と、横道に逸れてしまった。
気を取り直して案内された場所には少し大きめの白い箱がある。
高さは俺の腰より少し高いくらい。長方形でドラムが一つ。ボタンは複数ついている。
「まずはここに洗濯物を入れる」
先程回収した洗濯物を中へと投入していく。ズボンが複数、シャツやチュニック、下着なんかも。思った以上に入りそうだ。
「そうしたら、洗いのボタンを押す」
指で押し込む感じがちゃんとあって逆に安心する。言われたボタンを押すとただの水と泡になった水が上部から注がれていく。
「泡だけじゃないんだ」
「泡水だけでやったらもの凄く泡が増えて溢れたんだよ」
「あ……」
洗剤の量間違えた時みたいな感じだな。
水が一定の位置までくると透明な蓋が閉まって、中のドラムが回転を始める。それほど速さはないけれどちゃんと水流が出来ていて、中で洗濯物同士が擦れ合っているのがわかった。
「絶妙な水加減と回転速度だな」
「正直これの正解を導き出すのが一番苦労したんだ。水が多くても、回転速度が速くても水が零れて水浸しになった」
「努力が凄いです」
男三人、洗濯物が回っているのを黙って見ている。これ、案外見ちゃうんだよね。
「ってか、きたな!」
「そうなんだ、落ちるんだよ。自分でも最初にこれを見て驚いたんだ」
水が濁っていくのを見てクナルが驚愕の声を上げ、リンデンが苦笑する。案外皮脂汚れとかってあるからね。汗もかくし。
十数分そうして回ったドラムが静かに止まり、汚れた水が排泄されていく。
それがすっかりなくなると、次はそのまますすぎが始まった。
綺麗な水がドラムを満たし、また回る。泡のついた洗濯物が濯がれていく。最初はついた泡を流す感じで割と直ぐ。二度目、三度目と徐々に水に泡が浮かなくなり、四度目ともなれば綺麗に濯がれた洗濯物になっている。
水が排泄されたあとは脱水だ。水を入れないままグオングオン回転するドラムがガタガタ揺れている。
「これ大丈夫なのかよ!」
「耐えられるように本体とドラムの固定にスパイダーリリーの鋼鉄糸を使った。しなやかに伸縮するのに決して切れない」
そんな糸があるのか。魔物素材凄いな。
こうして一連の動作が終わると「ジー、ジー」という音がして、蓋が自動で開いた。
取りだした洗濯物は皺があったが、それを伸ばして外の物干しに干していく。心なしか色鮮やかになった洗濯物が太陽の下ではためいて、凄く気持ち良い感じがした。
「どうだった、マサ」
「凄いです! 俺の拙い説明でこんなに完璧な再現ができるなんて」
やや興奮気味に伝えると、リンデンは満足そうに腕を組んで頷いている。どうやら彼自身も自信作らしい。
「苦労したからね。ドラムには水耐性のブルースライムを薄くコーティングして、動作回路も何度もやり直したし」
「動作回路?」
首を傾げるとリンデンがテーブルに薄い板を置いた。何もない銅板みたいな感じだが、リンデンはそこに指を走らせていく。するとその動きに合わせて溝のようなものが彫り込まれていくのだ。
「これが動作回路だ。この板に魔力を流し、魔道具がどのように動くかを書き込んでいく。魔道具師の一番の腕の見せ所だよ」
幾何学的な形のそれは直線や菱形、四角、円などが書き込まれていく。これらがどんな意味になるのか俺にはさっぱりだけれど、凄くロマンを感じたのも確かだった。
「正直、今ではこいつがない生活が想像できないくらい役に立っている。私も洗濯は苦手だし、何よりこれに入れてボタンを押せば任せておける。その間、違う事ができるのが有り難い」
「分かります」
効率よく家事をするには、ある程度機械に任せておけるのが有りがたい。全自動洗濯機、食洗機などは大助かりだ。
「確かに便利だが……騎士団の服はこれじゃ間に合わないだろ」
「勿論だよ。だから今まで通り皆にはお願いする。でも、何かあって俺しか洗濯する手が空いてない時もあるだろ? そんな時に役立つし、タオルとかならこれでも十分回せるしさ」
