシルヴォの頭が下りてきて俺の首筋に触れる。そこに柔らかな唇が触れると一瞬ゾクリとした感覚が襲った。

 その事に一番驚いているのが、俺だった。


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