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9話 聖樹の森(1)

 海洋領ルアポートでリヴァイアサンを鎮めた俺達は翌日帰路につき、のんびりと王都へ帰ってきた。行きの慌ただしさが嘘みたいだ。


 王都に戻って殿下に報告し、その時にアントニーとシルヴォの処遇についても少し聞いた。

 今回の事は大変なお家騒動で、しかも国の顔に泥を塗る行為である。なので、処罰無しとは言えない……が、リヴァイアサン討伐への貢献と長年の実績を加味し、猶予を与える。

 まずアントニーは夫人を王都へ招き、目の届く範囲で生活をさせると同時に再教育を行う事。そしてシルヴォは一年の間に傾いたルアポート領の財政立て直しを行う事。

 一年後、これらが行われていると判断出来た時には無罪放免とする。

 正直クナルは「甘い」と言ったけれど、俺はこれに賛成した。やり直しが出来るのは希望があると思うから。


 暫く何もないということで、俺達は久しぶりに第二騎士団宿舎へと戻ってきた。

 皆が喜んで迎えてくれて、その間の掃除なんかもちゃんとしてくれていて綺麗なまま。聞けば「マサが居ない間に荒れたら嫌われる」と言って頑張ってくれたらしい。

 俺、この世界にちゃんと居場所がある。それを実感して、妙に嬉しくなってしまった。


 その日はグエンが張り切って料理を作ってくれて、俺もそれを楽しんだ。

 そして翌日からはまた、騎士団の家政夫として動き出した。


§


 夏の暑さが徐々に落ち着いて、穏やかな気候になってきた。

 俺は今日、ルンルン気分で町を歩いている。愛用の鞄を提げ、隣にはクナルを連れて。


「洗濯機~洗濯機~」


 妙な鼻歌を歌い、足元はルンルンでスキップしそう。

 それというのも、以前リンデンにお願いしていた洗濯機が完成したとのことだった。


 リンデンは庶民区に店を構える魔道具師で、便利な道具を作っている。俺が使っているランタンは勿論、キッチンのコンロや冷蔵庫、各部屋に設置されている冷温風機というのも魔道具だ。異世界版クーラーだな。

 これのおかげで夏も快適に過ごせて寝不足にはならなかった。


「朝から浮かれてるな」

「だって、洗濯機だよクナル! これで俺も手洗い以外の洗濯が出来る」


 未だにここだけがネックだったんだ。

 洗濯魔法は俺の生活魔法じゃ使えない。凄く繊細な魔力操作が必要らしいし、どう考えても上手くいくヴィジョンが見えない。

 けれど洗濯機があればある程度の事ができる! 量は沢山じゃないかもしれないけれど。


「俺がやるのに」

「クナルにばかり頼っていたら、俺何も出来なくなるよ」

「もっと頼っていいんだぞ」


 ちょっと不機嫌な感じで言われるけれど、俺としては譲らない。だって、俺だって男なんだから。

 ルアポートで俺はクナルの思いを知った。それ以来、クナルは何かにつけて俺を甘やかそうとする。以前よりもベッタリになっている。

 これ、気のせいじゃないんだ。だってグエンやデレク、他の団員にまで言われているから。

 ただそこは獣人、気持ちも理解はできるらしい。まだ相手を完全に囲い込んでいない状態は不安で、ちょっとのことで刺激される。嫉妬なんてのは勿論だし、相手の気を引きたいのもそのせい。誰もが一度は経験があると言っていた。

 今のところロイとリデルには反応していない。理由を聞くと「あいつら雌側だから」という。どうやら既婚か、それに近い相手でしかも抱かれる側は安心していられるらしい。正直俺には分からない。


 そんな話をしている間にリンデンの店に到着し、ドアを押し開けた。


「いらっしゃい、マサ」

「こんにちは、リンデンさん」


 ドアを開けて正面にあるカウンターの奥でリンデンが穏やかに微笑む。相変わらずの美人エルフ男子だ。

 薄い色合いの金髪に緑色の瞳。長身だが線は細い。何よりエルフ特有の尖った耳の存在感が凄い。異世界は疎い俺でもイメージ出来るエルフ像だ。

 彼がこの店の店主で魔道具師のリンデン。これで数年前まで第二騎士団の騎士だったのだから驚きだ。


「洗濯機だね?」

「はい! あの、出来たって」

「ははっ、楽しみって感じだね。とはいえ、試作が出来て今は試験運用中なんだ。それもおおよそよさそうだから、見てもらいたくて」


 腰を上げた彼が奥へと促してくる。付いて行くとそこは明らかに居住空間で、ちょっと……かなり…………待って。


「片付け!」


 駄目だ、見過ごせなかった!

 まず、脱いだ服は脱ぎっぱなしになっている。出した物は出しっぱなし。食器はギリギリ片付けられているし、ゴミも出しているけれど散らかっている。

 駄目だ、なんか疼く。そういえば暫く片付けとかしてないし。今、無性にやりたい。


 俺のこの発言にリンデンはビクッ! とし、クナルは溜息をつく。だが、言いたい事は伝わったらしい。


「クナル、洗濯物集めて洗濯機に!」

「おう」

「リンデンさんは出しっぱなしの物を元の位置に戻して!」

「え、あ……うん」

「俺は掃き掃除と拭き掃除するから!」


 こうして急遽、リンデン宅のお片付けが始まった。


 とはいえ、散らかっていたのは服と物品。それらをきっちり元の位置に戻せば形がつく。見た感じ、ここで何かしらの作業をしてそのままほったらかしたようだ。


「こういうの、夜中に作業したらそのままにして寝てしまうんだよ」

「翌日片付ければいいでしょうに」

「面倒で」


 いや、分かるよ少し。疲れてる時とか、面倒って思うよね。でもそれを放置するとずっと面倒になって見て見ぬ振りをすることになるんだよ。


 俺は軽く床を掃いて、棚や窓枠、床などを雑巾で拭いていく。これだけで木目なんかが出て綺麗だし、気分もいいのにな。

 片付けはものの三十分程度。それだけで十分な成果が出た。


「……我が家とは思えない光景だ」

「気持ちいいね」

「やっぱ空気が変わるよな、あんたが掃除すると」


 空気が良くていいじゃないか。


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