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9話 聖樹の森(3)

 それでクナルを見たら、彼は首を横に振った。


「ルルララ様、この後ルートヴィヒ殿下と謁見と言っておりましたね?」

「ん? うむ。現状、なかなか厳しくてな。そこでこの国に新たに来た聖女が凄い力を秘めていると聞いて、その力を貸してもらえないか相談に行くところだったのだ」

「分かりました。俺達もこの後は帰るだけなので、護衛に付きましょう。リンデンも」

「え?」

「殿下に実状と共に、リンデンの目の回復も伝えてみてください。あの方なら、何かしらの手を打ってくれるかと思います」

「……そうさな。なかなか抜け目のない坊やだが、こちらも背に腹はかえられぬ」


 クナルが騎士の顔で進言をしている。俺はそれを見て、何かあるんだろうと察した。政治とか、外交とか、そういうのは俺には難しいけれど大事な事だというのも分かっている。

 それに、俺の力は有用だってのも。

 でも知り合いの、お世話になっている人が困っている時くらいそういうのを抜きにしてやりたいんだけれど……という、何だかもどかしい気持ちになってしまった。


 一旦洗濯機は置いておいて、店に鍵を掛けて四人で移動となった。

 その間、ルルララ様は俺にあれこれと質問をしている。


「お前さんが聖女の兄であったか! 話には聞いていてな、珍しい事もあるものだと思ったのよ」

「そんなに無い事なんですか?」

「ないな。私はそろそろ九百歳を迎えるが、聞いた事がない」

「九百歳ですか!」


 こんなに若々しい九百歳がいようとは! なんせ見た目は三十手前くらいなんだから。下手すると俺より若い……。


「エルフも魚人族と同じでかなり長生きだからな」

「そうだね。私も百は超えているし」

「紫釉様もだ」

「ほぇぇ……」


 世の中、見た目はあてにならないんだな……を実感した。


 そんな事で王城に着くと、案の定俺とクナルも留まるように言われた。そうして用意された待機部屋にいると数十分で呼ばれ、殿下とロイ、それにルルララ様とリンデンの前に出る事となった。


「やはりただのおまけではなかったな」


 ニタリと笑ったルルララ様に苦笑して、殿下からの許しも得て改めて自己紹介する。どうやら全て話が済んでいるらしく、俺とクナルは早々に座るよう促された。


「あの、それで今回はどのような用件ですか?」

「あぁ、そうだね。まずこの場でリンデンの目を治してやって欲しいんだ」


 やはり今回の事、リンデンの助けがないと難航しそうなのだという。エルフは少数であるせいか、肉親同士の呼び合う力が強いらしい。今回行方不明になったリンデンの兄は他に兄弟もなく、できれば一時帰郷して力を借りたいという。


「その後は、エルフの里ですか」

「そうなるね。この国もエルフの里のポーションには助けられている。それが滞れば価格が高騰し、新米冒険者の死亡率が上がったりする。そうなっては不満も多く出るから」

「エルフとしては死活問題よ。聖樹が枯れれば住まう場所を失う」


 ルルララ様も困り果てた様子である。そうなるとやはり俺の出番なんだろう。


「俺で力になれるなら」

「おぉ、それは頼もしい! 海王国を救い、ベヒーモスを倒したお前さんの力なら頼りたい!」


 がっしりと手を握るルルララ様の力は案外強くて……それくらい、今が危機的な状況なんだろうなとも思えてくる。


「今回調査の為に入ったリンデンの兄達がどうなったのか。森の奥で何が起こっているのかを調査、可能なら解決したい」

「エルフ側の協力は?」

「勿論だともクナル、案ずる事はない。エルフも全面的に協力をしよう。到着後の衣食住に有事の際の出兵、ポーションなどの無償提供も勿論だとも」

「まぁ、それなら」


 クナルも納得したようだし、俺としては異論はない。殿下を見ても頷いている。


「詳しい話なんかは現地を見ながらの方がいいと思うから」

「分かりました。ではまず、リンデンさんの目ですね」


 改めてリンデンに向き直ると、彼はやや申し訳ない顔をしている。


「悪いね」

「そんな! あの時、あの場でしなくてすみません」

「いや、クナルの判断が正しかっただろう。君の力はみだりに使うものではないだろうから、こうした場で行った方がいい」


 そう言ってくれると少しほっとするのだ。


 一度目を閉じてもらって深呼吸。後ろに回って手で両目をやんわりと覆うようにしてから、俺も目を閉じて手の平に集中した。

 これはキュイを助けた時にやったものだ。手の平に意識を集中させて見ようとすると感じ取れるものがある。今回もそれで見えてきたけれど……。


「えっ、凄く表面が濁ってる。これが穢れの影響なのかな?」


 目を閉じて頭に浮かぶヴィジョンは、両目の表面が白く濁っている。どのくらいって、磨りガラスぐらい。これじゃ、人や物がモザイクをかけたシルエットくらいにしか見えないよ。


「コカトリスの毒が入ってしまったんだ。失明寸前だったんだよ」

「痛そう。えっと……まずはこの濁ったのを取らないと」


 っていうけれど、どうしよう。拭いたら取れたりしないかな?

 金色の光で目の表面を優しく撫でてみる。眼鏡拭きで眼鏡のレンズを拭く感じで。


「うわ!」

「え! 痛いですか!」


 俺がイメージしたタイミングでリンデンが驚いた声を上げたものだから、俺は驚いて手を止めた。そういえばこれ、意識のある人に行った事なかったかも。

 けれど彼が伝えたのは、痛みではなかった。


「いや、目の表面がくすぐったくてつい」

「くすぐったい?」

「こう……サワサワと触られている感じがしたんだ。痛くはなく、むしろ心地良いんだが」

「あっ、それなら大丈夫ですね」


 痛かったなら問題だけど、くすぐったくて心地良いなら大丈夫だと思う。



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