勿論一度で全部はできないだろうけれど、複数回やれば可能になる。
これで俺も、一つ出来る事が増えた。
「リンデンさん、改めて洗濯機の作成と設置、お願いします!」
「了解だよ、マサ」
頭を下げた俺に、リンデンは笑って頷いてくれた。
と、そこにチリンチリンというドアベルの音がする。来客を告げるそれに三人が顔を向け、リンデンが立ち上がった。
「ちょっとごめん」
「お気になさらずに」
居住スペースから店舗の方へと向かったリンデンを見送った俺達だが、その直後に「陛下!」という声に顔を見合わせ、そっと影から店舗を覗いた。
そこに居たのはとてもスタイルのいいエルフの女性だった。目鼻立ちのはっきりとした美人で、綺麗な金髪。大きな緑色の瞳と肌の白さが際立っている。まさに見本みたいなエルフの女性だ。
「おぉ、リンデン元気だったか? 魔道具師になったとは聞いていたが、なかなか立派な店ではないか」
……話し方はなんだか、豪快で見た目に合っていないが。
「エルフの女王だ」
「え?」
小さな声でクナルが呟く。俺の頭一つ上から様子を見ている彼は俺の視線を受けて頷いた。
「以前見た事がある」
「女性なんだ」
「当代はな。別に男女どちらでもいいらしい」
そうなんだ。男女平等なのはいいと思う。
「陛下、何故このような場所に」
「ん? うむ、実はお前に知らせねばならぬ事があってな。ルートヴィヒとの謁見の前に立ち寄ったのじゃ」
「知らせる事、ですか?」
「……お前の兄が森の奥地で行方不明となった」
「え!」
先程までの明るい声音とは一転して、やや低く神妙な表情で伝えるエルフの女王。その内容はリンデンばかりか、俺まで驚かせるものだった。
思わず声が出てしまい、女王の視線が俺に向かう。大きな緑色の瞳が丸くなった。
「おや、来客中であったか」
「あぁ、えっと……」
困るリンデンと、溜息をつくクナル。こうなると隠れているのも何だか失礼に思えて、俺達も表に出た。
「マサ、クナル、紹介するよ。エルフの森の女王ルルララ様だ」
「うむ、ルルララだ。リンデンが世話になっておるの」
「マサです」
「第二騎士団のクナルと申します、女王陛下」
「おぉ、そのように改まるな。なーに、私など少数部族の族長くらいなものよ。普通にしておればよい」
そう言って豪快に笑う女性は実に気持ちのいい人なんだが……間違いなく少数部族の族長扱いは駄目だろう。
「あの、陛下。兄が行方不明というのは、本当に?」
一応の自己紹介後、リンデンは心配そうに問いかける。身内の事だから心配なのも分かる。リンデンは様子が打って変わって手をギュッと握り、身を固くした。
「うむ、本当だ」
「兄ほどの戦士に何が」
「それが分からぬのだ。今、聖樹の森では異変が起こっておる。このままでは聖樹が枯れてしまう危険もあり、何事が起こっているのか調査の為、数人の戦士を奥地へと送り出した。が、帰ってこぬのだ」
「そんな……」
悔しげに奥歯を噛むリンデンは小さく震える。知らない相手じゃないから、何か力になりたいけれど。
「リンデン、戻ってこいとは言わない。だが今だけ、森に戻って兄の捜索を手伝ってくれぬか。お前達は兄弟だ、呼び合うものがある」
「私は……」
そう呟くリンデンはとても辛そうにしている。俺は戻ればいいと思うけれど、そうできない事情がきっとあるんだ。
「リンデンはかつて魔物から受けた瘴気の影響で目が利かなくなっております、ルルララ様」
「それ程なのか?」
「……はい。今は眼鏡で補正をしておりますが、それでも日常生活に支障がない程度。森のように見通しが悪い場所ではおそらく何の役にも立ちません。それどころか、足手まといになってしまうでしょう。兄ほどの戦士が帰れぬ事態では」
それほどの傷を負ったんだ。
俺は自分の力を考えている。俺なら、少しくらい良くできないかな。そんな事を考えてしまう。